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潮騒/三島由紀夫のあらすじと読書感想文

2012年8月21日 竹内みちまろ

潮騒/三島由紀夫のあらすじ

 父親を戦争で亡くし、母親と弟を養う18歳の猟師・久保新治は、自分が行けなかった修学旅行へ12歳の弟を行かせるために毎月、積み立てをし、旬間ごとの歩合の受け取りの日には袋に入ったままの金を黙って母親に渡すことが好きでした。息子が自分のおどろいた顔を見たがることを心得ている母親は身入りの日を忘れていたふりをし、快活な弟は修学旅行先から、訪れた映画館の感動を「おろしてみたら、フワフワした、天皇様の坐るような椅子で、お母さんも一度こんな椅子に坐らしてやりたいと思いました」と結ばれる速達を送ってきました。

 漁を終えた新治が浜に上ると、見覚えのない少女が木の枠に身を持たせかけて休んでいました。島の金持ちで歌島丸と春風丸の船主・宮田照吉の娘でした。一人だけいた息子を亡くしたあと、婿を取って跡取りにするため、養女に出していた先から呼び戻したのでした。新治と初江は、強風で全村が休漁となった日、山の上にある旧陸軍の監視台「観的哨」で、偶然、会いました。また、浜で、キスをしました。漁が終わったあとの時間に、お互いが燈台長の家に行くと「宣言」し、燈台長の家からの帰り道で、次の休漁日に「観的哨」で会う約束をしました。

 激しい嵐が島を襲い、漁が休みとなりました。「観的哨」に到着した新治は火を起こし、身体を温めているうちに眠っていました。目を覚ますと、全裸になって服を乾かしていた初江がいました。初江は「今はいかん。私、あんたのお嫁さんになることに決めたもの。嫁さんになるまで、どうしてもいかんなア」と口にし、2人は何もせずに裸のまま抱き合いました。

 「観的哨」から帰る2人を、燈台長の家の娘の千代子が見かけており、そのことを、初江を嫁にして宮田の入り婿になると公言していた川本安夫(村の名門の生まれで、青年会の支部長をしている19歳)に告げました。安夫は、初江をものにしようと夜に襲いましたが失敗しました。安夫が言いふらし、新治と初江は狭い島でうわさを立てられ、照吉は初江に、新治と会うことを禁じました。

 新治は、安夫と共に、船員になるための修行のため、照吉の持ち船・歌島丸に乗り込み、神戸港から沖縄へ材木を運んで帰ってくる1か月半の航海に出ました。実は、照吉が、新治と安夫を試す目的もあったのですが、新治と安夫はそれを知りません。沖縄で歌島丸が暴風に遭った際、船をつなぐ4本のワイヤーのうち、1本が切れてしまいました。船長は命綱を浮標に結びつけることにして、「この命綱をむこうの浮標へつないで来る奴は居らんか」と大声を出しました。一堂が黙る中、新治が「俺がやります」と志願しました。新治は荒れる海に飛び込んで、命綱を浮標につなぎ、船を守りました。歌島丸の艦長が新治に惚れ込み、照吉に報告しました。

 照吉は新治を初江の婿と決めました。新治と初江は晴れて、認められた仲となります。しかし、新治は、沖を走る貨物船を見ても、『俺はあの船の行方を知っている。船の生活も、その艱難も、みんな知っているんだ』と満ち足りた気持ちになりました。そして、同時に、かつて味わったことのない興奮を感じました。また、初江が、初江自身が新治へ渡した自分の写真が新治を守ったのだと少女らしい物思いにふけると、「あの冒険を切り抜けたのが自分の力であることを知っていた」新治は、眉をそびやかしました。

潮騒/三島由紀夫の読書感想文

 最後の段落を読み終えたとき、三島由紀夫はなんで、初江の純真な思いに水を差したのだろうと思いました。また、それまでは真っ直ぐにお互いのことを信じ合っていた新治と初江の心が別々のものを見始めるような場面を書いたのだろうと思いました。その場面というのは、物思いにふけった初江の誇らしい目を見て、新治が眉をそびやかす場面なのですが、それまでは、『潮騒』をロマンティックな作品として読んでいて、新治も自分の力で初江との仲を照吉に認めて貰い、読んでいるほうとしてはそれが心地よく、『潮騒』という小説は、何もかもが「めでたし、めでたし」というまま、ハッピーエンドで終わるのだろうと思っていました。

 それが、おやっと思ったのは、結末の段落へと続く燈台の場面が描かれ始めたときでした。その直前に、レンズの視界に入ってきた2、3000トンクラスの巨船が太平洋へ出て行く様子が描写されています。冒頭近くにも、1900トンの十勝丸がレンズの視界に入ってくる様子の描写がありました。なので、2、3000トンクラスの巨船がレンズの視界に入ってきた場面を読んだときに、ここは冒頭と対比しており、この場面(具体的には、「やがて、緑の前燈の後しょう燈をともした船は、レンズの視界をのがれて、伊良湖水道を太平洋のほうへ渡って行った」という一文)で、『潮騒』という小説は終わるのだろうと思いました。そうしないと、余韻を残したロマンティックな恋の話として、『潮騒』が成立しないと思ったからです。

 ただ、もちろん、それで『潮騒』が終わるわけではなく、そのあとも、1行空きがあって、「燈台長は燈台へ2人を案内した」と続きます。なんでいまさらそんな余計なことを書くのだろうと思って読み続けると、初江が新治から渡された桃色の貝殻を取り出し、新治は初江から渡された初江の写真を取り出します。それでも、蛇足という感は否めなかったのですが、そこでいきなり、先ほどから問題にしている眉をそびやかす場面が描かれて、それで『潮騒』は終わってしまいす。『潮騒』という作品が、何だかいきなり180度違った作品にされてしまいました。三島由紀夫は、ときに、最後の一文で読者を突き放すこともある作家だとは思っているのですが、『潮騒』でも、最後の最後に、最後の一文で、見事に突き放されてしまいました。


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