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蹴りたい背中/綿矢りさのあらすじと読書感想文

2012年7月25日 竹内みちまろ

蹴りたい背中/綿矢りさのあらすじ

 高校一年生の6月、長谷川初実と、にな川智(さとし)は、先生から「適当に座って五人で一班を作れ」といわれて、余ってしまいました。初実は中学からの友だち・絹代が自分を見捨ててクラスでグループを作っている4人のところへ行ったことを根に持ちますが、初実といっしょに先生から女子3人組に加えられたにな川は、オリチャンこと佐々木オリビアというモデルの写真が掲載されている女性ファッション誌をひざの上に開いて見ていました。中学生の時に初実はオリチャンと無印良品の店で話をしたことがあり、「この人に会ったことがある。」と告げます。初美はにな川から家に来てほしいと「招待」されました。

 夕暮れ、陸上部の練習を終えた初実は、校門前で待っていたにな川と合流し、にな川の家へ行きました。2階のにな川の部屋には冷蔵庫もあり、1階の両親とは別に、にな川は「落ち着くから」部屋で一人で食事を取っていました。にな川は、初実にオリチャンに会った場所の地図を書いてほしいと頼みました。初実は、オリチャンと会った「今よりもっと無頓着で、それゆえ強かった頃の私」を思い出して「胸が切なくきしむ」思いをしました。

 光化学スモッグの注意報が出て誰もいなくなったグラウンドに一人でいた初実のもとににな川がやってきて、初実の地図でオリチャンの足跡をたどろうと思ったが分からなかったので案内してほしいと告げました。初美は今日、学校で初めて話をした人となったにな川のあとを「待って、私も行く。」と追い、2人で無印良品の店に行きました。初実は、「あんたの家でちょっと休ませてほしいんだけど、いい?」と聞き、にな川が相手だと、高校に入ってからずっとできなかった「人に気楽に声をかける」ことができることに気付きました。絹代からちゃかされたときはバカみたいと思っていたのに、初実の胸は高鳴りました。

 にな川の部屋に着くと、にな川はオリチャンのラジオを聞き始めました。初実は、にな川が机の下に置いている、オリチャン関係のグッズや雑誌を入れたファンシーケースを開けて中を見始めました。ケースの一番下に、少女の裸体にオリチャンの顔写真をセロテープでつけた「作品」を発見し、その「作品」をそっと自分の尻ポケットに入れます。初実は、自分をそっちのけにしてオリチャンのラジオに聞き入るにな川の背中を蹴りました。帰り道、初美はオリチャンが載っている雑誌を立ち読みし、実際のオリチャンを知らずに、にな川は「オリチャンから与えられるオリチャンの情報」だけを集めているのだ、と思います。

 絹代は初実に、「ハツはいつも一気に」自分の話ばかりをするので、会話をしたら沈黙なんて怖くないと助言します。初実はいつも一人でいて、部活の顧問の先生を見下しているのですが、声をかけてきた陸上部の先輩からは「あんたの目、いつも鋭そうに光っているのに、本当は何も見えてないんだね。一つだけ言っておく。私たちは先生を、好きだよ。あんたより、ずっと。」と言われました。初実は「私は何も分かっていないのかもしれない」と思います。レースが終わったあと、初実は、おだてれば仲良くなれなくともうまくやっていけるだろうと、「速いねえ。いいなあ、悔しいなあ。」といっしょに走った部員に声をかけます。が、部員は当惑した笑顔を見せて、無言のまま立ち去りました。先生から、練習を頑張るのでこれから伸びると激励され、「不覚にもじんときた」初実は、自分は、認めてほしかったり、許してほしかったりするばかりで、人に何かをしたことが一度もないと思いました。

 にな川が4日間、学校を休み、クラスでは「登校拒否」と話題にされ始めました。初実は生まれて初めての「お見舞い」をすることにして、にな川の家に行きます。玄関でベルを鳴らすと、にな川の母親がドアを開けました。部屋へ行く道を知っていることを告げると、「今度来る時は、今日みたいに、一言私に声をかけてね」と言われ、一瞬つまったあとに、あやまります。

