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2013年8月5日 竹内みちまろ
司法試験に失敗し、またにアルバイトをするだけの怠惰な生活を送っている26歳の健太郎へ、4歳年上の姉でフリーライターの慶子から、アルバイトをしないかという電話が掛かってきます。内容は、ノンフィクションライターを目指す慶子のアシスタント。慶子は、「祖父」のことを調べたいとのこと。
「祖父」とは2人の祖母の最初の結婚相手で、2人の母親・清子の実の父親ですが、2人が「祖父」の存在を知ったのは、6年前に祖母・松乃が亡くなったときでした。慶子と健太郎は「おじいちゃん」として慕っていた祖母の再婚相手から、「祖父」の存在を打ち明けられました。
「祖父」は、海軍航空兵で神風で死んだとのこと。「祖父」についてはほとんど何もわからず、祖母も「おじいちゃん」には何も語らなかったそうです。慶子は、母親が「死んだお父さんて、どんな人だったのかな」とふとこぼしたのを聞き、何とかしてあげたいと思ったのでした。慶子は、取引先の大手新聞社が翌年に迎えた終戦六十周年の際に展開する大規模なプロジェクトに参加することができ、プロジェクトにもプラスになるのではと考えています。もっとも慶子は「特攻隊ってテロリストらしいわよ」と新聞社の社員の言葉を受け売りする程度の知識しかありませんでした。健太郎は、乗り気がしませんでしたが、退屈しのぎと、慶子からもらえるお小遣い目当てに協力することにしました。
「祖父」の名は、宮部久蔵。大正8年生まれで、昭和9年に海軍に入隊。昭和20年、南西諸島沖(九州を飛び立ち沖縄へ向かう洋上)で戦死(享年26歳)ということしかわかっていません。慶子と健太郎は、宮部久蔵を知る人物に会うため、本名はじめわずかな情報から、厚生労働省や戦友会へ問い合わせをしました。
2人が最初に会ったのは、埼玉県郊外に住む元海軍少尉・長谷川梅男。戦争で片腕を失った戦闘機乗りでしたが、本題が始まると、「奴は海軍航空隊一の臆病者だった」と間髪を入れずに吐き捨てました。宮部久蔵も、長谷川梅男も赤紙で招集された兵隊ではなく志願兵で、飛行機乗りを自ら望んだ航空兵でした。長谷川梅男は、「いいか。戦場は戦うところだ。逃げるところじゃない。あの戦争が侵略戦争だったか、自衛のための戦争だったかは、わたしたち兵士にとっては関係ない。戦場に出れば、目の前の敵を討つ。それが兵士の務めだ。和平や停戦は政治家の仕事だ。違うか」と圧倒してから、長谷川が農家の口減らしのために奉公に出た先で主人を棍棒で何度も殴りつけ、ここしかないということで軍隊に入ったことからはじめ、飛行機にほれ込み航空兵になったこと、中国空軍と戦っている時に真珠湾攻撃の話を聞いて地団駄を踏んだこと、オーストラリア攻略戦で米軍のP39・P40・ハリケーン、英軍のスピットファイアと戦ったが零戦の相手ではあかったこと、ラバウル基地に転属になり参加したガダルカナルの奪還作戦が苛烈を極めたこと(結局、日本軍は奪還に失敗、「ラバウルは搭乗員の墓場」「ラバウル転属は片道切符」と言われた)、ベテラン航空兵の未帰還も珍しくなかった中、宮部はいつもまったくの無傷で帰って来たことなどを、慶子と健太郎に語ります。
戦後、一転して大罪人扱いされ、過酷な人生を送ってきた長谷川は憎しみに満ち、「わしも特攻で死にたかった」と語ります。2人は長谷川の話に圧倒されますが、健太郎は、長谷川が宮部へ向けて放った「臆病者」という言葉を、「その時、初めて、『臆病者』という言葉は自分に向かって言われた言葉として受け止めていたことに気がついた。なせならぼく自身がいつも逃げていたからだ。ぼくには祖父の血が流れていたのか」と戸惑います。
2人は、宮部久蔵を知る人物に会い続けます。地元商工会の大物で元海軍中尉・伊藤寛次、元海軍飛行兵曹長・井崎源次郎、農家で元海軍整備兵曹長・永井清孝、老人ホームに住む元海軍中尉・谷川正夫、元県会議員で元海軍少尉の岡部昌男、元一部上場企業社長の元海軍中尉・武田貴則、引退したやくざで元海軍上等飛行兵曹・景浦介山、旅館経営者の元海軍一等兵曹・大西保彦から話を聞くうちに、宮部久蔵が、慶子と健太郎の中で蘇ります。宮部が、日本海軍の戦闘機乗りの秘儀と言われた「左捻り込み」をも使いこなす天才パイロットだったこと、惻隠の情を持った男であり、「生きて家族の元に帰る」と言い続けていたこと、そして、米空母搭乗員を「悪魔のようなゼロ」と震え上がらせたこと… 慶子と健太郎の心の中にも変化が生まれました。
「永遠の0」の中で、日本軍にあと一押しされていたらやられていた戦いは相当あったとアメリカのハルゼーが回想していたというエピソードが紹介されていました。、あた、海軍の将軍たちは、もっとも叩くべきは敵の輸送船団・ドッグ・石油施設などであるにもかかわらず、弱腰になり反転を繰り返していたといいます。これには、軍部の中での出世競争や査定があり、船を失いたくなかったことや、敵の輸送船や施設をいくら叩いてもポイントにならなかったこと、そして、日露戦争後、一度も海戦をしたことがなかった日本は、太平洋戦争に突入した時点で、ただ海軍大学や海軍兵学校を出たというだけで実戦経験がゼロの将校ばかりだったことなどが、登場人物の口を通して語られました。致命的な失敗をしても、官僚(将校)たちは責任を追及されず、代わりに下士官以下が責任を取らされます。将軍や士官たちは自分たちが矢面に立つ場合は弱腰になり戦闘海域からすぐ離脱しますが、自分たちが危険にさらされることのない場合なら下士官以下をどんな無謀な作戦にも送り出して行ったとのこと。
