本文へスキップ

読書感想文のページ > 楽隊のうさぎ

楽隊のうさぎ/中沢けいのあらすじと読書感想文

2012年11月24日 竹内みちまろ

楽隊のうさぎのあらすじ(ネタバレ)

 小学校の卒業式を終え、春から花の木中学に通う、埼玉県の奥田克久は、花の木公園にうさぎが棲みついていることを発見しました。しかし、同級生に告げても、また「ウソツキ」と呼ばれるに違いないと懸念します。ただ、うさぎを見つめているうちに、自分を意地悪くなじった同級生の顔が浮かび、同時に、「言いたければ、言えばいいさ」という声も浮かんできました。

 中学に入学した克久は、上級生の男子生徒3人組から、吹奏楽部に誘われます。音楽をやったことがなく、いじめられていた経験から、何も考えず、何も感じないようにしながら、学校にいる時間をなるべく短くするという方針を立てていた克久は、誘いの声に何の反応も示しませんでした。3人組は別の女子生徒に声を掛け始めます。その時、声を掛けられた女子生徒・谷崎弓子は、3人組に返事をしたあと、克久へ「おはよ」と声を掛けました、谷崎弓子の声は、克久が塗り固めていた心に、ひびを入れました。

 花の木中学は、部活動必須でしたが、2年連続で全国大会に出場し昨年は全国大会で優勝した吹奏学部は練習が厳しいことで有名。毎朝、6時半には登校し、下校は8時過ぎというのも珍しくありません。また、50人編成でコンクールに出場するための部員確保に悪戦苦闘していました。

 克久の家では3月に父の久夫が名古屋へ転勤することになりました。陶器を扱うお店を持つという夢を実現させようとしていた母の百合子が単身赴任を強く主張し、久夫は一人で名古屋へ行くことになりました。母親と2人だけになった家に帰った克久は、母親から「中学校、おもしろい?」と聞かれます。「まあね」と克久は答えましたが、おばさんというものはおしゃべりをするものだと思います。でも、息子がクラスでシカトされているなどという話を聞いても母親は他言はしないと信じていました。

 克久は、小学校の頃から克久にちょっかいを出し、克久をいじめてきた相田守から誘われ、サッカー部の練習を見学していました。相田は「毎日、毎日、よく続けるな」と口にします。克久は、何か言わないとまずいだろかと煩悶し、「そうすネ」と返せばいいことはわかっていました。さらに、「そうすネ」と返さなければ、またひどい目に遭わされるかもしれないと思います。しかし、克久には説明のできない予感がありました。そのとき、谷崎弓子が大きな声で「さようなら」と声を掛け、早足で克久と相田を追い越して行きました。克久は、相田へ、「僕、ブラスバンドに入ろうと思っているんです」と告げます。相田は、ブラバンは金がかかる、女がやるもの、中学生のうちは身体を使えって親父が言っていた、などとけちをつけます。克久は「君はお父さんやお母さんの言うことをよく聞く人なんだ」と反論しました。

 克久の学年では33人が吹奏楽部に入りました。上級生はこれで夏の大会にエントリーできると安心します。克久と、谷崎弓子と仲が良い「しょうちゃん」こと祥子の2人は早々に、打楽部(パーカッション部)の所属になりました。克久にとって、祥子はいじめられるタイプで、「直截な悪意を引き出す要素」があるとさえ見えました。克久は「標的になりたくなければ、自尊心の固まりのような人間の子分になるしかない」と思っていて、「祥子の容姿というのは、標的にするにはぴったり」と結論づけ、克久は祥子のそばに近寄りたくないと思います。しかし、祥子と並んで練習をすると、そのことを忘れ、没頭していました。基礎練習をしていると、克久が息をしている世界へ向かって小さな音の粒が放たれ、同時に、それが体に染みこんでくることを感じます。お風呂に入ろうとしていた時に、ふいにスティックを持ち出して練習を始め、パンツ一枚で集中する克久の姿を見た百合子は、自分を不機嫌そうに追い払おうとする克久の態度に触れ、神経を逆なでされました。克久と百合子に、いままでとは違う時間が流れ始めていました。