 初実が2階のにな川の部屋に入ると、オリチャンのライブのチケットを取るために徹夜で並んだにな川は布団に寝ていました。初実は、オリチャンのことばかり言うのは「気持ち悪いよ。」と告げ、財布に大切に保管していた、顔はオリチャンで体は少女の裸体の「作品」を畳の上に置きます。「オリチャン以外のことについて話そう」と初実が切り出し、クラスメイトの話を始めますが、初美は「で、私、人間の趣味がいい方だから、幼稚な人としゃべるのはつらい。」とこぼします。にな川は、「そういうことを言ってしまう気持ちが分かる。ような気がする。」と口にしました。にな川が、差し入れの桃を食べているときに乾燥していた皮をむいた唇を痛がりました。初実は、口から反射的に「うそ、やった。さわりたいなめたい、」と声に出し、「ひとりでに身体が動き」、半開きのにな川の唇のかさつきを「てろっと舐め」ました。にな川は、「時々おれを見る目つきがおかしくなるな。今もそうだったけど。」「おれのことをケイベツしてる目になる」と口にします。初実は、「違う、ケイベツじゃない」と思い、熱いかたまりが胸につかえて息苦しくなったり、オリチャンしか見ていなかったにな川が自分のことを見ていたのだと思ったりします。にな川は、初実を、オリチャンのライブに誘いました。初実は、「女友達を他愛ない遊びに誘うのに、なんでこんなに緊張するんだろうか」と戸惑いなからも絹代に電話して、絹代もライブに誘い、「よかった。行ける。」という絹代の返事を「情けないくらい嬉し」く感じます。

 土曜日、にな川、絹代、初実の3人でオリチャンのライブに行きました。チケット代の支払いを申し出た絹代がアルバイトをしていることを初実は初めて知り、また、絹代から、にな川はチケット代をもつと言われたり、休んだらと声をかけてくれたりと、いいところがあることを告げられます。ライブでは、初実は、夢中になる周りのファンの様子を覚めた目で観察し、夢中になれない自分と比べたりしますが、絹代からは、にな川ばかりを見ていると指摘されます。そのにな川は緊迫した様子で、舞台をにらむように見つめ、奥歯をしっかりかみ合わせています。にな川は「地震が起きたらいいのにな。」とつぶやき、初実をそれを聞き逃しませんでした。にな川は続けて、地震が起きても自分ひとりはステージに駆け込んでオリチャンを助けるのだと言いますか、初実は、でもにな川は地震が起きないことがわかっていると確信し、興奮するファンの中で一人絶望的な瞳をしている「にな川がさびしい」と感じます。

 ライブ終了後、建物から出て車に乗るオリチャンを出待ちするファンの中で、にな川が血走った目でドアをにらんでいました。オリチャンがドアから出てくると、にな川は、前にいた女の子を力ずくでかき分けて前に進みます。初実は、とめたほうがいいと思う一方で、「彼を止めなければ。でも動けない。自分の膜を初めて破ろうとしている彼はあまりに遠くて、足がすくむ」と思います。にな川はオリチャンに近づきますが、オリチャンはにな川に気付きながらもほかのファンに笑顔で手を振りながら、にな川の場所を避けて、にな川の前に係員が立ちはだかりました。初実は、「にな川が冷静に“対処”された。スタッフに、そしてオリチャンに」と感じます。がらんどうの目をしたにな川を見て、初実は、「私にはそんな彼が、たまらないのだった。もっと叱られればいい、もっとみじめになればいい」と感じます。

 電車には乗れましたが、初実と絹代が乗るバスは終わっていました。初実は、歩いて行ける距離のにな川の家に自分と絹代を「泊めてくれない?」と聞きます。父親に電話して車で迎えにきてもらおうとしていた絹代は遠慮したほうがいいのではと提案しますが、初実は、「そうかもしれない。けれど、この夜に彼を一人残して帰るのはいけない気がする」。初実と絹代はにな川の部屋に布団を敷いて寝て、にな川は「ベランダで寝る」と言って、よろよろと立ち上がり、ベランダに出て窓を閉めました。初実は「放っておけばいいと思う。参ってるんだよ。」と絹代に言います。絹代が、オリチャングッズを入れたにな川のファンシーケースを見つけますが、初実は、「あぁ、これは触らないで。」ととっさに体で守ります。初実は、「自分でも分からない。ただこの箱がなぜか愛しい」

 初実は、ベランダに出たにな川が気になり「一人になりたいからベランダにいるはずの彼を、邪魔したくはなかった」と思います。しかし、迷ったすえ、ベランダに出ました。にな川は「オリチャンに近づいていったあの時に、おれ、あの人を今までで一番遠くに感じた。彼女のかけらを拾い集めて、ケースの中にためこんでた時より、ずっと。」などと告げ、初実に背中を向けて、眠ろうとするかのように寝転びました。初実は、「いためつけたい。蹴りたい。愛しさよりも、もっと強い気持ちで」と感じ、足の親指をにな川の背中に押しつけました。

蹴りたい背中の読書感想文

 『蹴りたい背中』は、読み終えて、いろいろなことを感じました。思いついたものを、個条書きにしてみたいと思います。

●いじっぱりな初実は恋心を「蹴りたい」「いためつけたい」と表現している?(「愛しさよりも、もっと強い気持ち」とは?)

