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台所のおと/幸田文のあらすじと読書感想文

2012年3月5日 竹内みちまろ

台所のおと/幸田文のあらすじ

 あきは、20歳年上で、結ばれてから15年たつ佐吉と2人で、20歳前の初子という従業員を使って小さな料理屋をしています。座敷が2つだけの粗末な店ですが、味を気に入った固定客でにぎわっています。あきも佐吉も何度目かの結婚。

 佐吉は、去年の秋から体調を崩し、病床から、障子一枚を隔てた場所にある台所で、あきが仕事をする音を聞いています。料理人の佐吉には、台所のおとを聞いただけで、あきが「この頃はことに静かで、ほんとうに小さな音しかたてない」という、わずかな違いも聞き分けてしまいます。

 あきは、医者から、佐吉が「なおりがたい」と言われており、同時に、佐吉に悟られてはならないと告げられていました。あきは、「しばしば言ってしまいたくなる」気持ちを抑え、佐吉と過ごしてきた年月のことを考えながら、料亭を続けています。

 近所に火事が起きることでストーリーが展開します。火元は、塚本の倉庫でしたが、火事の対応で、初子が塚本に勤めている上田への恋が独りよがりのもので、まっさきに駆け付けてきた魚屋の秀雄が頼りになることを知り、デートへ出かけるようになります。あきは、秀雄が、年に似合わず手慣れたふうに初子との関係を作っていることをうれしく見守っています。

 あきは、佐吉から「あと何日ある?」と聞かれて、「ぎょっと」しました。佐吉が病気が治らないことを言ったのかと思いますが、気が付いている様子はありません。また、気が付いていて、気が付いていないふうに振る舞っていたことなどありえるのだろうかと考えたりします。あきは、「台所の音を、はなやかにしなっくてはいけない」と思いました。

 ある日、障子を閉めて、揚げものをしていました。佐吉が、揚げものの音を、雨の音と聞き違えました。あきは、揚げものの音は聞こえているので幻覚ではないと判断し、「雨じゃありませんよ、あれ、油の音だったんですよ」と告げます。

 その夜、ほんとうに雨が降り、佐吉は、「ああ、いい雨だ、さわやかな音だね。油もいい音させてた。さわやかでおとなしいのがおまえの音だ。女はそれぞれの音を持っているけど、いいか、角(かど)だつな。さわやかでおとなしいのがおまえの音だ」などと、「えらく沢山」しゃべりました。

台所のおと/幸田文の読書感想文

 文庫本で50ページほどの短編です。読み終えてまず、うまいなあと思いました。音を取り上げて、音について書かれていますが、描かれているのは、あきの心の揺れであり、佐吉のあきを見つめる「まなざし」でした。

 冒頭の段落を引用します。

「佐吉は寝勝手をかえて、仰向きを横むきにしたが、首だけを少しよじって、下側になるほうの耳を枕からよけるようにした。台所のもの音をきいていたいのだった」

 2文から成る短い段落ですが、「台所のもの音」を佐吉が寝たままで聞くことに特別な思いを持っていることが伝わってきます。人間を描くために小説という手段を用いるのなら、あれもこれもと欲ばらず、書く対象(情報)を、これだ、ということだけに絞る勇気が必要なのかもしれないと思わせる冒頭でした。

 また、冒頭近くに、佐吉が、あきが台所でたてる音を聞いていると、「自分が台所へ出て仕事をしているような気持になれる。すると慰められるのだった」とありました。佐吉が音を聞く様子が書かれているのですが、描かれているのは、佐吉のあきへ向けた「まなざし」だと思いました。

 空襲が始まった時に一人で暮らしていたほどの苦労をしているので、あきには、覚めたところがあります。医者から佐吉の病気が治らないことを聞いた際も、「なぜ苦労して話すのか。だまっていればいいじゃないか」と疑問に思いますが、いざ、医者から言われたように佐吉に病気を悟られないように接っしてみると、その難しさを感じたりします。

 「台所のおと」では、火事の時に「誰かがどどどと、小門をたたく」とか、部屋で茶を焙じたときは「じゅうっと」などと、音が直接書かれることがあります。また、佐吉が「あき、あき」と合いの手のようにしていうのが「楽しげ」と書かれている場面では、直前に、「あき」で終わる佐吉のせりふが2つ重ねられています。

 しかし、いざ台所の音になると、「おもしろい音」「砕ける音」、あるいは、忘れられない音、特別な音、などと表現されています。そして、音を通して、佐吉が何を思ったのか、あきがどう考えたのかが描かれています。音を取り上げるなら、「どどど」「じゅっ」などとは書かずに、音を聞く「まなざし」や、音をたてる人間の心を描く必要があるのだなと思いました。

 また、料理人の佐吉が音を聞き違えることで佐吉の命の終わりを暗示させる結末は、ほんとうに、うまいなあと思いました。


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