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いなくなれ、群青/河野裕のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2019年6月28日 22時30分

いなくなれ、群青のあらすじ(ネタバレ)

 人口2000人程度の小さな島である階段島は、捨てられた人々の島と呼ばれている。階段島に住む人々は、自分がどのようにこの島にやってきたのかの記憶がない。島を出るためには、「自分がなくしたもの」を見つけなければならない。島には学校や寮も用意されており、さらには足りない物はネットショッピングで買うこともできる。3カ月前にこの島にやってきた男子高校生の七草は、この不思議な島での生活を受け入れて静かに暮らしている。

 七草が島にやってきた時、4日分の記憶がなくなっていた。気が付くと島にいたのだった。この島は魔女が管理している、などのいろいろな噂が流れていたが、実際に魔女の姿を見た人はいなかった。七草はこの島と、この島に住む人たちについてある仮説を持っていたが、それを誰かに話すつもりもなく、穏やかに生活していた。

 しかし、真辺由宇という少女がこの島に現れたことで、七草の穏やかな日常は変化することになった。七草はできれば真辺と会いたくなかった。七草と真辺は小学校の同級生であったが、中学2年生で真辺が引っ越してしまってから、2年ぶりに再会を果たした。

 真辺は3カ月ほどの記憶を無くしており、階段島にやってきた状況を飲み込めていない様子であった。七草は階段島について説明し、真辺が学校に通えるように担任の先生に紹介した。担任の先生が島について説明しても、真辺はこの島について受け入れようとはせず、島を出ていくと言ってきかなかった。

 そして、真辺は七草にも、自分と一緒にこの島を出るんだと約束させた。真辺は正しいことを信じて疑わず、真っすぐ突き進む、理想主義の女の子だった。それは、七草が真辺と出会った小学生の時からずっとそうだった。七草は、真辺と別れた2年前のあの日まで、ずっと真辺と共に長い時間を過ごしてきたので、真辺のことはよく分かっていた。真辺は真っすぐなまま少しも変っていなかった。

 島について知りたいという真辺を連れて、七草は遺失物係を訪れた。もし「自分が失くしたもの」が分かり、それを遺失物係の人に伝えれば、失くしたものを返してもらえると言われている。しかし、遺失物係は常に鍵がかけられていて中に入れないようになっていた。島唯一のタクシー運転手から話を聞くと、彼は遺失物係の中に入り魔女と交渉しタクシーを手に入れたという。彼は多くを語ることはしなかったが、魔女と会うには学校の裏手の階段を登らなければならないとのこと。七草も過去に一度階段を登ったことがあるが、階段は決して途切れることなく続いており、いつまでも魔女の館にはたどり着けなかった。

 寮への帰り道、七草と真辺は小学2年生の相原大地という男の子と出会う。大地はたったいま階段島に辿り着いたようで、状況が分からずに泣いていた。七草は自分の寮に連れて帰り、管理人に大地を預けた。こんな小さな子が階段島に来るということはとても珍しいことで寮のみんなも驚いていた。真辺は、大地もまた捨てられてこの島に来たのだ、という事実に怒りを覚え、絶対に大地を島から出さなくてはと憤慨した。

 数日後、島では、星と拳銃を合わせたデザインの落書きを残すという、連続落書き事件が発生した。落書きの横には、魔女を批判するような意味深な内容の文章も添えられており、学校でも誰が書いたのかの話題で持ち切りだった。七草も、1つめの落書きが書かれた時に、アリバイがなかったため教師から疑われた。真辺は犯人が魔女について何か知っているのではないかと考え、数人のクラスメイトも巻き込み、手分けして落書き犯を探すことになった。

