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罪の声/塩田武士のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2019年6月13日

罪の声のあらすじ(ネタバレ)

 オーダーメードのスーツ店「テーラー曽根」を営む曽根俊也は、ある日、家で古いカセットテープと英語のメモが書かれた手帳を見つける。入院中の母・真由美から「電話台に入っているアルバムと写真を持ってきてもらいたい」と頼まれ、探している最中の出来事であった。

 テープを再生すると、幼い頃の自分の声が流れてきた。録音した記憶もないその声は、不可思議な言葉を話していた。英語で書かれた手帳のメモの中に、「ギンガ」「萬堂」という日本語を見つけ、関連性を調べてみると、その音声は、31年前に世間を騒がせた「ギン萬事件」と呼ばれる「ギンガ・萬堂事件」で恐喝に使用された音声であった。

 俊也は5歳の頃で、事件については全く記憶になかったが、自宅からそのような物が出てきたということは、今は亡き父・光雄が事件に関わっているのではないかと不安になる。そこで、父の友人である堀田信二とともに、事件について調査を開始する。

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 「ギンガ・萬堂事件」は、31年前、約1年半にわたり、ギンガ、萬堂をはじめとする計6社の食品関連企業に脅迫状を送りつけ現金を要求、社長の誘拐、関連企業の放火、販売している菓子に毒を入れてばらまくなど、大胆で恐ろしい犯行で、標的となった企業に大きなダメージを与えるとともに企業イメージを低下させる大きな事件だった。特に大手菓子メーカーであるギンガと萬堂の二社は倒産寸前まで追い込まれた。犯人は脅迫状に加えて、3人の子供と思われる児童の声を録音したテープを使用して、警察やマスコミを操り、捜査は難航を極めた。犯人は幾度かにわたり、現金の受け渡しを計画し、警察との攻防を見せたが、慎重な姿勢を貫き、現金の受け渡しが行われることはなかった。一連の事件は犯人が一方的に終息宣言を出したことで幕を閉じた。そして、世間に大きなインパクトを与えた「ギン萬事件」は、犯人を捕えることなく時効を迎えた。今もなお、謎が多い大事件として世間に記憶されていた。

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 俊也と堀田は調査の中で、俊也の伯父の曽根達雄が「ギン萬事件」に関与しているのではと考える。達雄の父親、つまり俊也の祖父は、かつてギンガの社員だったが、過激な左翼運動に巻き込まれ死んでしまった。その際、ギンガは、非のない逹雄の父親に対して、冷徹な対応であった。激しい性格であった逹雄は、ギンガや社会への怒りもあり、自ら過激派となり活動家として運動していたが、やがて一線を退きイギリスへと渡った。長くイギリスにいた逹雄が、一時帰国していた時期が、事件の時期とかぶっているとわかり、俊也と堀田は何か関連があると考えたのだった。

 俊也と堀田は、逹雄と関連する人物の調査をしていくうちに、大坂にある小料理屋「し乃」にたどり着く。実は「し乃」は犯人たちの会合が行われていた場所であった。「し乃」の女将は、犯人の一人と関係を持っており、事件の事を話してはくれなかった。しかし、店の板前に、俊也が自分の家で見つけたテープのことを話し、事件のことを少しでも知りたいと懇願すると、板長は犯人グループの中に生島秀樹という男がいたと教えてくれた。生島は柔道教室で達雄の先輩だった男で、堀田は生島も事件に絡んでいると睨んでいた。

 生島は元々滋賀県警の暴力団担当刑事だったが、ヤクザとの癒着が問題となり懲戒免職されていた。生島について調べていると、生島の家族がある時期を境に全員行方不明になっていたことを知る。生島には子供がおり、長女の望、長男の聡一郎がいた。事件当時、彼らの年齢は、「ギン萬事件」の脅迫テープに使われた、俊也ではない2人の子供の年齢と一致していた。俊也は、望や聡一郎のことを調べ始め、望の同級生で親友である天地幸子に話を聞く。

 幸子の話によると、望と聡一郎と2人の母である千代子は、ある日、父親の知人らしき男たちが家に来て、「すぐにここを出る準備をしてください」と言われ、家を出ることになった。わけもわからず家を出た後、望は幸子に何度か連絡をとっていた。望たちは住む場所だけは提供されたが、ろくに学校にも行けず、肩身の狭い想いをしていた。

 心配した幸子は望と会う約束をした。しかし、約束の日に望は現れず、そのまま連絡が途絶えた。数か月後に千代子から連絡があり、望が亡くなったことを知る。望は見知らぬ男に追いかけられ、殺されてしまったのだった。弟の聡一郎はその瞬間を目撃しており、命は助かったものの男たちから暴力を受けたという。涙ながらに望のことを話す幸子の話を聞き、俊也は胸が痛んだ。そして、聡一郎がいまどうしているのかが気になった。その後、掘田の調べにより、望が亡くなった後、青木組という暴力団の建設会社に出入りしていた聡一郎は、その建設会社を放火して逃げ、消息不明と知る。自分と同じく、意図せず事件に巻き込まれた人達がいると知り、俊也は「聡一郎はそっとして欲しいのではないか」と考え、調査を中止した。