 克久は、部活の顧問の「ベンちゃん」こと森勉と、上級生の指導の受けながら、ブラスハンド漬けの時間を過ごし、夏の県大会で出番を待つ間、ほかの学校の演奏を聴いて圧倒されました。OBの「完成されているけど、音の厚みには欠けるな」というひと言で正気に返ります。いままで外野の声としてしか耳に入っていなかったOBの言葉が、ちゃんと人間の話し声として聞こえ、克久はそのことに驚きました。県大会を突破した吹奏楽部は、関東大会でまさかの銀賞に終わり、全国大会出場を逃しました。

 入学間もない克久に声をかけた3人組の一人で部長の有木は、「負け惜しみと思われてもいいけど、もうこれから、絶対にこういう音は作れないと俺は思うんだ。うまい演奏とか深い演奏はこれからもできるけど、こんな真剣な音はきっとこれが最後」などと言い残し、部長の座を後輩に譲りました。また、黒木麻利亜はルイジアナへ留学し、ピアノを習いフルートでは先生について本格的に音楽を習っている田中さんは県大会を最後にブラスバンド部を辞めました。田中さんから声を掛けられた克久は、田中さんはブラスバンド部を辞めたくなかったのだと思いました。克久は相田の腰巾着から、階段で突き落とされたりしますが、胸の中でうさぎが指揮棒を振り、克久は「なにをするんだ」と声をあげました。

 克久は、森勉に紹介された広田先生の家に、月に一回くらいの頻度でティンパニのレッスンに通うようになります。広田先生の家に通い始めてから、フルートのホームレッスンに通っている田中さんと話をするのが急に楽しくなり、「田中さんと奥田君はうわさになっているよ」などとも言われ始めました。「今年の一年生は今までと違う」といわれていた克久たちは2年生になり、コンクールの自由曲で「シバの女王ベルキス」に取り組むことになります。田中さんは、克久に、「いいな。ベルキスやるなんて。あれ、すごいよ。やりたいナ」とこぼしました。

 2年生のクラスでは、克久は相田と別の組になり、母親から、「お父さんに恋人がいたら、どうする」とふいに聞かれたりします。克久は、広田先生に、「先生、好きな人はいますか?」と尋ねました。母親から夏休みになったら、克久の伯父(母親の兄)がいる福岡の実家へ行こうと誘われます。開店した陶器を扱うお店の買い付けなのですが、お盆の3日間を除いて毎日練習がある克久は、無理だと跳ね除けます。母親も譲らず、克久は半ば強制的に福岡へ連れて行かれることになりました。百合子には、「この夏を過ぎたら、子どもらしい克久を連れて歩くことはできそうにない予感」がありました。お祭り好きの伯父は克久を祇園太鼓に連れて行き、克久は、伯父のことを忘れて、最前列で、太鼓の音色と、演奏をリードする金髪の少年に見とれました。克久の隣のクラスでは学級が崩壊し、生徒からなめられた担任のポケットからお金が盗まれるという事件が起きました。

 克久たちの学年は、一年生のころから切り出した音が強烈な個性を主張し、お互いに相手には簡単に譲らない我の強さを持っていました。克久が家に帰ると、父親の久夫が帰ってきており、おまけに、テーブル越しに、母親の百合子と、熱いキスを交わしていました。そっと家を抜け出した克久は、ポケットに入りっぱなしになっていた田中さんから渡された携帯電話の番号へ、コンビニの前の公衆電話から電話をかけました。

 いよいよ、夏の大会が始まります。「ベルキス」の冒頭は、ティンパニのソロ。克久の体へ、自分が繰り出す一発が世界のすべてを作り出すという緊張感が染みていきます。同時に、一人ぼっちとは違った、生まれて初めて体感する孤独を感じていました。