 七草は堀という女の子と組んで行動することになった。堀は、話すのがとても苦手な女の子だったが、毎週末に手紙を書いて七草に送ってくれていた。前回の堀からの手紙の中で「真辺さんは危険」という内容が書かれていた。その件について聞くと、堀は七草が真辺といることで無理をしているのではないかと心配しているようだった。悲観的な性格の七草と理想主義の真辺は、基本的な価値観が真逆であり互いに理解し合えない存在であった。その2人が一緒にいることは無理が伴うことではあるが、それでも七草は真辺から離れることはできないと感じていた。

 犯人探しは進展せず、真辺は強引に島を出ようと無茶な行動を繰り返していた。自分の正しさを貫く真辺は、ときに敵を作り、危険な存在であった。真辺はどうしても大地を元いた場所へ帰そうとしているようであった。大地は頭も良く我慢強い子であったが、どこか無理をしているようにも見えた。大地から話を聞くと、大地は母親が嫌いだと言い、しかし母親を嫌うという感情を持つことが怖いと言っていた。七草はこれ以上大地が悲しまないよう真辺に大地を無理に島から出すのはやめるように伝えるが、真辺は、大地は母親に会うべきだという意見を曲げず、魔女に会ってお願いすると言ってきかなかった。真辺は次の日、魔女に会うため、学校の裏手の階段を登る気であるようだった。その日の夜中、七草は、大地にだけこっそりと、落書きの犯人は自分であると告げた。そして自分が犯人であることを管理人に伝えるようお願いした。

 七草が次の日に学校へ行くと、堀が学校を休んでいた。堀は前日に真辺と2人で会って話をしていた。堀を心配した七草は、堀の寮へ様子を見にいった。堀は七草と会うのが嫌で学校をズル休みしていた。真辺に七草の気持ちを勝手に代弁しようとしたことを申し訳なく思っていた。堀の心配は間違ってはいなかったが、常に正しく真っすぐな真辺は小学校の時から七草の英雄であった。彼女が傷つくのが嫌であった。そのために傍にいなくてはいけないと思っていた。堀から、真辺のことが好きなのか問われて、七草は嘘をつくつもりで肯定した。しかし、言葉に出してみると本当に嘘なのか分からなかった。

 七草は遺失物係に向かう。七草は魔女に手紙を出しており、1人で魔女に会いに行くつもりだった。すると、そこに真辺がやってきた。堀から七草の気持ちを聞き、真辺は七草を追いかけてきたのだった。真辺は小さいころから今までずっと七草が側にいて自分を守ってくれていたこと知っていた。七草が自分を犠牲にしても守りたいと思ってくれる優しい人だということも知っていた。そして、七草が自分のためにまた1人で行動をするのを知ってしまったのだった。七草は、魔女に交渉するつもりだと真辺に告白した。実は、七草が落書きを書いたのも魔女に圧力をかけるためであった。七草はどうしても真辺が階段島にいることが許せず、真辺を元いた場所に返したいと思っていたのだった。

 遺失物係の中に入ると、そこにある電話機が鳴った。七草が電話を取ると、それは魔女からの電話だった。七草は以前から、この島に対して仮説を持っていた。言うつもりのない仮説であったが、その仮説は真辺が現れたことによって、どうしても許せないものになった。七草が立てた仮説によると、階段島は「自分自身に捨てられた自分」が行き着く島であった。本当の七草は、島の外にいて生活をしている。今、島にいる七草は切り捨てた自分自身。七草の場合、それは悲観的な人格の事を指していた。この島にいる人たちは、苦手なことやできないことがある人が多かった。誰もが成長していく中で、自分自身の欠点を切り捨てていくが、その切り捨てられた自分の行きつく先が、階段島であった。つまり「自分がなくしたもの」は、捨てられた自分自身のことであった。そして、七草のこの仮説によると、真辺が昔の変わらない真っすぐな性格のまま階段島に現れたということは、現実の真辺はその性格を切り捨てたということになる。七草は何よりそれが許せなかった。

