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共喰い/田中慎弥あらすじと読書感想文

2012年3月1日 竹内みちまろ

共喰い/田中慎弥のあらすじ

 17歳の誕生日を迎えた高校生の遠馬(とおま)は、父の円(まどか)、継母の琴子(ことこ)と3人で暮らしています。60歳に近い産みの母の仁子(じんこ)は、遠馬の家から川を挟んだ斜め向かいに住んでおり、魚屋を営んでいます。空襲で右の手首から先を失った仁子は、義手をつけて魚をさばき、遠馬は仁子の家にも通います。仁子には結婚しようと思っていた父とは別の男がいましたが、男の母親が「まさか手のない子が生まれてくるんやなかろうね」と口にしたとたん、仁子は男の母親の口に右腕の先をねじ込んで「あんたのその舌、胃袋まで押し込んじゃろうか?」と告げました。許してくれと懇願してきた男とは「勿論二度と会わなかった」。遠馬いわく「よく分らない商売をしていた」父は、セックスの時に女を殴ったり、女の首を絞めたりする性癖がありますが、遠馬が琴子に「なんで別れんの、親父が怖いけえ?」と尋ねると、「うちの体がすごいえんて、殴ったら、もっとようなるんて」と笑いながら返されました。遠馬自身は、父から殴られたことはありません。

 遠馬は、一つ年上で別の高校に通う近所の千種と交際するようになり、セックスを重ねています。

 「共喰い」は、夏祭りが近づくことでストーリーが展開します。琴子は赤ちゃんができたことを告げ「馬あ君は承知してくれるかいねえ」と遠馬に聞きます。遠馬はコンドームなしで千種にセックスを強要し、千種の首を絞め、拒絶され、疎遠になります。千種との疎遠を心配した仁子は、遠馬に、「あんた、殴ったんやあるまいね」と確認し、遠馬の父はセックスの時に仁子を殴りましたが、「あの目は右手のないそを笑うとりはせんかった。ばかにしとりはせんかった」と告げます。

 遠馬は父も通っている春を売る女の元へ行き、女をボコボコにしながらセックスをします。女からそのことを聞いた父は、遠馬に、「髪、引っ掴んで、頭ぐりぐりやりよる時のお前、目ェ剥いて鼻おっ広げて、子どもみたいに嬉しそうじゃったってのお」と告げます。遠馬は、妊娠している琴子が出て行ったことを告げます。遠馬は事前に琴子から打ち明けられていたのですが、父は、「わしの子、持ち逃げしやがってから」と錯乱します。

 祭りの日、遠馬は社で千種と待ち合わせをしていましたが、子どもたちが遠馬を呼びに来ます。社へ行くと、父親にボコボコにされながら犯された千種がうずくまっていました。遠馬は千種を連れて、仁子の家に行きます。「うちが最初に、なんとかしとくべきじゃったわ」という仁子は、包丁を持って出ていきます。戻ってきた仁子は、「千種ちゃん、この子、よろしゅうね」と告げます。

 父を殺した仁子は逮捕され、面会に行った遠馬は、差し入れにほしいものがあるかと問い、仁子は「なあんもない」と答えました。

共喰いの読書感想文

 「共喰い」は3人称(地の文で「私は」ではなく、「彼は」「遠馬は」というふうに語られる小説やその語り方)ですが、語り手の視点は遠馬の上に固定されていて、遠馬以外の人物の心や、遠馬の見聞きしていないことは語られませんので、一人称に近い形で描かれています。

 そのうえで、遠馬の心や意識の底が描かれていると思いました。

 最初にそれを感じたのは、冒頭近くにある、来年には工事が行われるためこの夏で最後になる川辺の激しい腐臭をかぐ場面です。

「こんなにおいで、しかもあんな父のいる家なのに、このにおいを嗅ぐと遠馬はいつも、帰ってきたという気になる。嬉しいのでも苦しいのでもない、川を川だと改めて思うことも、橋を橋だと思うこともないのと同じ、いつもの感覚だ。ただ、いつもの感じだな、と思ったのは今日が初めてのような気がした」

 読者としては、いきなり「あんな父」といわれても「どんな父」なのかはまだ何も語られていないのでさっぱりわかりません。冒頭で5W1Hをちゃんと説明しておきながら、読者が何もわからないことを承知のうえで、いきなり、「あんな父」と語っているので、この語り手(3人称の語り手、あるいは、3人称の語り手としての遠馬)は、「父」について語りたいのだなと思いました。また、「いつもの感じ」ですが、いつもの感じだなあと認識した気がしたという現象が描かれていることが印象深いです。

 仁子の説明の場面でも、「勿論二度と会わなかった」という地の文が登場しますが、「共喰い」が3人称客観視点の作品なら、何がどう「勿論」なのかまったくわからないのですが、遠馬の意識にそった3人称と考えれば、「勿論」という言葉から、遠馬の意識の中にある仁子への思いが伝わってきます。

