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ゴールド・フィッシュ/森絵都のあらすじと読書感想文

2016年10月16日 竹内みちまろ

ゴールド・フィッシュのあらすじ

 千葉の外れに住んでいる中学3年生のさゆきは、用務員の林田さんから、従兄の「真ちゃん」こと真治が帰って来ていたことを知り、驚いた。真治は約2年前にバンドの夢を追い駆けて東京に行った。さゆきは歌を歌っているときの真治が大好きだった。さゆきは真治のアパートに電話をしたが、番号が現在は使われていないという機械音が返ってきた。

 さゆきの父親と真治の父親が兄弟だったが、真治の両親は約2年前に別居していた。

 さゆきは、去年の8月に町内の夏祭りでつまらないケンカをしてから口をきいていなかった幼馴染のテツを呼び出した。テツは真治の居場所を知っていた。さらに、さゆきは、テツから真治のバンドが解散したことを告げられた。さゆきは、テツを問い詰め、真治が新小岩にある真治の父親のアパートにいることを知った。

 次の日曜日、さゆきとテツは、真治に会うためにアパートを訪れた。が、あらかじめテツがさゆきが行くと伝えていたためか、真治は留守だった。真治の父親は、さゆきとテツを歓迎したが、さゆきに、「残酷かもしれないが、頼みがある」と前置きし、「しばらくのあいだ、真治にはかまわないでやってほしいんだ」と告げた。

 さゆきは、真治の兄で東京のいい大学に進学した高志は裁判官になるものと思っていたが、高志自身の口から一般企業に就職が決定したことを聞いた。1年前までは弁護士になると言っていたさゆきの姉も、弁護士の夢は「高校に入ってから、自分の限界がわかってあきらめちゃった」。一方、昔はいじめられっ子でさゆきがいつも庇っていたテツは中学1年生のときに柔道部に入り、身長も伸びて、誰からもいじめられなくなっており、さゆきに自分の夢を語るまでになっていた。

 さゆきは突然、勉強を始めた。学校でも無口になった。はじめは手放しで喜んでいた両親は、さゆきのあまりの猛烈ぶりを心配するようになった。親友の朋子や担任教師も心を痛めた。しかし、さゆきは、勉強をしている間はほかのことを考えなくて済むため、誰に何を言われても、勉強を止めなかった。

 真治の父親が胃潰瘍で入院した。見舞いに訪れたさゆきは、真治の父親から、「さゆきちゃんはさゆきちゃんの夢を、自分で作っていくんだ」と告げられた。真治の父親の声は厳しかったが、さゆきを見つめる瞳は昔と同じで温かかった。

 さゆきは勉強を続け、志望校に合格した。合格が決まってから、テツと歩いているとき、「あたし、やりたいこと、できたの」と言い始め、「ファーストフードのお姉さん」と告げた。「バイト料がたまったら、スキューバダイビングのライセンスをとるの。海のなかってどんなふうなのか見てみたくて」、「高校の美術部にも入って、絵を描きたい。もっといっぱい、もっと上手に。パーマもかけたいし、明るい男女交際もしてみたい」と話し続けた。

 「あたし、テツや真ちゃんみたいに立派な夢はまだないけど、そういう小さなこと、ひとつひとつやっていきたいの。いちいち楽しみながらね」と、少し照れながらささやいた。

ゴールド・フィッシュの読書感想文

 「ゴールド・フィッシュ」を読み終えて、時間というものを描いた作品は奥深いなと思いました。

 「ゴールド・フィッシュ」で描かれていたのは、さゆきが過ごした中学3年生の1年間という時間だと思いました。さゆきは、美術部員の友人から「さゆきの絵っていいよ。なにかを感じるよ」と言われ、2年生の4月から美術部に入っていましたが、熱心な部員ではありませんでした。

 そんなさゆきは、中学3年生の初めの頃は、用務員の林田さんから、「もしもさゆきちゃんが、わたしがなにを見ているか、わたしの瞳になにが映っているのか……そういうところまで表せるようになったら、それはもう、たいしたもんだ。絵を描くというのは、そういうことじゃないのかな」と言われても、「林田さんの瞳に映っているもの」とは「今、目の前にいるあたしだ、とか、そんなことではないんだろうな」と漠然と感じることしかできませんでした。

 そして、何よりも、自分の夢が何かが分からず、夢の手掛かりすらも見つけることができていません。

 もちろん、「お前は、何がやりたいのだ?」、「お前は、将来、何になりたいのだ?」と質問されて、「何々をやりたい!」、「何々になりたい!」と答えられる中学生は幸せで、多くの中学生は、まだ何も分からないと思います。一方、それでいて、現代社会は、中学生にすら、「夢を持ちなさい」だとか、「目標を持ちなさい」だとか迫って来るのかもしれません。

 真治の父親は、さゆきに、夢を「自分で作りなさい」と告げました。「見つけなさい」でも、「探しなさい」でもなく、「作りなさい」というところが、厳しいなと思いました。

 幼い頃から自分が打ち込むことができる何かと出会っていた人にとっては、夢とは自然と出会うものかもしれません。もっといえば、既に夢を持っている人たちにとっては、「夢とは何か」とか、「夢はどうやって見つけるのか」などと、そもそも、考える必要がありません(既に持っているので)。

 しかし、さゆきのような、そうではない人にとっては、夢とは、向こうから勝手にやってくるものではなく、自分で作り出さなければ一生掛かっても手にすることができないもので、真治の父親は、さゆきにそのことを伝えたかったのかもしれません。

 読みながらそんなことを感じた「ゴールド・フィッシュ」でしたが、読み終えて、さゆきのような夢を自分で作り出していかなければならない人たちへ向けた、温かく優しい作者の“まなざし”を感じました。

 志望校への入学が決まったさゆきが、林田さんに、お世話になったお礼として、記憶を頼りに描いた真治の肖像画をプレゼントする場面がありました。林田さんは、「うん。見えるよ。さゆきちゃん」、「真治くんの瞳に映っているものが見えるよ」と感動します。この場面を読んで、「大丈夫! さゆきはいつかきっと、夢をつかむことができる」と思いました。

 「ゴールド・フィッシュ」は、夢とは何か、そして、生きるとは何かということがまったく分からずに、その手掛かりすらもつかめず、それでも、何者かになるために生きなければならないさゆきの中学3年生という時間を描いた物語だと思います。厳しい言い方をする人は、さゆきのことを、「自分がやりたいことも見つけられないのか」だとか、「夢がないのか」だとか言って責めるかもしれません。でも、作者はきっと、夢が見つけられずにもがいたさゆきの1年間も、かけがえのない時間だと感じているのかもしれないと思いました。


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