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2018年12月13日
大学生の西川トオルは、雨の夜に河原で男の遺体を発見する。その傍に落ちている銃を見た西川は、衝動的に銃を拾い上げ、自宅のアパートに持ち帰った。退屈な日常に飽きていた西川は、銃を手にしたことによって気分が一変した。自分が銃を持っているという特別な事実が、西川を上機嫌にさせ、鬱陶しいと感じていた人間関係や女性関係も以前より積極的になった。銃の存在が西川の生活を喜びに満ちたものにしていた。
ある日、西川は河原の遺体についてのニュースを見る。遺体が死んだ原因は暴力団関係の揉め事ではないかということであったが、警察は凶器である銃の行方を追っているとのことであった。西川は、不安に襲われたが、あの夜のことを思い出し、自分が誰にも見られていなかったと心を落ち着かせる。西川が、銃の中の弾丸を確認すると弾は残り4つ入っていた。この銃を撃てば何かを破壊することができるということが、西川にとってはとても重要で魅力的なことに思えた。さらなる刺激を求めた西川は、銃を持ち歩くようになった。ジャケットの中に入れた銃の感触が、西川をこの上なく良い気分にさせた。いつしか西川は「自分はいつか銃を撃つだろう」という確信に近い予感を覚えるようになっていた。
西川の元に義父母から電話があり、西川の実父が危篤状態にあると伝えられる。実父はひどく荒れた性分であり、そのせいで実母は幼い西川を置いて出て行った。その後、西川は施設で育ち、現在の養父母に引き取られたのである。良い記憶のない実父が西川に会いたがっていると聞き、どのような対応をとれば良いか悩んだが、義父母の電話での様子を聞いて、結局、西川は実父に会いに行くと答えた。
ある日、西川は夜の公園で猫を見つける。猫はけがをしており今にも息絶えそうであった。苦しそうな猫を見ていた西川は無意識に懐から銃を取り出し、銃口を猫に向け、引き金を引いた。西川はこの上ない快感を覚え、さらにもう一発猫に向けて銃を撃った。異常なほどの高揚を覚えた西川であったが、ふと正気に戻り、走ってその場から逃げ去った。走りながら、西川は幸福を感じ、笑みを浮かべていた。自分のこの幸福をもたらした銃へ感謝と愛情を感じた。そして、今感じたこの幸福は死ぬまで続いていくように感じた。
西川は、実父に会いに病院を訪れた。施設にいたころの先生が案内してくれた。銃を撃ったことによって幸せを感じていた西川にとって、実父に会うことは幸福に水を差すことのように思えた。憔悴した実父を見て、ひどく汚らしいモノのように思い嫌悪感を覚えた西川は「人違いでした」と言い残し病院から去った。西川は自分の幼少期のことを思い出した。小さい頃から、自分が不幸と思わなければ不幸は成立しないと考えていたが、その日は幼少期のことを思い出そうとすればいくらでも思い出せるような気がした。
西川の元に刑事が訪ねてきた。猫を撃った夜、西川が走って現場から離れるところを目撃されていたのだった。刑事が言うには、猫に撃ち込まれた弾丸が河原にあった遺体から出てきた弾丸と同じものであり、話を聞きに来たということであった。刑事の話を聞いて西川は動揺したが、努めて冷静に事件への関与を否定した。しかし、刑事は引き下がらず、結局2人は近所の喫茶店で話すことになった。
喫茶店で刑事は、実は猫から弾丸は見つかっていない、西川の反応を見たくて嘘をついたのだと白状する。河原にあった遺体に関しても、警察は被害者本人が自ら銃で頭を撃ち抜いたと考えており、西川の犯行だとは思っていないようであった。しかし、銃がまだ見つかっていないことを指摘した。無関係な何者かが銃を持ち去ったのではないかと刑事は考えているようだった。刑事は、その銃を拾った何者かはまず初めに動物を撃つだろうと予想していた。そんなときに西川の目撃情報があったのだ。刑事は、証拠は何一つないけれど、その人物が西川であると確信しているようだった。ボロを出さず話を切り上げようとする西川に対して、刑事は「あなたは次に、人間を撃ちたいと思っているはずだ」と指摘する。そして、人間を撃つ前に銃を手放すように忠告して西川の元から去っていった。
刑事に言われたように、西川は、次は人間を撃とうと考えていた。その考えは、すでに西川の中で決定事項であるかのように頭から離れなかった。銃を手にしたことによって自分自身が生き返ったように感じていた西川が、銃を手放すこと全てを否定していることだと感じた。西川は人間を撃つという行為を肯定することになった。西川はターゲットを隣の部屋に住む若い女にしようと決めた。隣の部屋からは毎晩のように子どもを叱りつける女の怒鳴り声や何かを壊すような音が聞こえており、子どもが泣きじゃくる声も聞こえていた。西川は女が定期的にあるスーパーへ買い物に出かけていることを突き止め、実行するならその近くにあるレストランの跡地にしようと決めた。しかし、その跡地は5日後に工事が始まってしまうと知り、4日後に決行しようと決めた。西川は、あの女が死ねば、その子どもは幸せになると自分を正当化するように言い聞かせた。
