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いちごの唄/岡田恵和・峯田和伸のあらすじと読書感想文

2019年9月22日

いちごの唄/岡田恵和・峯田和伸のあらすじ

 地方の田舎町に住む中学3年生の笹沢コウタには親友の伸二と一緒に、下校途中にある長く急な坂道をノーブレーキの自転車で一気に下りていくことを日課にしている。自転車で下っていく途中にいつもクラスメイトの天野千日とすれ違う。いつもクラスで1人でいる美少女の千日はコウタと伸二にとって憧れの女神で、2人は隠れて「あーちゃん」と呼んでいる。2人が猛スピードであーちゃんの横をかけ抜ける時、あーちゃんはほんの一瞬だけ2人の方を見る。コウタはそれが嬉しくてたまらない。坂の下には捨て子である伸二が暮らしている「いちご園」という児童養護施設のレタス畑が広がっていて、最終的に2人はその畑にダイブする。

 コウタは父と母とそして自分より優秀な優しい弟と暮らしている。昔から勉強もスポーツも苦手な方で、物事の仕組みを理解する能力が少しだけ乏しい。いつもニコニコ笑っていて、それが周りからは気味が悪いと言われ、小さい時から友達がいなかった。そんなコウタの初めての友達が伸二であった。伸二が1人で坂道をノーブレーキで下っていく様子を見て憧れて友達になった。何もかもかっこよい伸二の真似をして、伸二と一緒にあーちゃんの話をして、コウタはこの幸せがずっと続いてほしい、永遠に中学生でいたいと思っていた。

 七夕の日。いつもの帰り道。二人は坂の頂上から自転車を下っていた。降り始めた夕立で、雨が強まっていき、折り畳み傘を刺したあーちゃんの姿が見えた。そして今日もチラッと2人の様子を見る。いつも通りの光景であったが、その日は違っていた。車なんてめったに通らない坂道に、雨でスリップした車が凄い勢いで下っていった。暴走した車はあーちゃんの方に向かっていくが、あーちゃんは驚いて動けなくなっている。その時、車とあーちゃんの間に一台の自転車が突っ込んでいった。伸二であった。「伸ちゃん!」とあーちゃんが叫ぶその光景を、コウタは理解できず動けないままだった。伸二はヒーローのように死んでしまった。

 4年後の七夕。伸二の4回目の命日の日に、コウタとあーちゃんは東京の高円寺で偶然再会した。コウタは驚きのあまり「あーちゃん!」と大きな声で呼んでしまった。あーちゃんという呼び名はコウタと伸二の間だけの呼び名だったので、最初はあーちゃんも驚いていたが、コウタがあーちゃんと呼ぶことを承諾した。

 コウタは伸二が死んでからぼんやりと中学を卒業し、誰でも入れるような高校を卒業して、東京で就職をした。伸二がいつか高校を出たら東京で働きたいと言っていたその言葉を頼りに1人で東京に出てきた。冷凍食品会社の工場で働いている。難しいことが苦手なコウタには単純作業の工場の仕事が性に合っていた。

 伸二の命日にあーちゃんと偶然であったことをコウタは運命だと思った。そのまま別れるのはもったいない気がして、あーちゃんを一番近くのラーメン屋さんに誘った。2人は一緒にラーメンを食べ、そのあと他愛のないおしゃべりをしながら、環状七号線沿いを歩いた。あーちゃんが今までどんな生活をして、どうして東京にいるのか何も知らなかったけれど、コウタは自分のことをひたすら話した。あーちゃんは自分の話をしたくないような様子であった。駅が見え、2人にさよならの空気が流れた時に、あーちゃんが不意に涙を流した。その涙を見て、コウタは「来年また会おう」と提案した。あーちゃんは「いいよ」と答え去って行った。

