本文へスキップ

ニムロッド/上田岳弘のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2019年6月18日

ニムロッドのあらすじ(ネタバレ)

 サーバーの管理会社で働く中本哲史は、社長からビットコインを採掘する仕事を頼まれ、急遽、新しく「仮想通貨採掘課」を立ち上げ、業務を始めることになった。

 職場に空きのあるサーバーがあり、そのサーバーを生かして何か稼げないかというのが社長の意見だったが、そこで目をつけたのが、仮想通貨のビットコイン。

 ビットコインは仮想通貨であるため、中本の仕事は実際に金を掘り当てる採掘ではない。ビットコインのように形が見えない資産の価値を決めるのは、その存在を保証する取引台帳の存在が必要である。誰から誰にいくらお金が動いたのかを、取引台帳としてデータに記載することで、初めて価値が認められるのである。

 その台帳へデータを記載するのを手伝うことで、手伝ったパソコンにも報酬としてビットコインが贈られる仕組みになっている。つまり、ビットコインの発掘とは、使われなくなったサーバーを使用して、台帳の記載を行うことを指していた。

 中本はビットコインについての知識はなかったが、うまい仕組みだと感心し、実際に手掛けてみると、ひと月あたり30万円ほどの稼ぎを出すようになった。

 ***

 中本は、荷室仁(=以前、中本と同じ東京の職場で働いていた先輩で、中本にとって社会人になってからできた初めての友人)から「ニムロッド」という名前で定期的にメールを貰っていた。

 荷室は小説家を目指していたが、2度小説の新人賞を逃し、3度目の落選をきっかけに鬱病で会社に出勤できなくなってしまった。現在は、地元の名古屋で勤務しており、中本に定期的に連絡をしているのであった。最近は、「駄目な飛行機コレクション」という内容で、世界にある失敗作と言われる飛行機を紹介する内容のメールが届いていた。中本が名古屋出張の際、荷室に久しぶりに会うことになり、ビットコインに関する仕事を始めたことを報告すると喜んで話を聞いてくれた。しかし、荷室はもう小説は書いていないと言い、中本は少し寂しい気持ちになった。

 ***

 中本には交際している田久保紀子という女性がいる。紀子は、外資系の会社に勤務しているキャリアウーマンで海外出張も多い。紀子には離婚歴があり、妊娠していたこともある。しかし、出産前の遺伝子検査で陽性反応があり、その際に夫が中絶の判断を紀子に任せきりにし、中絶後、そのことに違和感を覚えて離婚に至った。そのことは未だにトラウマとして紀子の中に残っており、特に飛行機に乗ると眠れないほど悩み苦しむため、出張の際は睡眠薬を常用していた。そんな紀子の過去を知っている中本は、時折紀子が思い悩んだ様子を見せることを知りながら、結婚の話などは特に切り出さずお互いに心地の良い関係を続けていた。

 紀子は、中本から聞く荷室の話が好きで、よく「ニムロッドの話を聞きたい」とせがみ、時折荷室から送られてくるメールを見るようになった。

 また、荷室は小説家を目指していた頃から、中本の不思議な体質に興味を持っていた。中本には、感情の動きとは関係なく、定期的に左目から涙が流れるという体質がった。荷室はいまだにその体質に興味を示しており、中本が涙を流すときは荷室にテレビ電話をつないで、荷室はその瞬間を眺めていた。

 ***

 荷室は再び小説を書き始めた。しかし、今回は賞には応募する気はなく、書いた小説を中本に送ってきた。荷室の小説の主人公の名前は「ニムロッド」で、人間の王様であった。ニムロッドはビットコインの創設者であり莫大な資産を持っている。ビットコインはプログラムさえ作られれば、あとは勝手に稼働し、人間の生活に必要な資産は創出されていく。ニムロッドは王として、誰よりも高い自分だけの塔を人々に建設させた。有り余る資産を使って誰よりも高い自分だけの塔を建てたニムロッドは、次にその屋上に「駄目な飛行機」をコレクションすることにした。「バランスが悪く飛べない飛行機」「プロペラが回るだけの飛行機」「操縦者が生きて還って来られない飛行機」など、ニムロッドの元へ、定期的に商人が「駄目な飛行機」をお披露目し、気に入ればコレクションに追加していた。

 ある日、商人から「駄目な飛行機」はもうこの世になくなったと告げられる。ニムロッドの資産は底を尽きることはないしニムロッドの所有欲も尽きない。しかし、所有できるものがこの世になくなったということに気付いた。ニムロッドは「駄目な飛行機」コレクションを眺めながら、右目から大量の涙を流していた。全ての駄目な飛行機を集めきったニムロッドは、自分が何をして良いのかわからなくなり、「駄目な飛行機」の一機に乗り込んで飛び立った。