 また、作品中の遠馬と父との最初のからみは、父が「遅かったやないか。どこ行っちゃったそか」と声を掛ける場面でした。遠馬は「父に言われたのを無視して」2階へ上ろうとし、さらに父から「こおら、父親の質問に答えられんかあ?」と追い打ちをかけられていました。無視した場面をあえて最初のからみで書いていますので、遠馬にとっては、父は、無視できない存在なのだろうなあと思いました。

 遠馬と千種がセックスをするようになったきっかけを説明する場面では、地の文では、「遠馬は自分が千種の前で、何かしながら何か言っていることに気がついた」と書かれています。千種のせりふが利用されて、股間を触りたそうに右手を動かしながら「つき合おうや」などと言ったそうです。遠馬自身の行動で、遠馬自身のせりふですが、遠馬自身にもわからなくなることが、遠馬にはあるようです。遠馬の意識や無意識の中にある何がしかが作用しているのだと思いますが、そういった複雑な現象が、「共喰い」では随所に表現されていました。「経験というのが千種を殴ることのような気がして、遠馬は黙った」「あの時境内に、本当に子どもがいたのだろうか。何もかもが遠ざかって消えてゆく感じがする」「時間を遡って父と仁子さんを探している気がした。誰も誰かを殴ったりせず、三人できちんと暮らした年月がどこかにあったかのようだった」など、何度も積み重ねられていくと、独特の世界に引き込まれていきます。

 また、琴子の人物像を説明する個所で、「殴ったら、もっとようなるんて」と笑う琴子のせりふを描写したあとに付け加えられた「ひどく頭の悪い女に見えた」という一文が印象深いです。同じ形の一文には「流し台の下で虫が鳴いた」「同時に、崩れた鰻の頭も現れた」「もう一度父の指が足に触れ、殴りそうになった」などと作品の中で重ねられていきますが、最後の一文の「生理用品は拘置所が出してくれるのだろう、と遠馬は思った」は読みごたえがありました。

 「共喰い」の最後の一文は、直前に、子どものせりふを通して語られる、仁子が神社の鳥居をよけたという現象を受けています。その後、遠馬は差し入れでほしいものがないかと仁子に聞くのですが、仁子は「なあんもない」と答えます。その仁子のせりふのあとに「生理用品は拘置所が出してくれるのだろう、と遠馬は思った」という最後の一文が続きます。仁子の生理はとまっており、文脈の上では、直前の鳥居をよけた現象を受けて遠馬がそう思っただけなのですが、それが何なのかは書かれていません。ただ、遠馬がそう思ったという現象の奥には、鳥居をよけたという現象以外の、遠馬の無意識の領域にある何かが影響しているような気がします。仁子の生理がとまっていることを遠馬は知っています。なので、そんな一文で、作品を締めくくっているところが味わい深かったです。

 また、仁子は身ごもった遠馬の次の子を妊娠したことがありますが堕胎していました。仁子は「産んじょったらあの男の子どもになっちゃるところいね。その前に引っ掻き出したけえ、うちの子になったそよ。あんたの時にね、うち一人の子じゃ思うて産んではみたけどいね、悔しゅうてどうしようもないけど、やっぱり二人の間の子じゃったわ」と遠馬に話していました。男性には想像することもできませんが、そういうふうに考える女性もいるのかもしれないなあと、納得してしまいました。そして、父親が、遠馬が父親自身も通っている女をボコボコにしながらセックスしたことを知り、遠馬に、「ええぞええぞ、どんどんやったらええ」「お前も、ばっしばっしやりながらじゃろが」「あいつみたいな化けもんでも、わしとお前でどんどこどんどこやっちゃったら、親子二人分の子ども、産むかもしれんぞ」などと告げる場面は、白眉でした。まさに、狂気です。

 一つ、はっとさせられた場面があります。父に犯された千種を前にして、遠馬が「俺がやったんじゃ。俺が来とったら、なんもなかった」と告げました。この「俺がやったんじゃ」を読んだ時に、「父」=「遠馬」ということなのか?(遠馬自身が本能的に父との同化や絆の確認を望んでいたということなのか?) と思い、はっとしてしまいました。遠馬自身のせりふだけに、説得力があります。しかし、「俺がやったんじゃ」の後に続くせりふは、そういった意識下の領域の話とは関係のない高校生の男らしい言葉でした。

 田中慎弥さんは、芥川賞候補にもなった「神様のいない日本シリーズ」(詳細 Amazonへ)を読んだ時に、こいつ、すげえや、と思った記憶が強烈でした。「共喰い」は、冒頭の段落で5W1Hがすべて提示されていたことや、最初の章で印象的な場面を描写し、一行空けて次の段落の一字下げからいきなり説明を始めるところなど、少し、田中慎弥さんの印象が変わりましたが(田中慎弥さんも丸くなった?)、「共喰い」の一番の魅力は、特異な環境下にあり、語り手は意識下のことを表現しようとはしますが、遠馬という人物が、最後まで、17歳の少年として描かれているところではないかと思いました。


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