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 大日新聞文化部の記者である阿久津英士は、上司から過去の未解決事件である「ギン萬事件」を再調査し、記事にするよう命じられる。昔の未解決事件を今更調べなおすことに、気の乗らない阿久津であったが、上司には逆らえずに地道に聞き込みを行う。事件に関連があると噂されるイギリスにも出向くが、全て空振りで八方ふさがりのように見えた。が、ある日、阿久津は調査の中で、「ギン萬事件」の犯人たちがやりとりしていた無線傍受のデータを手に入れる。データの提供者から、犯人グループのうち一人が、大阪の小料理屋「し乃」の女将と関係を持っていたと教えてもらう。阿久津は「し乃」を訪れるが、女将は話をしてくれる気配がなかった。しかし、板長に話を聞くと、犯人たちの会合の記憶を話してくれた。板前の話と、阿久津自身の調査によって、どうやら犯人グループは事件の最中に仲間割れをしていたということが判明する。

 そんな中、青木龍一というヤクザが犯人グループの1人であるという情報が浮上する。同時に青木と接点がある何名かの人物が犯人グループの候補にあがり、その中で元刑事の生島も事件に関与していたと推測された。当時、「ギン萬事件」の捜査を行っていた裏で、滋賀県警の一部の人間が犯人グループのアジトらしき場所を追っていた。その時の捜査員の手帳が発見され、その情報と聞き込みを元に、捜査員はアジトまで潜入したが、そこには既に誰もいなかったこと、アジトから検出された指紋に身内の指紋が発見されたため情報を隠していたことを突き止めた。その身内というのが、生島ではないかと阿久津は考えた。

 もう少しで何か真相に近づけると感じた阿久津は、「し乃」の板長に再び話を聞きに行く。そこで、阿久津は自分の他に曽根俊也という人物が「ギン萬事件」について調べており、さらに俊也がテープの声の主であることを知る。そして、俊也の叔父である逹雄の存在につながり、逹雄が犯人グループの一人であるという確信を持つ。

 数日後、阿久津は、テープと手帳について聞こうと俊也のもとを訪れた。俊也はもう事件には関わらないと決めており、阿久津を追い返そうとする。俊也の態度を見た阿久津は、「あなたの叔父さんに会ってきます」と言い残し、その場を立ち去る。それから阿久津はイギリスにいる曽根達雄に会いにいく。

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 イギリスで達雄は阿久津に取材を申し込まれ、自らの罪について告白する。逹雄の父が殺害されたことをきっかけに、活動家としての生活を始めた。だが、達雄の目の前で、活動家ではない罪のない人間が殺されるのを目撃し、活動をやめ、逃れるようにヨーロッパへと渡る。しかし、ヨーロッパでも悲惨な内部紛争などを見て、社会に対する虚無感を抱くようになる。そんな中、以前からお世話になっていた生島がイギリスにやってきた。生島は仕事を失い、警備員の傍ら、ヤクザまがいの仕事を行っていた。ヤクザに使われる生活に嫌気がさし、借金もあった生島は、逹雄に今回の計画の立案を申し込んだ。虚無感の中で生きていた逹雄は、生島の誘いを聞き、久しぶりに震えたという。この話にのり、計画のほとんどを考えた。身代金の受け渡しはリスクが高いので、株価操作で利益を得るというのも逹雄の案だった。犯行グループのメンバーを集めるのは生島の仕事であったので、逹雄はメンバーの事は詳しく知らなかった。青木もその中で声がかかった一人であった。作戦は逹雄が練ったものだったが、実行の主要メンバーは青木を中心に動いていた。慎重に行動したい逹雄たちと、さらにお金を稼ぎたい青木たち、という形で、阿久津が考えていたとおり犯人グループは内部で分裂をし始めた。さらに、途中から金の分配にも差が出始め、借金のある生島は納得がいかない様子であった。そして、生島は青木たちと揉め、殺害されてしまう。逹雄は生島の家族が心配になり、一家の逃亡を手助けした。そして、その後は弟で俊也の父である光雄にテープと手帳を渡し、イギリスへと渡った。

 ***

 阿久津は帰国した後、逹雄の話を俊也の元に届けた。父親が関係していないことが明らかになったが、自分の声がなぜ使用されたのか、そして自分の他にもう一人事件に巻き込まれた聡一郎の事を気に掛ける。そっとしておいたほうが良いのかもしれないという気持ちもあったが、阿久津に誘われ聡一郎の行方を捜す。

