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2015年10月3日 竹内みちまろ
御山大学の二宮拓人は、「劇団プラネット」で演劇に打ち込むも、演劇を諦めて就職活動をすることになった。それでいて、「劇団プラネット」の頃にいつか2人で何かをやるときは「毒とビスケット」という名前にしようと約束を交わした相棒の烏丸ギンジが、「就職はしない。舞台の上で生きる」と決断し、1人で「“演激”集団『毒とビスケット』」を立ち上げると、ギンジのブログやツイッターをチェックし、ネットの掲示板で「質の低いものを量産してばっかりだよな、この劇団って」などと叩かれ続ける様子をチェックする。
拓人のルームメイト・神谷光太郎は、11月の終わりの学際の時にバンドの卒業ライブを行い、就活のために、黒髪短髪に。拓人と光太郎、光太郎の元彼女で留学から帰ってきた田名部瑞月、瑞月の友人で偶然、拓人と光太郎のアパートのひとつ上の階に住む小早川理香の4人は、同じ就活生ということで、理香の部屋で、一緒に就活勉強会と情報交換を行うことになった。そこに、クリエーター志望で就活はしないと宣言する、理香の同棲中の彼氏・宮本隆良が加わり、就活生たちのバトルが始まった。
拓人は、就活で辛いことは「誰かから拒絶される体験を何度も繰り返す」ことと「そんなにたいしたものではない自分を、たいしたもののように話し続けなくてはならないこと」の2つだという。拓人は、どこか冷めた目線で、就活と、就活に挑む周りの人間たちを見ている。
拓人は、理香の部屋では宅飲みなのにきれいな食器しか出てこず、同棲中の隆良はチノパンにきれいなシャツを着ているので、この2人は、恰好悪いところをお互いに見せていない、とか、光太郎と端月は端月の帰国後一度も会話をしておらずツイッター上で一度言葉を交わしただけのはずだなどと観察ばかりを続ける。
就活に関しても、キャリアセンターで面接のアドバイスをもらった理香が「次の面接で活かす!」と自身のツイッターアカウントに投稿したら、「WEBテストに受からない理香さんは、面接の段階に進んでいないはずだ」と、一人で突っ込みを入れる。拓人は、隆良や理香のツイッターの裏アカウントを探し出し、書き込みの内容をチェックする。
拓人は、自分がお世話になっている先輩の沢渡へ、隆良が「ああ、理系の院生なんですね」としか言葉を返さなかった場所に居合わせ、「自分のものさしでは測れない人間を、勝手に『人脈として不必要』と判断したことが、その表情からありありとわかる」と苛立った。ギンジへぶつけたのと同じように、隆良へ感情をぶちまけたくなる。
心の中に苛立ちを積もらせる拓人だが、沢渡や瑞月は、拓人が暴走しないように気遣う。沢渡は、「ほんの少しの言葉の向こうにいる人間そのものを、想像してあげろよ、もっと」、「ギンジの五月公演の日程、スケジュール帳にメモしとけよ」と声を掛け、瑞月は拓人が何かを言ってしまいそうになると巧みに話題をそらす。
たが、拓人はついに、隆良に、「頭の中にあるうちは、いつだって、何だって、傑作なんだよ」、「お前はずっと、その中から出られないんだよ」と、ギンジにぶつけたのとまったく同じ言葉をぶつけた。
しかし、光太郎が内定を取った会社の評判を見ようとネットで「総合書院 2ちゃん 評判」と調べていたことを、理香に見つけられてしまう。理香から、「……私、拓人くんに内定出ない理由、わかるよ」、「みんなやさしいから、あんまり触れてこなかったけど、心のどこかではそう思ってるんじゃないかな。観察者ぶってる拓人くんのこと、痛いって」などと告げる。
拓人の中で「何かが崩れていく」。
さらに、理香は、「私、ずっと読んでたよ、あんたのもうひとつのツイッターのアカウント」と言われる。「拓人くんはいつも、少し距離を置いたところで私たちの戦いを眺めている。自分はあんなカッコ悪いことをしなくたっていいはずだって、心のどこかで思ってる」、「カッコ悪い姿のままあがくことができないあんたの本当の姿は、誰にだって伝わってるよ。そんな人、どの会社だって欲しいと思うわけないじゃん」、そして、「拓人くんのもうひとつのアカウント名、私、悲しくなっちゃたよ」。拓人は、裏アカウントで、「今年も、内定が出ない。理由がわからない」とつぶやいていた。
拓人は、面接で、「最近、最も心を動かされたことは」と質問され、「……演劇の舞台です」と答えた。いったんは厳しい稽古に耐えて初日を迎え際の気持ちなどを話し始めた。しかし、「本当のことを言おう」と思い、背筋を伸ばし、「でも、本当に心を動かされるのは、自分がやっていた演劇じゃないんです」と話し始めた。
「何者」を読み終えて、他人から高い評価を得る人生と、自分が何を成し遂げたのかを言える人生の、どちらが素晴らしいのだろうかと考えました。
世の中には、評論というものがあります。評論は、客観的な証拠を積み重ねて論考を提示することだと思うのですが、拓人は、(もちろん、社会経験や人間性が足りませんが)評論家に向いているのかもしれないと思いました。ギンジの劇団の舞台を、あれこれと論ずることはできるのかもしれません。
一方で、世の中には、評論家に評論される人たちがいます。ギンジは、自分で何かを評価することはせず、作品を発表することで他者に評価される道を歩んでいます。
広く世の中に視野を広げても、例えば、映画を製作するクリエーターたちがいる一方で、映画評論家がいます。社会運動家と、それを報道するマスコミでも同じ構図が成り立つと思います。
演劇や映画、社会運動とそれらを評論したり報道したりする人たちの関係で共通していることは、作品や運動を通して理念や願いらを提示する人たちは自分が信じるものを行動で示し、評論家や報道家は、自分を表に出さずに客観的な考察や記事を提示するということです。
もちろんバランス感覚は必要だと思いますが、人から高く評価されたいのであえば、何をすれば評価されるのか、あるいは何をしたら非難されるのかを常に考えて行動すればいいわけですし、自分が何を成し遂げたのかにこだわるのではあれば、自分が信じることをすればいいのだと思います。
ただ、「何者」を読み終えて、何かを評論するだけの人生は寂しいなと思いました。確かに、社会経験の無い大学生に、自分を採用したら企業にとってこんなメリットがあるとアピールしろと迫ること自体が無理な話なのかもしれません(もちろん、面接なそんな単純なモノではないと思いますが)。それでも、最終的には人間性を見られるのかもしれない面接で、就活生たちは、一生懸命、自分をアピールします。拓人には、そんな日本の社会のカラクリが、見えてしまうのかもしれません。
でも、だからといって、自分のことは棚に置き、観察だけしていても、時間だけが過ぎてしまい、何も生まれないのだと思いました。
目標のない人間はむなしいなと思いました。どういう形で働いたり、社会に係わるのかとは別に、人間は、自分のやりたいことを見つけて、それを実現するために努力を続けなければならないのだと思いました。
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