●絹代は、いい人。やさしくて、人を思いやることができて、外泊する時に家に電話を入れたり、友達の家を訪れたら家の人にあいさつをするなど、当たり前のことができる(初実はできない)。父親を「お父さん」と普通に呼んでいるし。

●初美は、特別な意味で絹代が好き?

●初実は、「おれの親、もう、おっかなびっくりなんだ」というにな川を、「親ともうまくいっていないなんて、笑える」と思い、自分は「私は親とは普通に話すし」といいます。「笑える」「普通」などという言葉がかえって笑えるような気もしますが、強がっているのか。「私が一人で食べてるとは思っていないお母さんが作ってくれた色とりどりのおかずをつまむ」という場面で「お母さん」が一度出てくるだけで、初美の親の話は出てこない。特に父親の話が出てこなくて、初実のいう「親」とは、「母親」のこと? などとも思ってしまいました。前作、『インストール』では、主人公の両親は離婚していて、母親と二人暮らしだったし。

 など、など、いろいろと書きたいことが浮かんでくるのですが、今回は、「私」を探す初実、という観点で感想文を書いてみたいと思います。

 初実は、「入学してからまだ二ヵ月しか経っていないこの六月の時点で、クラスの交友関係を相関図にして書けるのは、きっと私くらいだろう」と思いますが、同時に、「当の自分は相関図の枠外にいるというのに」と自分を覚めた目で自嘲気味に見つめています。また、「自分がやっていたせいか、私は無理して笑っている人をすぐ見抜ける」という自覚があり、加えて、「絹代は本当におもしろい時にだけ笑える子なのに、グループの中に入ってしまうと、いつもこの笑い方をする。あれを高校になってもやろうとする絹代が分からない」と思います。そんな初実は、にな川に、自分は「人間の趣味がいい方だから、幼稚な人としゃべるのはつらい」とこぼしますが、にな川からは、「そういうことを言ってしまう気持ちが分かる。ような気がする。」と言われていました。

 初実は、周りから見ると“痛い”存在で、親友の絹代から見ると“やっかい”な存在かもしれません。初実も少しずつ、自分が“やっかい”な存在であることを感じてきて、高校入学直後開催と思われるバス遠足を思い出す場面では、絹代の隣で安心して寝られたと思い起こす一方、「バスで隣に座っている友達にずっと寝ていられると、どういう気持ちになるんだろうか」と考え、ふと目ざめた時に、絹代が通路に身を乗り出して、周りの話に入ろうとしていたことを思い出しました。陸上部の先輩からは、鋭い目をしているが何も見えていない、と告げられ、にな川からは、目が怖いと言われます。初実は、そんふうに見られていることは気がついていなかったようです。

 周りに溶け込もうとする絹代のことは「分からない」と言っていた初実ですが、ライブで目を血走らせた行動を取ったにな川のことは、「自分の膜を初めて破ろうとしている」と断定していました。初美には、にな川の気持ちが分かっていたのだと思います(自分で分かったと自覚すらする必要がないくらいに)。そして、普通の人には理解しがたい行動を(本能的に)取ったにな川を前にして、「この夜に彼を一人残して帰るのはいけない気がする」と(本能的に)感じていました。また、もはやにな川にとっては意味を失ったとも思えるオリチャングッズを入れたケースですが、それゆえに、初実は「自分でも分からない。ただこの箱がなぜか愛しい」と感じていました。こういったときの初美は、自分をさめた目で見つめたり、自分の頭を分析したりせずに、心のまま素直に感じ、行動している点が印象深いです。

 『蹴りたい背中』は、人の心が見えてしまい、他人の笑顔の裏のたくらみが分かってしまい、それでいて、そんな自分ゆえにときに自分が見えなくもなり、普通の人と同じようなことができず、「私」を含めてさめた目でクラス全体を見渡すだけで肝心のクラスメイトたちには溶け込めず、そして、何よりも、「私」が分からなくなって不安に怯えている初実が、自身と同じようにうまく生きることができないにな川と出会い、にな川は初実よりも一歩先に、「自分の膜を初めて破ろう」とし、みじめな結果に終わるも、そんなにな川を、いうなれば戦友と感じ、戦い傷ついたにな川をそっと見守りたいと、本能的に感じていたのかもしれないと思いました。「この箱がなぜか愛しい」と感じる場面は、初実は、自分と同じように不器用に生きているにな川の不器用さを、何でも分かると豪語していた初実が、わけがわからないけど愛しく思っていました。にな川を愛しく思うことは、同時に、初実がにな川に重ね合わせた初実自身を愛しく思うことにも通じ、初実は、にな川を通して、「私」と少し和解することができたのかなと思いました。


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