 コウタはそれから1年間、約束の日を心待ちにしていた。あーちゃんは来てくれないかもしれないと思いながらコウタが約束の場所へ向かうと、あーちゃんは約束の場所に姿を現した。1年前と同じラーメン屋さんへ入りラーメンを食べ、同じ道を歩いた。1年前と同じようにあーちゃんは話を聞くだけで、コウタはひたすら他愛もない話を話続けた。そして別れの場所で、「また来年会えるよね」と言って、あーちゃんは駅の方へ消えていった。

 それから1年後。待ち合わせの時間に10分遅れて、あーちゃんはやってきた。あーちゃんを待つ10分間、コウタは不安と絶望で押しつぶされそうだった。「ごめんね」と言いながら姿を現したあーちゃんは1年前よりも元気がないように見えた。2人はいつものラーメン屋に入りラーメンを食べた。コウタはラーメン屋がつぶれないように、この1年何度も通ったせいで、ラーメン屋の店主と仲良くなり、店主に伸二とあーちゃんの話をするまでになった。2人はラーメンを食べて駅まで歩いたが、あーちゃんの別れ際の表情があまりにももの悲しげで、コウタは「今日で終わりかもしれない」という予感がよぎった。あーちゃんに何か言われる前に、「また来年ね!」と約束し、別れを告げた。1人の帰り道なぜだかコウタは涙が止まらなかった。

 偶然の再会から4度目の七夕。約束の日にあーちゃんは30分以上遅れて来た。待っている間、コウタは自分があーちゃんに恋をしていることを悟った。ラーメン屋の店主も心配そうに見守ってくれていた。コウタがこれまでのあーちゃんとの思い出を振り返っていると、気づいたら目の前にあーちゃんが現れた。あーちゃんはコウタがまだ待っていることに驚いていた。申し訳なさそうなあーちゃんに向かってコウタは「あーちゃんは自分にとって女神だから、僕と伸二君にとっては見てるだけで幸せだったんだ」と話をした。その言葉を聞いたあーちゃんは突然、「自分はそんな特別な人間ではない」と怒りだした。そして、せきを切ったように伸二との過去について語り始めた。

 あーちゃんと伸二は「いちご園」で一緒に育った。伸二は、泣いていたあーちゃんのことをいつも励まし守ってくれる存在であった。8歳のときあーちゃんは養子に引き取られ、「いちご園」を出ることになり2人は別れることになった。伸二はそのことを喜んでくれた。中学生になったあーちゃんは、家族の都合で同じ町に引っ越してきて伸二と再会した。再会した時、伸二は嬉しそうな顔であーちゃんに近づいてきたが、あーちゃんは自分が孤児であることを隠したい気持ちがあり、伸二を無視してしまった。伸二はその様子を見て、すべてわかったように笑い、その後、あーちゃんに話しかけることはなかった。あーちゃんはまた、伸二に守られたと感じた。

 あーちゃんはずっと自分を守ってくれていた伸二が、最後まで自分を守って死んでしまったことを後悔し、どうすればよいのかわからないと言った。コウタと1年に1度会うことを、あーちゃんは楽しみにしていたが、何も聞かずに楽しい話だけしてくれるコウタの優しさが伸二と重なっていた。あーちゃんは「コウタ君と会うと、楽しいぶん、辛いの」と言ってコウタを残して走り去っていった。

 次の年、約束はしていないけれど、待ち続けるコウタの元にあーちゃんは現れなかった。その後のコウタは腑抜けたように過ごしていた。しばらく経って、コウタが会社の車に乗っていると、道であーちゃんが男の人と歩いているのを見かけた。感じの悪い男の人であーちゃんを雑に扱っているのが見てわかった。コウタはいてもたってもいられなくなり、あーちゃんと別れ一人歩いている男の人の後を追って、殴り掛かった。しかしコウタの拳はかすりもせず、逆に相手の男に殴られた。周りの人たちに危ない男だと通報されそうになり、コウタは走って逃げた。コウタはみじめで悔しくて苦しい気持ちでいっぱいだった。