楽隊のうさぎ/中沢けいの読書感想文

 「楽隊のうさぎ」を読み終えて、時間というものを見つめる、著者の「まなざし」を感じました。

 主人公の奥田克久は、小学校ではクラスから無視されていたのですが、中学にあがっても、いじめっ子の相田守と同じクラスになります。しかし、ブラスバンド部に入った克久は、部活漬けの生活を送るようになり、相田に媚を売ることもしなくなりました。相田は、子分に、克久を階段から突き落とさせるようなことまでしますが、相田自身も、もろもろの問題を抱えていて、誰かからかまってほしがるタイプなのかもしれません。しかし、「楽隊のうさぎ」では、克久がブラスバンド漬けの生活を送る中で、いじめられていた克久という側面は、少しずつ薄れて、最後には、完全に読者の意識からなくなってしまいます。その消え去り様は、フェイドアウトという言葉が似合うほどで、最初からいじめなどなかったかのような印象さえ生まれます。いじめを問題として取り上げ、原因を並べたてたり、学校のいじめへの対応や、話し合いやらをストーリーに組み込むことも一切ありませんでした。淡々と、小学校の頃は何もやっていなかった少年が中学校へ入って夢中になれることを見つけ、その夢中になる姿を描くだけでした。何かに夢中になる時間、また、中学生という時間自体を、著者はかけがえのないものとして見つめていることが伝わってきました。

 ただ、その著者の「まなざし」は、けっして、甘いものでも、色がついているものでもありませんでした。克久には、祥子がいじめられるタイプに見えます。特定の人間がいじめられるタイプに見えるという現実は、きれいごとではなく、確かに人間の世界に存在しているのかもしれません。また、気の弱い担任がなめられて隣の学級が崩壊していく様子を静かに描いたり、克久の父親が名古屋で愛人を作っていることを匂わせたり、感情的になって不器用にけんかをする克久と母親の百合子を描いたりもします。女の子が圧倒的に多いブラスバンド部に入った克久にしても、男子や、ブラスバンド部以外の女子からはまったく相手にされておらず、クラスからは距離を置かれているのかもしれません。しかし、克久はブラスバンドを選び、ブラスバンドを選んだ結果としてクラスの友だちと学校帰りに遊んだりというようなことを犠牲にしました。克久が選んだブラスバンドという時間は、ひとつの選択で、いいとか悪いとかではありません。しかし、人生にも、人間社会にも、様々な現実がある中で、ひとつの時間を選ぶことしかできないのかもしれません。ブラスバンドに夢中になった克久は、小学校の時のようにいじめられることはなくなり、また、クラスで相手にされていなかったとしても本人がそのことを気にしなくなっていました。むしろ、何かに熱中することなく、相変わらず誰かにちょっかいを出すことにあけくれているとさえ思える相田は、逆に、相手にされなくなっていきます。猿山の争いではありませんが、中学生男子には、中学生男子特有の序列やパワーバランスがあり、相田はその世界には浸かっていました。しかし、克久はその世界には入らず、その世界にいる人間たちも、自分たちの世界へ介入してこない克久へ手を出すことはしませんでした。

 「楽隊のうさぎ」を読み終えて、何が良くてどうあるべきかとは別の次元の現象として、時間というものは流れていき、自分がどんな時間を送るのかは自分で選ぶことができ、人間は何かに夢中になれば、それがいいとか悪いとかではなくて、それまでとは違った時間が流れ始めるのだと思いました。


→ 海を感じる時/中沢けいのあらすじと読書感想文


読書感想文のページ

運営会社

株式会社ミニシアター通信

〒144-0035
東京都大田区南蒲田2-14-16-202
TEL.03-5710-1903
FAX.03-4496-4960
→ about us (問い合わせ) 



読書感想文のページ