 ***

 中本が始めたビットコインの採掘は、日に日に稼ぎが少なくなってきていた。ビットコインを創設した「サトシナカモト」と呼ばれる中本と同姓同名の人物が、初めに、創出できるビットコインに上限を設けていたからだった。

 稼ぎが少なくなってきたため、社長からビットコインの採掘以外も、新しい仮想通貨の発行をするように命じられる。新しい仮想通貨を作ることは実はそこまで難しいことではないらしいのだ。中本が新しい通貨について会社で1人考えていると、左目から涙が流れてきた。中本は荷室にテレビ電話をして涙が流れる様子を見せた。中本は以前紀子が「ニムロッドに涙を見せているところを見たい」と言っていたことを思い出し、紀子ともテレビ電話をつないだ。紀子と荷室は初対面であり、中本は気を使って間を取り持った。しかし、後日、この二人は中本にはわからない方法でどこかで意思疎通をしていたのではないかということに気付いた。

 ***

 その後日、紀子から「疲れたので東方洋上に去ります」というメッセージがあり、それ以降紀子とは連絡が取れなくなった。東方洋上というのは、昔、着陸できない自爆飛行機を作って多数の死者を出してしまったパイロットが、自殺しようとして目指した場所である。荷室からも同じころ、小説を書きながら目指していたこと、自らの考えについて連絡が入る。その中には「駄目な飛行機に乗って太陽を目指すことにした」という文章が残っていた。

 ***

 中本は、新しい仮想通貨を発行するために仕事に精を出していた。「仮想通貨採掘課」という課の名前も、新しくする必要がある。仮想通貨の最小単位の名前も好きに決めることができる。ビットコインの最小単位は創設者の名前から「satoshi」である。そんなことを考えていると、中本は左目から涙が流れていることに気づいた。感情が伴わない涙が流れる度に、急に連絡がとれなくなった紀子と荷室のことを考える。中本は、自分の仮想通貨の最小単位を「nimrod」にすることに決めた。

ニムロッドの読書感想文

 この作品は、主人公の中本がビットコインの採掘について新しく仕事を始めたこと、そして恋人の紀子との関係、荷室から送られてくる「ニムロッド」のメールについて、話を行き来しながら進んでいきます。荷室の小説は、ファンタジー要素を含みながらも、中本へ送っていた「駄目な飛行機」についての情報や仮想通貨が話題に出てくるため、読んでいるこちらも現実と非現実を行き来しているかのような不思議な気持ちになりました。仮想通貨という題材をモチーフにしている作品なので、難しいのだろうかと最初は思いましたが、わかりやすい説明でラストまで一気に読み進めることができました。

 特に「ニムロッド」を主人公にした荷室の小説が印象深く残っています。ファンタジーのような話ではありますが、どこか現代の社会について考えさせられるような話です。現代はコンピューターが普及し、目に見えない形のない情報に大きな価値がつく時代となりました。私も仮想通貨の知識はあまりないのですが、仮想通貨もそういった目に見えない情報を、人が「価値あるもの」と認識することで資産を生み出すものです。また、仕組みさえあればコンピューターが資産を生み出していくという描写も、AIの普及によって人間の仕事がなくなるのではないかとも言われている近い将来の不安などを感じさせるものがありました。

 さらに、荷室のメールや「ニムロッド」を主人公にした小説でも出てくる「駄目な飛行機」が対照的な存在感を出しているようにも感じました。人間の王であるニムロッドが、涙を流しながら「駄目な飛行機」を眺めるシーンで、人間の頂点として君臨するニムロッドは資産を手に入れ欲しいものを手に入れましたが、その有様はもはや人間のように感じませんでした。逆に、機械である「駄目な飛行機」の方が、失敗ばかりで不完全、まるで人間のようだと感じました。だからこそ、ニムロッドは人間性を求めて「駄目な飛行機」をコレクションしたのではないのか、とも思いました。

 これからもっと便利な世の中になり、人間以上に完璧に仕事をしてくれるコンピューターが増えてくるかもしれません。でも、この作品に触れて、完璧でなくても、不完全でも、人間らしさを愛していきたいと思いました。(まる)


→ 1R1分34秒/町屋良平のあらすじと読書感想文


読書感想文のページ

運営会社

株式会社ミニシアター通信

〒144-0035
東京都大田区南蒲田2-14-16-202
TEL.03-5710-1903
FAX.03-4496-4960
→ about us (問い合わせ) 



読書感想文のページ