 阿久津と俊也は、聞き込みの末、聡一郎が数年前まで住んでいたという中華屋の店主から話を聞き、聡一郎に会うことになった。そこで俊也と阿久津は、聡一郎から事件の後の話を聞いた。姉の望は、犯人グループの一人に殺されたという。聡一郎も暴力で脅され、殺されない代わりに母親の千代子は青木組の関連企業で働かされて、ひどい扱いを受けていた。中学生だった聡一郎もよく青木組の若い連中にいじめられていた。そんな中、聡一郎の面倒を唯一見てくれた津村克己という青木組の若い構成員が、青木組の建設会社に放火した。そして金庫のカネを奪って逃げるときに、聡一郎も連れ出してくれたのだった。それ以来、聡一郎は、青木の影に怯え、身を潜めるようにして暮らしていた。数年がたち、結婚を考える彼女もできたが、事件のことを話すと彼女の両親から反対され、また孤独となってしまった。それ以降は、ギリギリの生活をしており、視力が低下していたが病院にも行けない状態であった。聡一郎の現状を知った阿久津と俊也は、聡一郎の今の願いを聞いた。聡一郎は、置いて逃げてしまった母親に会って謝りたいと言った。阿久津は、この親子を合わせることこそ自分が今できることであると考えた。

 俊也宛てにイギリスの達也から手紙が届く。その内容を読んだ俊也は、母・真由美に会いにいく。実は真由美は光雄と結婚する前は活動家であり、達雄の計画を知り自らも奮い立つ気持ちになったという。そこで、俊也の声を録音する手伝いを行ったのだった。しかし冷静になり、子供を巻き込んでしまったことに負い目を感じ、証拠であるテープと手帳を俊也に見つけさせ、その後については俊也にゆだねることにしたのだった。

 阿久津が取材した記事をきっかけに、聡一郎の母の場所が判明した。そこで聡一郎は、母千代子と再会することができた。親子の証拠として、聡一郎は姉の望の声が録音された脅迫文のテープを持参した。母・千代子は、聡一郎が昔誕生日プレゼントとして渡してくれた、ギンガのお菓子のおまけであるクルマのおもちゃを見せた。俊也は、親子の証拠の品が、事件に関わるものであることに複雑な心境があったが、親子の再会を温かい気持ちで見守っていた。もし「ギン萬事件」に巻き込まれていなければ、この親子はどんな幸せな人生を送れただろうと、失われた時間を思い胸が苦しくなったが、こうして再会できたことが未来に繋がるのだ、と俊也は願った。こうして事件は本当に終わりを迎え、俊也と阿久津は握手をして別れを告げた。

罪の声の読書感想文

 本作は、過去に自らが事件に関与していたとわかってしまった俊也と、事件の真相を掘り返す新聞記者の阿久津という二人の主人公が、それぞれ別々の方向から未解決事件の真相に迫る物語です。作者の塩田武士さんは、実際に起きた「グリコ森永事件」を綿密に取材し、事細かな実際の事件についての描写と、小説としてのフィクションの部分を織り交ぜており、読んでいてリアリティをすごく感じました。フィクションでありつつ、ノンフィクションを読んでいるような気分になります。

 二人の主人公は、事件とは縁遠い生活をしているごく普通の人で、その二人がふとしたきっかけから過去の未解決事件に関わっていく様子は、「過去の大きな事件は実は今も日常の中に溶け込んでいるのではないか」という不気味な気持ちを引き起こしました。また、警察が犯人を捕らえることができず時効を迎えた事件に対して、時効を迎えた今だからこそ出てくる証言や証拠を頼りに、明らかになっていく過去の出来事、そして全てが繋がっていくラストまでの展開に、読む手が止まりませんでした。事件の大きさと同様、内容の重厚感もありますが、非常に読み応えがある作品だと思います。

 また、事件の真相がどうなのかという点以外にも、重く心に残る部分として、事件に巻き込まれた家族や関係者の心情を描いているというところがあると重います。事件を追う主人公の二人が、事件の真相に近づけば近づくほど、事件によって暗い運命をたどってしまった人達、壊してしまった幸せが浮き彫りになっていき、苦しい気持ちになりました。真実を知って、主人公が感じた胸の痛みを読者も共有できるのではないかと感じます。後半では犯人側が告白し犯人側の視点から事件を見ることになりますが、巻き込まれた人を思うと同情の余地は一切ないと私は感じます。主人公の俊也は幸いにも、事件に関与はしていたが、その後の人生は何事もなく進んでいました。しかし、一方で不幸を抱えた子供たちは将来をつぶされてしまいました。小説の中ではありますが、この大きな事件の真相を知って、悲しい事件がひとつでもなくなればいいと思いました。 (まる)


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