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甘い鞭/大石圭あらすじと読書感想文

2013年4月1日 竹内みちまろ

甘い鞭のあらすじ

 岬奈緒子(32歳)は、国内有数の不妊治療専門医院の医師で、たった一人の肉親である奈緒子の母親は、がんが発病し、ホスピスで死を待っています。

 奈緒子は、勤務先のクリニックの跡取り息子の益子健太(35歳)から求婚されていました。化粧が濃くて女性らしい体つきをしている看護師の二宮奈々(28歳)や一条英美ら同僚たちからも信頼されています。奈緒子の母親の葬儀には、みな手伝いに来て、お悔やみの言葉をかけてくれました。「わたしは誰にも頼らず、自分だけの力で生きて来た」と無意識のうちに思っていた奈緒子は、仲間たちのやさしさに触れ、「けれど、どうやら、そうではなかったらしい」と実感します。

 そんな奈緒子には、セリカというもう一つの顔がありました。セリカは、ボディービルダーのように肉体を鍛え上げたS嬢・木下景子が運営している秘密出張クラブのM嬢でした。セリカは、本物のマゾヒストとして、もう場所がなくなるほど全身にろうそくを垂らされ、気を失いそうになるほど背中を鞭で打たれ、男たちの精液を一滴もこぼさずに飲み干しました。

 クラブには、性交なしで働く女もいました。しかし、「わたしは徹底的に穢されてしまった女なのだから、今さらそれを拒む理由などなかった」という奈緒子は、木下景子から、「嫌だったら、はっきり言っていいのよ」と念を押されますが、「されてもかまいません」と答えます。

 閑静な住宅街で、一人娘として大切に育てられた奈緒子は、高校1年生だった15歳の夏に、豪雨の中、隣家にひとりで住む無職の藤田赳夫(30歳)に、家の中に招き入れられました。離婚して家を出た藤田の父親がクラシック音楽を聴くために作らせた地下室に拉致されます。豪雨の中、奈緒子の姿は、誰にも見かけられませんでした。地下室での1か月間、奈緒子は、性の奴隷として過ごしました。奈緒子は、藤田を殺し、逃げました。奈緒子は罪を問われず、藤田の子を妊娠していた奈緒子は、優しい女性医師により、中絶手術を受けました。医師は「大丈夫……何も心配いらない……大丈夫……」と奈緒子を抱き締めました。

 地下室から脱出した奈緒子は転校し、勉強に没頭するようになります。転校先の生徒たちは奈緒子の事件を、なぜか知っていました。奈緒子は友だちができず、両親ともギクシャクした関係になってしまいます。奈緒子は、カメラで自分の全裸の写真を捕り、それを見ながら、自ら慰める行為にふけるようになります。思い浮かべるのは、藤田に犯されている自分の姿で、大人になり、医師になってからも、藤田のことばかりを考えます。藤田は確かに自身と家族の人生をめちゃくちゃにしたけれど、「それは、殺されなければならないほど悪いことだったのだろうか?」などと自問するようになりました。

甘い鞭の読書感想文

 読み終えて、奈緒子はどこまで不幸になるのだろうと思いました。

 「甘い鞭」は、奈緒子がセリカとしてプレイの仕事をしているとき、本物の狂気を持った男に出会うことで展開します。それまでの演技を交えた行為などかわいく思えるほど、男は狂気を帯びていました。そして、それ以上に、奈緒子も不気味でした。奈緒子は、男を安心させるためと思い、腰をくねらせ、身もだえし、「お前、興奮しているのか?」と言われ必死にうなずきます。男を安心させるためというのは言い訳で、奈緒子は本当に天にも昇る気持ちだったのではと思いました。

 「甘い鞭」の奈緒子は、どこまでも不幸でした。事件ののち、母親とも、父親ともうまくいかなくなりますが、もちろんそれは、奈緒子とは何の関係もない外部要因によって理不尽にもたらされた不幸です。

 ただ、奈緒子自身は、事件が理不尽であり、自分は何も悪くないことを知っていました。しかし、奈緒子は、セリカとしてプレイをしているとき、プレイルームの天井に自分の姿を写す鏡があればいいと思ってしまったり、マンションでも職場でも地味な服を着て、薄化粧で過ごしているのに、通っているジムのプールで泳ぐときだけは、周りの利用者が目をそむけたり、好奇のまなざしを向けたりするようなキワドイ水着をつけ、優越感を感じます。奈緒子は、ナルシストな所は昔からあり、地下室に拉致されていたときも、鏡に自分の裸を映してうっとりしていたことを思い出します。そして、自分の中には昔から、強く、そして特殊な性癖を持った自分がいることを自覚していきます。

 奈緒子が、秘密出張クラブで働くのは、自虐でもなく、復習でもなく、なげやりになっているからでもなく、自分自身がベッドに両手両足をはりつけにされてののしられたり、顔中をつばと鼻水と精液だらけにした女が、お願いしますからもういじめないでください、と涙を流して懇願する姿を見ることが好きだからからかもしれないと思います。現在の奈緒子の生活がすさんで、奈緒子が自虐をしているのであれば、まだ、カウンセリングや治療などのやりようはあると思います。しかし、奈緒子はお金には不自由せず、社会的にも守られ、周囲の人間達にも恵まれています。そんな奈緒子が、セリカとなって快感を得ることをやめられません。奈緒子の中にも、もちろん、理性や倫理観などはあります。しかし、いじめられることを奈緒子自身が喜んでいることを知ってしまっているので、治療とかいうレベルではなく、もはや一人の人間の性癖や、生き様や、思想の問題だと思いました。問題の根本には、理不尽な事件という外部要因で、奈緒子自身の中にある内部要因が目覚めてしまったことがあると思います。

 奈緒子は、当初は、藤田のことばかりを考えますが、ストーリーが進むうちに、藤田に犯される自分の姿を想像するようになります。もちろん藤田は犯罪者ですが、奈緒子の性癖自体は、いいとか悪いとかいうことではなく、誰のせいでもありません。

 理不尽な事件によって奈緒子が自らの性癖に気付いてしまい、どうにもならないまま、ドギツイ化粧の仮面をかぶってセリカに変身していく姿が、切なかったです。


→ 映画「甘い鞭」壇蜜のあらすじと感想


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