 そんなコウタのもとに中学校の同窓会の通知が届いた。コウタは帰省して同窓会に参加したが、やっぱりあーちゃんは同窓会には来ていなかった。同窓会の翌日、実家に置いてある自分の自転車を眺めていた。あの事故以来自転車には載っていなかったが、父親がずっと手入れをしてくれていた。コウタは自転車で町をゆっくり走ってみた。そして伸二と一緒にいた坂の頂上を目指した。

 コウタがたどり着いた坂の上に、あーちゃんがいた。驚いたコウタがあーちゃんに声をかけると、あーちゃんも驚きながらコウタの顔が殴られて腫れていることを指摘した。あーちゃんは恋人から殴ろうとした危ない男の話を聞いて、コウタの事だと気付いていた。そして、何も変われず後悔してばっかりの自分に比べて、コウタは戦おうとしていると感じた。そして逃げるのをやめようと思って、あーちゃんは坂の上に来たのだった。「一緒に下りてくれる?」とあーちゃんはコウタに聞いた。

 コウタとあーちゃんは自転車で猛スピードで坂を駆け下りた。坂を駆け下りた先が一面赤く染まっているのが見えた。レタス畑だった場所が、一面ストロベリーフィールドの花畑に変わっていた。その景色を見てあーちゃんは泣いていた。そして二人は自転車から投げ出されて、「いちご園」の赤い花畑の中に落ちた。ストロベリーフィールドに囲まれて寝ころびながら、あーちゃんとコウタは何がおかしいのかわからないけれど、とにかく笑っていた。何かが終わって何かが始まったこの日を、忘れることはないだろうとコウタは思った。ストロベリーフィールドの花言葉が「永遠の愛」だということをコウタは後から知った。

いちごの唄/岡田恵和・峯田和伸の読書感想文

 この作品は銀杏BOYZの楽曲を元に書かれた小説で、短編が重なって作られています。ストーリーは主人公コウタ目線で進み、一文一文が短いため、まるで詩を読んでいるような、それこそ歌を聴いているような、そんな不思議な気分にもなります。新鮮だけれどどこか懐かしい気持ちがよぎり、普段本を読まないような人でも非常に読みやすく、スイスイ読むことができる作品です。

 物語は主人公のコウタの中学生時代から始まりますが、コウタは歳を重ねて大人になっても、少年のころの不器用だけれど純粋な人柄は一切変わりません。大人になるにつれて、色々なことを受け入れたり窮屈になってしまうことも多いのですが、そんな中でここまで純粋に大人になれるってすごいなと、その純粋さがまっすぐ胸に突き刺さってきました。

 ただ、コウタの純粋さがあーちゃんには眩しすぎて、辛くなってしまったのも理解できました。あーちゃんとコウタが七夕の約束をしてから3度目の再会で、あーちゃんがコウタに怒りの感情を吐き出すシーンはとても印象的でした。伸二の死で深く傷ついてしまったあーちゃんとコウタですが、あーちゃんは、同じように傷ついているコウタが真っすぐ明るく生きていること、そして、自分のことを素晴らしい人間だと、「女神」と呼んでいることを知って、その時の自分と比べてしまって辛い気持ちになったのだと思います。あーちゃんには自分が伸二の死から、前を向いて進めていない、という気持ちがあったからこそ、余計にもどかしく辛い気持ちを引き起こさせたと感じました。

 ラストシーンで、2人が坂から駆け下りていく描写は、読んでいる私も坂を下りて風を切っているような気分になりました。過去の痛みを乗り越えて、それでも前を向いていくコウタとあーちゃんの気持ちを感じて、勇気をもらったような気がします。どこまでも純粋で真っすぐなコウタ、そして過去と向き合って前を向いていくあーちゃん、2人の生き方から、暖かく大切なものを感じられる作品だと思います。(まる)


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