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愚行録/貫井徳郎のあらすじと読書感想文

2016年7月7日 竹内みちまろ

愚行録のあらすじ(ネタバレ)

 冒頭、3歳の女児を衰弱死させたとして、保護責任者遺棄致死の疑いで母親の田中光子容疑者(35歳)が逮捕されたことを報じる新聞記事が提示された後、「愚行録」の本文が始まる。

 本文は、一家4人刺殺事件を追うルポライターが被害者の関係者にインタビューをした際の関係者たちの話と、「お兄ちゃん」を聞き手とする「わたし」の独白が交互に配置。前者は、インタビュアーを聞き手とする関係者の一人称で、後者は「わたし」の一人称で語られる。

 約1年前の5月17日の深夜1時頃、池袋駅から東京メトロ副都心線で4駅の氷川台駅を降りた先にある新築の一戸建て住宅で、一家4人が刺殺される事件が起きた。被害にあったのは、不動産会社に勤める夫の田向浩樹(早稲田大学卒)と妻の友季恵(35歳/旧姓:夏原/慶應義塾大学卒)、小学校に入学したばかりの長男と妹である長女の4人。犯人は、風呂場の窓から侵入し、1階にて浩樹と長男をめった刺しにして殺害した後、台所にあった2本の包丁を持って2階に上がり、友季恵と長女を刺殺した。犯人は風呂場で血を洗い流した後、浩樹と友季恵の服を両方持ち出して逃げた。付近の住人によると、「幸福を絵に描いたような一家」。捜査は難航している。

 ルポライターは関係者に話を聞くうちに、浩樹と友季恵の大学時代の友人や知人に話を聞くようになる。友人や知人たちの話す内容はあくまでも主観に基づくものでときに想像も混ざっているが、浩樹は、サークルの後輩に付きまとい郵便物を抜き取るなどのストーカー行為を繰り返していた男の家から逆に郵便物を抜き取ったり、男を痴漢常習犯にでっちあげたビラを男の家の周辺でばら撒き、男を引っ越しに追い込んだりしても何の罪悪感も感じないという思考回路を持っていた。

 友季恵は、大学のクラスメイトの恋人を奪っておきながら1か月でその男をふってしまったり、両親が高い経済力とステータスを持ち自身も洗練されている内部進学者(慶應の付属校から慶應大学に進学した者)たちに憧れる外部進学者(慶應の付属校以外から慶應大学に入学した者)のクラスメイトに、そのクラスメイトが「公衆便所」を呼ばれていることを知りながらもなお、澄ました顔で内部進学者の男たちを紹介し続けるなど、異様ともいえる精神構造を持っていた。

 「わたし」の独白では、「わたし」は、「わたし」に殴る蹴るの虐待を加える母親の様子を「殴っているうちにどんどんどんどん興奮しちゃって、自分が何を殴ってるのか、相手が人間かどうかもよくわからなくなっちゃったんじゃないかな。あのときのお母さんの顔、よく憶えてるけど、ほとんどイっちゃってたよ」などと冷めた目で回顧する。「お兄ちゃん」に対しても、「お父さんがあたしに手を出したのがいつ頃だか、見当がつく?」などとあっけらかんとした様子で尋ね、「正解言ってあげようか。三年生のとき」などと、小学3年生の時から父親の性欲の相手をさせられていたことを告げる。そんな「わたし」にとって、「わたし」を守ろうと父親に立ち向かい、逆に容赦なくボコボコにされていた「お兄ちゃん」は「いつも優しくて、あたしのことを庇ってくれて、理想の人だった」と語る。

愚行録の読書感想文(ネタバレ)

 「愚行録」を読み終えて、「精一杯生きてきたけど、それも全部愚かなことなのかな」という「わたし」の言葉が哀しと思いました。

 「わたし」こと「田中光子」は、「公衆便所」とあだ名を付けられていた友季恵のクラスメイトなのですが、両親が離婚して父親が家を出た後、祖父の経済的援助を受けて慶應大学に入ります。

 「わたし」は、頭がよくて金持ちのエリートと結婚したいと願い、慶應では、必死になって内部進学者の男子に取り入ろうとします。抜群の容姿を持っていた「わたし」は、内部進学者の男子にも相手にされることはありました。が、インタビューを受けた同級生は「内部生の毛並みのよさやバックグラウンドに恋してるわけですから、男の気持ちも冷めるでしょう」と振り返っていました。

 しかし一方では、同級生は、「『すごい』と言ったのは、ネガティブな意味もあります。田中さんは失敗から何も学ばなかったからです」と言います。「いっこうに態度を改めませんでした」とも。「わたし」は、金持ちの家のお坊ちゃんを捕まえて玉の輿に乗るという夢を実現するために、駆け引きも何もなく、ひたすら内部生男子に向かって突き進みます。結果、「公衆便所」になってしまっていました。

 そして、35歳になって保護責任者遺棄致死の容疑で逮捕された後もなお、「でもあたしは諦めなかった。絶対に在校中にいい男を捉まえてやると決心してた。次が駄目ならその次、それでも駄目ならまた次って、いい男を探すために本当に努力したんだ」といい、自分がどのように見られていたのかが分かっていないようでした。

 ただ、そんな「わたし」は、純粋なのだと思いました。「わたし」は、「男を紹介してもらえたのよ。一流会社の重役の息子。やったーって、内心で万歳したわ。これであたしも玉の輿だって、ガッツポーズをとった」、「なのにね、なぜか男は逃げてったの。ひどいでしょ。ヤり逃げとはあのことだよ。ヤったんならちゃんと責任を取って欲しかった。あたしをお嫁さんにして欲しかった」などと語るのを読んでいるうちに、「わたし」は、本当に一生懸命なのだと思いました。

 3歳の子どもを死なせたことについても、「自分は絶対立派な母親になろうって決めていたのに」、「あたしは殴ってないんだから悪くないって、本気で確信してた。だからあの子が息をしてないってわかったときも、救急車を呼ぶのにぜんぜんためらいはなかった。ああ、病気で死んじゃったんだと思ったから」と言います。

 確かに、「わたし」は愚かな生き方をしてきたのかもしれません。しかし、同時に、「わたし」が「精一杯生きてきた」ことに間違いはないと思いました。

 「愚行録」は、そんな「わたし」が「精一杯生きてきたけど、それも全部愚かなことなのかな」と口にするラストシーンが哀しくて、心に突き刺さりました。


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