 魔女は七草の仮説を肯定した。しかし、この事実だけでは交渉材料にはならないという。結局、2人は階段を登るしかないということになり、七草と真辺は2人で階段を登り始めた。真辺は大地のことを気にかけており、大地のために自分がまず島を出て様子を見たいと考えていた。七草は、真辺ならそう言うだろうと分かっていた。そして、自分は島を出るつもりはなく、真辺だけが島を出ていくことを望んでいた。

 七草が階段島に来たのは、3カ月前のことである。そして、最近階段島に来た真辺には3か月間の記憶がない。七草は、おそらく現実世界で七草と真辺は再会を果たし、2人が再び一緒にいるために、お互いが自分の不要な性格を切り捨てたのだと考えていた。悲観的な性格の七草と、理想主義の真辺を、自分自身で捨てたのであった。だから、2人が戻るという選択肢は、七草にとっては考えられなかった。しかし、その話を聞いた真辺は強く反論した。話は終わりが見えないまま、2人は階段を登り続けた。気づけば、七草の前から真辺の姿が消え、七草は階段で、現実の自分と出会った。前回1人で階段を登った時も、現実の自分と出会ったがその時は特に告げることもなかった。でも、今回は言いたいことがあった。現実世界で、大地を守るように、その住所などをしっかりと伝えた。そしてそれが真辺の望みであるとも伝えた。

 気が付くと、七草は学校の校舎裏にいた。島から出ず、残っている自分を確かめていると、そして真辺が現れた。真辺は、七草と同じように現実の自分に大地を任せるように伝えて自分も残った。自分が2人いるのならば、大地と七草を両方選ぶことができる。彼女は、理想主義のままの真辺であった。そして、真辺は現実世界の七草と真辺が、ありのままの自分では一緒にいられないということが許せないと言った。だから、これからそれが間違っていることを一緒に証明しようと、七草に手を伸ばし、七草はその手をつかんだ。

いなくなれ、群青の読書感想文

 この作品は、階段島という捨てられた人間が集まっている島を舞台にした高校生の七草という男の子と真辺という女の子の成長物語です。物語の序盤は階段島という謎の多い設定に、ファンタジーの世界に飛び込んだような気持で読み進めていました。魔女という存在もどこか現実離れしていましたし、そのことを受け入れて暮らしている島の人々の存在も、どこか非現実的な感じがいました。しかし、真辺が島に現れたことによって、七草という人間の悩みや葛藤が見えてきて、これは「人間の成長」の話なのだと気づきました。

 また、真辺という女の子の持つ存在感に、私も七草同様、惹きつけられるものがありました。正しいことを正しいと主張することは、一見するととても良いことのように思えます。しかし、七草は真辺を理想主義だと言い、作品の中でも、真辺の正しさを貫く発言と行動は、時に周囲の人を傷つけ、不用意に敵をつくり、真辺自身を孤立させるようにも感じました。正しすぎる正しさは、時に、誤りにもなるのだというのは、私の中で発見でもありました。現代社会で生きていくためには、白黒はっきりさせずに、グレーのまま目をつぶっていることが多い気がします。そんな社会の中で、自分を貫く真辺は、私には真似のできないかっこよさがあるなと思いました。そして、自分の信念を持って生きるには自分自身の覚悟だけではなく、実は七草のように理解してくれる存在があるからではないかとも思いました。

 階段島における謎が明らかになるクライマックスは、ふっと魔法が解けたような気分になりました。そして、自分自身の成長についても考えるきっかけになりました。大人に成長していくうえで、自分の中にある欠点を捨てていくという行為は、この作品の登場人物だけではなく、自分も無意識に行っていることだと思います。その、自分が捨てた欠点を持つ自分が、もしかしたら知らないどこかで暮らしているのかもしれないと、むくむくと想像が膨みました。この作品を読むことによって、自分の性格の中で嫌だなと思っている欠点も、実は誰かにとって必要で愛おしい部分になるのかもしれない、と希望を持てるような気分になりました。 (まる)


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