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2011年8月14日 竹内みちまろ
『斜陽』(太宰治)は、「私(=かず子)」が、伊豆の家での「お母さま」の食事の様子を語る場面から始まります。母親は骨付きチキンを口でちぎったり、しげみで立ち小便をしたりしますが、母親がするとかわいらしく見えるという現象や、弟の直治(なおじ)の「爵位が無くても、天爵というものを持っている立派な貴族のひともあるし…」という言葉も紹介されます。
伊豆の家に、戦争で南方へ行っていた直治が戻ります。麻薬中毒の直治は、かず子にもしばしば薬代を無心します。かず子は嫁いでいましたが、絵描きの細田に夢中になって「あんなお方の奥様になったら、どんなに」などと口にしているうちに、うわさがうわさを呼び、夫からも「まさか、その、おなかの子は」と言われ、伊豆の家に戻り、赤ちゃんは死産となりました。
直治が、かず子に、金を京橋の小説家・上原のもとへ届けるよう依頼してきました。上原が不在でも、上原の妻が女の子どもといっしょにいるとのことでした。かず子が上原の家へ行くと、上原が一人で在宅していました。上原の「出ましょうか」という言葉に誘われ、2人で、東京劇場の裏手のビルの地下酒場へ行きます。上原は、かず子にすばやくキスをしました。直治は、上原の勧めに従って、薬からアルコールへと進み、伊豆の宿屋や料理をはしごしたり、母親やかず子の衣類を売って作った金を持って東京へ行ったりしていました。
まず子は、上原に3回、手紙を書きました。自分が恐ろしいというM・C(マイ・チェホフ)宛ての手紙、常識というものがわからないというM・C宛ての手紙、愛妾になってあなたの子どもが欲しいというM・C(マイ・チャイルド)宛ての手紙です。
季節が過ぎ、母親が病気になりました。世話役の叔父がいますが、直治は叔父に頼ることを拒否し、かず子は「私には、行くところがあるの」と告げます。かず子は、直治に、「縁談でもないの。私ね、革命家になるの」と告げます。母親が死に、かず子の「戦闘」が「開始」されます。
かず子は上原に会いに行きます。上原は無頼者らしく、かず子をしなびた酒に誘います。一夜を共にし、かず子は「もうこのひとから離れまい」と決心します。その朝、直治は自殺しました。かず子宛の直治の遺書には、直治の生きることへの苦悩と、秘めた恋が書かれていました。直治は、「或る中年の洋画家の奥さん」に恋をしていました。かず子は、直治の死の後始末をし、上原に手紙を書きます。M・C(マイ・コメデアン)宛の手紙です。手紙には、上原の子どもを生みたい、そして、その子を上原の妻に一度でいいから抱かせてほしいと書きました。
直治を愛してやまない母親、その母親が読む甘美な物語の中には革命のにおいがあることを知っているというかず子、「僕は、貴族です」と書き残して自死した直治、どの人物もひとつの生をまっとうしようとする精神に満ちていると思いました。
印象に残っている場面があります。かず子は、友人にレーニンの本を読まずに返しました。友人は「本当は、私をこわくなったのでしょう?」と問い詰めます。かず子は「表紙の色がたまらなかったの」と答えます。おそらく、本当にそうだったのだろうと思います。友人は、かず子へ「あなたは、更級日記の少女なのね。もう、何を言っても仕方が無い」と告げ、離れていったそうです。敗戦後、かず子たちは大人の言うことを信用しなくなり、かず子は、「何でもあのひとたちの言う事の反対のほうに本当の生きる道があるような気がして来て」「人間は恋と革命のために生まれて来たのだ」と確信したくなります。
かず子は、理性というよりは、感性に生きているような気がしました。しかし、その感性は、ある時は、理性では説明のできない説得力を持っているように感じました。「戦闘、開始」の場面からつづられる、イエスの長い言葉の引用は、漢字と句読点だらけで、ページを開いた瞬間、視覚的に圧倒されました。漢語のようだとでもいいましょうか、男言葉とでもいいましょうか、「戦闘、開始」の場面は、名実共に、更級日記の少女であることを捨てて、革命を求める戦士に生まれ変わったように感じました。
かず子の革命はいろいろな読み方があるでしょうし、作品の解釈や感想も人それぞれだと思いますが、かず子の革命は、理性の革命ではなくて、精神の革命の一つではないかと思いました。
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