決行日、西川は予定していたレストランの跡地で女が現れるのを待っていた。西川はとにかく女を撃つことだけを考えていたが、思考がうまくいかず頭がぼんやりし、心臓の音がうるさいことを感じていた。西川は横断歩道の向こうに女の姿を確認する。信号が変わり、女がどんどん歩いてくるのが見えた。信号を渡りきったところで、女は忘れ物にでも気づいたのか、渡ってきた横断歩道を戻ろうとした。すでに信号は赤に変わってしまっているので、女は背を向けて立ち止まった。西川は今しかないと感じた。しかし、銃を撃ちたいという感情とその後どうしたら良いのかという二つの感情が西川の中で葛藤し始めた。考えながら西川は、自分が銃を使い女を撃つのではなく、自分が銃に使われている一部に過ぎないと感じ、深い悲しみを覚えた。西川は自分がいつの間にか銃を放り投げていることに気付く。自分がいかに銃に影響されていたのか気づくと共に、自分から銃を手放したことへの安堵の気持ちを自覚し、銃との別れを決意した西川はその場でしばらく泣き続けた。
西川の日々に変化が起こった。以前よりも自分が存在していることを強く感じるようになり、行動も積極的になった。自分を取り囲む小さな世界の中で、死ぬまで生きていこうと西川は考えるようになった。そして、西川はなるべく遠い場所に銃を捨てることに決めた。悲しい気持ちを感じた西川は、銃に残った2発の弾の1つはお守り代わりにとっておくことにし、ジーンズのポケットにしまった。目的地へと向かう途中の電車で、西川の隣に態度の悪い男が座り、携帯電話で大声で話し始めた。最初西川は我慢していたが、衝動的に男の携帯電話をとって放り投げてしまった。もちろん男は西川に対して激怒したが、男の様子を見ているうちに西川に一つの考えが浮ぶ。西川は銃を取り出し、男の口の中にねじ込んだ。銃を偽物と思い信じていない様子の男を見た西川は、素早く引き金を引いた。激しい音と共に、大量の赤い飛沫が飛び、男は倒れた。悲鳴をあげながら逃げる乗客を見て、西川は自分が銃を撃ったことに気付く。西川は、どう考えても銃を撃つ必要などなかったことをわかっていた。西川は、この状況を終わらせるには自分の頭を打つことしか思いつけなかった。お守り代わりに残していた弾をポケットから取り出し、銃に入れようとした。しかし、指が震えてうまくいかない。怯える乗客に対して、なぜか西川は笑みをつくろうと努めた。西川は「もう少しなんだけどな、おかしいな、おかしいな」と、震える手で、小さな弾をつまみながら繰り返した。
本作は主人公の西川が、ある日「銃」を手に入れるところからはじまります。その後、「銃」の魅力に魅せられて、思考や行動までも「銃」が中心となっていき、しまいには「銃」を使用してみたいと思い始めます。その間の主人公の感情の高ぶりや葛藤をひしひしと感じる作品です。
私は本作を一度読み終え、ラストの衝撃を受け止めるために一息ついた後、自然とまた最初から読み直していました。一度目は銃を手にした男の物語として読み進め、西川の行く末を見守りハラハラしていましたが、二度目は西川の感情と自分自身の感情をリンクさせて、ある種の痛みを覚えながら読みました。
この「銃」を手にするという普通では考えられない異質な出来事、そして狂ったように魅了される一人の人間という、共感する場面がないように思われる物語ですが、不思議なことに、自分の中にも西川と似た感情が確かにあるんだ、と感じました。そしてそれを自覚したとき、それはとても恐ろしいことのように感じました。本作を読んだ方がどのように感じるのか、人によって違うかもしれませんが、私から見た西川は「銃」に魅せられる前も、魅せられた後も、世間の人間とは違う、言ってしまえば「少しズレた人」のように感じていました。その西川と似た感情が自分の中にもあるということは、あまり認めたくないと思いつつ、紛れもない事実でした。
本作のラストシーン。非常に衝撃的なラストシーンです。私は、もちろん自分の人生において、「銃」を手にした経験はありません。ですので、自分が「銃」に魅了される人間かどうかはわかりません。でも、西川と同じような感情を抱えたことがあります。何かに出会い、強く惹かれ、振り回され、葛藤し、逃げたくなるけど、絶えず欲している、そういった理性を超えた感情は、もしかしたら、誰しも奥深くに眠っているものなのかもしれません。強く惹かれる何かに出会ってしまった時、人間はその欲求にあらがうことができないのかもしれません。
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