権力って、なんだろうと思いました。
もちろん、「永遠の0」は小説であり、フィクションですが、大局への貢献や使命感の欠如した自分だけ良ければいいという、この官僚構造とでもいうものは、現代でも脈々と生きていると思いました。横領はもってのほかですが、横領にはならなくても官庁や会社の領収証で飲み食いをする場合、もちろん、職務に必要なときもありますが、自腹を切るのが嫌で会社に損失を負わせているというだけのこともあるのではないかと思います。大局としては、財政や経営状態が悪化するわけですが、それを何とも感じず、当たり前のように飲み食いする楽しみにふける人もいます。また、自分がやるはめになりそうなときは黙り込み、自分が労を背負う必要がない場合になるととたんに前に出て会議の場でだけひたすら目立ち、いざ、実践の場面になると、知らん顔をする人も多いかもしれません。何があっても自分は表には出ず、代わりに誰かの名前を出し、責任を問われることは絶対にないという人はどこの世界にもいると思います。そういった人間たちが、いわゆる「勝ち組」になってしまっている構造は、戦争中の日本も、今の日本も変わらないのだと思いました。
あと、ゼロ戦は、やはりすごかったのだなと思いました。
堀越二郎と曾根嘉年という情熱に燃える2人の若い設計者の血のにじむ努力によって零戦が生み出されたことが紹介される場面もありましたが、旋回と宙返りに優れるという格闘性能と、速度という本来相反する2つの性能を兼ね備えた魔法のような戦闘機だったとのこと。しかし、囲碁の棋士になるか一高に進むかで迷っていた中学生(旧制)でしたが、父が相場に手を出して大きな借金を残して首をくくり、中学を中退して母も病気になりまもなく死亡し、頼る親戚もなく、天涯孤独の身で海軍を志願した宮部が、世界最高と言われ、誰しもがその性能には陶酔していた零戦について、「自分は、この飛行機を作った人を恨みたい」「八時間も飛べる飛行機は素晴らしいものだと思う。しかしそこにはそれを操る搭乗員のことが考えられていない。八時間もの間、搭乗員は一時も油断出来ない。我々は民間航空の操縦士ではない。いつ敵が襲いかかってくるかわからない戦場で八時間の飛行は体力の限界を超えている。自分たちは機械じゃない。生身の人間だ。八時間を飛べる飛行機を作った人は、この飛行機に人間が乗ることを想定していたんだろうか」と語っていたことが印象に残っています。確かに、機械としては優秀でも、搭乗員は人間です。ラバウルを飛び立ち、3時間かけてガダルカナルへ向かい、敵地へ乗り込んだ圧倒的不利な状況の中で空戦を戦い、また3時間かけて戻ってくる作戦に、一週間に3度も、4度も出撃しなければならなかった飛行兵は、体力と、精神力の限界を超えていたのだなと思いました。ダイナマイトを発明したノーベルではありませんが、技術や装置を生み出すことと、人間社会の中で技術や装置が利用されることは違うようですし、「技術」や「装置」を、「権力」や「構造」に置き換えることもできるかもしれません。
「永遠の0」は、真珠湾攻撃からはじまり、ミッドウェイ海戦、サンゴ海海戦、ガダルカナル攻防戦、フィリピン、レイテ、マリアナ沖海戦、サイパン、沖縄というように、戦争の転機になった戦いが順を追って登場するので、戦争を知らない世代でも読みやすかったです。
また、官僚的構造でがんじがらめになり、官僚的構造の中で生きることだけに忠実な人間たちだけが権力を掌握していた日本軍に対し、「リメンバー・パールハーバー」で心を一つにしたアメリカ軍が、果敢に戦っていた様子も伝わってきました。ミッドウェイ海戦の時に、空母を飛び立ったアメリカ雷撃隊は、ゼロ戦の恐怖を承知のうえで、護衛戦闘機なしで飛び立ち、日本の迎撃機に全滅させられましたが、雷撃隊が零戦を低空に集めた結果として、急降下爆撃隊が上空からの日本空母部隊の爆撃に成功したことや、ドイツの工場を破壊する使命を帯びたB-17爆撃隊が、航続距離の問題で護衛機なしの丸腰の状態で、しかも正確に工場を破壊するため、昼間に爆撃を続け、毎回、40パーセント以上の未帰還機を出し続けていたことも語られていました。B-17搭乗員の戦死者数5千人は、神風の戦死者数4千人を超えているそうです。アメリカは、戦争に勝つというミッションのために、個人が命を駆けて戦い、軍も実力主義で、官僚的に優れているだけの軍人は要職には就くことがなかったようです。
ただ、それでも、アメリカ軍のガッツある攻撃は「九死に一生を得る」ことがありました。しかし、特攻は「十死零生」で文字通り「必死」。「鹿屋の基地の防空壕内の施設で女子挺身隊として働いていた」などの記述もありましたが、当時は、生き延びるには過酷な時代だったのだなと思いました。
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