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ヒロシマ・ノート/大江健三郎のあらすじと読書感想文

2016年6月20日 竹内みちまろ

ヒロシマ・ノートのあらすじ

 「ヒロシマ・ノート」は、1963年の夏に広島を訪れ、1964年夏に広島を再訪した大江健三郎が、書きたいと願い始めたエッセイが7作品、収録されています。

 1963年の夏、大江は記者として、第9回原水爆禁止世界大会を取材しました。第9回原水爆禁止世界大会は、開催直前までもめにめもて、ついには、広島原水協に白紙委任される形で開催にこぎつけたそうです。しかし、大江は、広島訪問を繰り返すたびに、「真に広島的な人間たる特質をそなえた人々」に出会っていきました。

 当時は、大国による核実験が行われていた時代。1964年の東京オリンピックの際、聖火の最終ランナーに原爆投下の日に生まれた広島の青年が選ばれたとき、日本を最も理解しているであろうと思われる日本文学の翻訳者であるアメリカ人から、「この決定がアメリカ人に原爆を思いださせて不愉快だ」という意見が発表されていました。

 一方、広島では、「原爆症ノイローゼというべき心理状態」に陥り、「孤独な晩年」を送ったり、自ら死を選んだり、独力で育てた孫が血ヘドを吐き、泣き叫び、もがき苦しみ、「寂しいよ、寂しいよ」といい、泣きじゃくって息を引き取った老人が、仏壇の前に座ったままの日々を送ったり、「ケロイドのある娘たち」の中には、「昏(くら)い家の奥に閉じこもって他人の眼から逃れる」という生き方を選んだ者たちもいました。また、多くの人々が筑豊の炭鉱に「広島から追い立てられた」ことも記されていました。

 「ヒロシマ・ノート」を読み終えて、大江がたびたび、広島の方々が口にする言葉に宿された“思い”に、戦慄していたことが印象に残りました。

 エッセイの中で、大江が読んだ新聞のコラムが紹介されていました。19歳の広島の娘が「ご迷惑をかけました。私は予定通り死んで行きます」という遺書を残して自殺したことが書かれたコラムでした。娘は、19年前に母親の胎内で原爆の業火を浴び、母親は被爆の3年後に他界。母親の死後、75歳の祖母、22歳の姉、16歳の妹と暮らしていました。娘は、特別被爆者手帳を持っていたものの、貧しくて入院治療をする余裕がなかったそうです。

 コラムの筆者は「『予定通り』に表現を絶したものがある……」と記していましたが、大江も、「予定通り」という言葉に魂を揺さぶられたようです。

 学童疎開中で助かった当時小学3年生の少年が書いた文章を引用している場面もありました。

「原爆、原爆、この爆弾こそ父のいのちをうばった悪魔なのだ。しかし原爆はうらめない。原爆のために広島は立ちあがったのだ。ノーモア広島。ノーモア広島。原爆で死なれた人達は私達の犠牲になったともいえるであろう。この犠牲者達はとうとい犠牲であり私達はこのとうとい犠牲者たちに見守られて平和への進路をあゆむべきである」

 大江は、「ここには、米軍占領時の広島において、初等、中等教育の教師たちが、どのようにして原爆の悲惨を正当化すべく試みたかということをうかがわせるものがある」としたうえで、「この少年自身が、かれの幼い頭に重すぎる矛盾の種子をつめこんで悪戦苦闘しているさまもあきらかだ」といいます。

「この少年にとって原爆とはどのような論理の手続きをへても許容できるものではない。ところが少年は≪しかし原爆はうらめない≫と書くのである。この一行は唐突にわれわれの胸を噛む」

 「ヒロシマ・ノート」には、核軍備を拡大するアメリアや、ソ連、中国などの大国や、日本の在り方などにも言及していますが、読み終えて何よりも印象に残ったのは、大江が、広島の方々の言葉に、言葉では表現することができない思いを読み取っていたことでした。

 尊厳、恥、恨み、憎悪など、人には様々な感情がありますが、筆舌に尽くせない体験をした時に、言葉というものには思いが宿るのだと思いました。

 そして、大江が、そんな思いを受け取ることができるのは、広島を何度も訪れて、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分で感じて、考えているからだと思いました。

 思いというものを受け取ることは並大抵のことではないのだと思いました。


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