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貧しき人びと/ドストエフスキーあらすじと読書感想文

2005年8月1日 竹内みちまろ

 「貧しき人びと」(ドストエフスキー/木村浩訳)は往復書簡形式の小説です。地の文はありません。小役人の男と若い娘が手紙をやりとりします。2人は、遠い親戚のようです。2人は、窓から出かける姿が見えるほどの近くに住んでいます。でも、お互いの家を行き来することは避けているように感じました。男は、娘に保護者のような慈愛と、慈愛のうしろに見え隠れする恋心を持っているようでした。読者には、2人の手紙が交互に提示されます。それぞれが手紙に書く内容は、家での出来事や、相手の知らない友人の身の上話などです。相手に説明することを前提に書いているので、読者にもよくわかります。しかし、2人の間に起こった出来事に関しては、2人とも、「昨日のこと」や「あなたの言葉」としか書きません。読者には、2人の間に何が起きたのかが、いまいち見えてきません。往復書簡形式は、肝心の2人のからみの部分がつかみにくいのだと思いました。しかし、読者の存在などお構いなしに、手紙のやりとりは続きます。それが、かえって、読者を物語世界に引き込むのかもしれないと思いました。中盤に、2人が自分の身の上を語る場面があります。十分なページ数をとって、じっくりと書き込まれています。しかし、娘に好機が訪れるクライマックスでは、手紙は極端に短くなります。抑揚のある構成が、物語に緊迫感を与えているのだと思いました。

連鎖する不幸

 「貧しき人びと」のテーマは、「不幸」だと思いました。娘は、身寄りがありません。孤児です。極貧です。病弱です。男も貧乏ですが、つつましい暮らしをしていました。しかし、娘と交際するようになってから、身を崩します。男は、世間に対して斜に構えています。物理的な貧しさが、心の貧しさを誘発します。意固地になって、社会の世知辛さを非難してばかりいます。一方では、娘への思いを募らせていきます。娘は書きます。

「ああ、あたくしの大切な方! 不幸は伝染病みたいなものですわね。不幸な者や貧しい人たちはお互いに避けあって、もうこれ以上伝染させないようにしなければなりません」

 「3」かける「3」が、「6」ではなくて、「9」になるように、「不幸」に「不幸」をかけ合わせると、「不幸」は、どこまでも広がっていくのでしょうか。

男の変化

 物語は、2人に変化が訪れることにより終焉に向かいます。男は、仕事の上で致命的なミスをおかしました。しかし、長官は、男を侮蔑する代わりに、男の手をとりました。おまけに、片側の半分ちかくもボタンが外れたままの男の制服を見た長官は、ポケットマネーから100ルーブル出して、男に握らせました。男は、感激します。長官の矜持が男を精神的な貧しさから救いました。男は、今までいがみ合っていた人間に対しても不思議と憎しみが沸かないことに気がつきました。いつのまにか、相手に気安く話しかけたりしていました。相手も、昨日まで怒鳴り散らしていたにもかかわらず、何のわだかまりもなく、笑顔で冗談を返してきました。心の貧しさを生み出すのは自分なのだ、そんなことを告げているような場面でした。男は、自分が体験したことを克明に記して、女に伝えます。

女の変化

 一方、時を同じくして、女にも変化が訪れました。ある金持ちが女に求婚しました。といっても、ハッピーエンドではありません。金持ちは、いつも腹を立てていて、家で番頭を殴っては警察のやっかいになるような人物でした。とても、妻を可愛がる人間とは思えません。娘に求婚したのも、甥から遺産相続権を剥奪するためだと言います。男は、結婚をやめるように忠告します。しかし、娘は、結婚を決意しました。娘からの手紙が、急に短くなります。内容も、私の代わりに宝石店へ行ってくれだの、服を作る布地を注文してくれだの、裁縫師を家まで連れてきてくれだのと、自分の用事を頼むことばかりです。男は、これからはどうやって手紙をやりとりしたらいいのでしょうと聞きます。女は、お手紙はこれからもさし上げますとしか答えません。苦境に陥りながらも仕事を辞めずに我慢した男、男には恩を感じながらもそれにはまったく答えずに金持ちとの結婚に舞い上がる女、そんな場面を描いて終る小説でした。「不幸」を描きながらも、同時に、(ある意味で)普遍的な「人間像」も描かれた作品だと思いました。


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