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私の男/桜庭一樹あらすじと読書感想文

2013年8月8日 竹内みちまろ

私の男のあらすじ

 結婚式の前日、24歳の腐野花(くらりの・はな)は、結婚相手である尾崎美郎(よしろう)といっしょに、40歳の養父・腐野淳悟に会います。花にとって、淳悟は遠縁の親戚でしたが、奥尻島で民宿を営んでいた花の一家は、1993年7月の北海道南西沖地震で被害に遭い、花を残して、花の両親と兄と妹は津波で死にました。オホーツク海に面する紋別市で海上保安官として巡視船に乗る仕事をしていた当時25歳の淳悟が、震災孤児となった当時9歳(小学4年生)の花を引き取り、養子縁組をして育てました。

 淳悟と花は8年前、淳悟が32歳で花が16歳の時、東京に引っ越していました。東京拘置所のほど近くにある6畳と4畳半の部屋で、ほかは空き部屋が多い朽ちた「銀の夢荘」というアパートで暮らします。育ちも性格もいい美郎は、派遣社員として働く花の給料で暮らしている無職の淳悟を理解できない人間とあきらめていましたが、花の負い目が淳悟であることを察し、気を遣います。結婚式当日も、淳悟は遅刻してきました。

 「ゆっくりと年老いて、すこしずつだめになっていくのではなく、ちゃんと家庭を築き、子供を産んで育てて、未来をはぐくむような、つまりは平凡で前向きな生き方に、変えたかった」花は、美郎とだったら、「絶望的に絡みあうのではなくて、息もできない重苦しさでもなくて、ぜんぜんちがう生き方ができるのかもしれない。生まれ直せるかもしれない」と思っていました。

 花が新婚旅行から戻ると、「銀の夢荘」の部屋はもぬけのからになっていました。紋別出身のかつての淳悟の恋人・大塩小町が、花へ、淳悟が死んだことを伝えます。しかし、花は、嘘だと確信しました。物語は、現在から、過去へと遡っていきます。

私の男の読書感想文(ネタバレ)

 『私の男』は、一気に読みました。震災が発生し、花が津波を見る場面の描写は、真に迫るものがありました。また、オホーツク海に引っ越した花が、淳悟が繰り返し出動(出勤)して行く北の海に特別な思いを抱いていることも、生々しく描かれています。

 『私の男』では印象に残っている場面があります。花と淳悟は、町中が知り合いで家族のように暮らしていた紋別を、誰にも告げずに、離れることにしました。しかし、花が、同級生で、9歳のころから仲良くしてくれた章子にだけは、別れの電話をします。これまで友達に何も話したことがなかった花は、電話なら言えると思い、「わたしはね、章子。汚れてるの。ずっと言わなかった。友達なのに、なんにも言わなかった。ごめんなさい」などと告げます。章子は、花が紋別に来るロシア人に暴行され、それを誰にも言えずにいたのかもしれないと思い、花へ、体に不幸があっても心まで汚れるわけじゃないんだから、などと返します。しかし、花は、「ちがうの。こころのほうが、汚れ、てるの」と告げます。

 なんとも切ない場面だと思いました。欠損家庭で育ったという淳悟と、震災孤児となった花は、戸締まりをすれば防寒構造のため外界から遮断されるような北の大地で、2人で身を寄せ合って生きてきました。9歳の花が淳悟を包み込むように抱いたり、花がおとうさんとひとつになってしまいたいと心をとろかす場面を読み進めるうちに、北の海のイメージも心の中で、重く、そして暗く広がって行きました。

 なぜ人を殺してはならないのか、という問いに答えることは難しいのですが、なぜ親子で絡み合ってはならないのか、という問いに答えることも難しいです。いうなれば、人間社会の掟だから、とでもいえるかもしれません。そんな人間社会の掟をことごとく破り、2人だけの世界を身を寄せ合って生き続ける花と淳悟の姿に、ただ、圧倒されました。


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