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ファーストラヴ/島本理生のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2019年3月12日 2時20分

ファーストラヴのあらすじ(ネタバレ)

 臨床心理士として病院でカウンセリングをしながら、テレビ出演などもして活躍している真壁由紀は、とある事件を題材としたノンフィクション作品の執筆を依頼された。

 ある事件とは、アナウンサー志望の女子大生・聖山環菜が父親である画家の聖山那雄人を刺殺し逮捕された事件である。環菜はその日、キー局の二次面接を受けていたが体調不良により途中辞退し、父親が講師を務める美大に向かった。大学の女子トイレに父親を呼び出し、大学に向かう前に自ら購入していた包丁で父親を刺したという。その場から逃走し一度自宅に帰った環菜は、母親の聖山昭菜と口論になり、家を飛び出し、多摩川沿いを血まみれで歩いていたところを逮捕されたという。警察の見解では、アナウンサーになることを父親に反対されていたことが犯行の動機と予想されていたが、環菜が事情聴取で「動機はそちらで見つけてください」と挑発的な発言をしたことも世間で話題になっていた。

 由紀には10年前に結婚した真壁我聞という夫と正親という小学四年生の息子がいる。我聞は結婚式場のカメラマンをしており、臨床心理士として忙しく働く由紀をサポートするために家事はほとんど我聞が行っており、仕事への理解もある器の大きな夫である。我聞には弁護士をしている庵野迦葉という弟がいる。迦葉は、実の両親から虐待を受けた過去があり、両親の兄弟である我聞の両親に引き取られ育てられた義弟である。

 ある日、迦葉から由紀宛に電話がかかってくる。環菜の国選弁護人に選ばれたという迦葉は、環菜の事件は裁判員裁判になるため、このタイミングで事件についての本を書くことは世間のイメージを左右してしまうのではないかと不安視していた。由紀も環菜の意思を尊重したいという気持ちが強かった為、迦葉と情報交換をしながら執筆するかの判断をしていくことに決めた。由紀が迦葉に環菜の印象を訪ねると、迦葉は「昔のあなたによく似ている」と答えた。由紀と迦葉には、我聞に秘密にしている過去があった。

 由紀は環菜と面会し、事件のことや本の執筆ことを話した。環菜は大人しい子であったが、どこかふわふわした反応で、事件当日のこともあまり覚えていない様子であった。「動機はそちらで見つけてください」という挑発的な発言も、自分でも動機がわかっていないという理由でそのように発言したのだった。環菜自身も自分のことを知りたいと思っていたため、由紀が本を出すことを承知した。

 由紀は環菜の過去について調べていくが、そんな時、迦葉から、母親が裁判で被告側の証人として出ることを許否し、検察側の証人として出ると知らされる。迦葉と由紀は、もしかしたら環菜と父親だけの問題でなく、家庭内で何かが起きていたのかもしれないと感じ、それぞれの立場から手掛かりを掴むために動きだす。

 由紀は、環菜の親友である臼井香子から、環菜と父親の仲があまり良くなかったと聞く。海外での仕事も多い父親は、家を留守にすることが多かったが、家にいるときは環菜に怒鳴り散らしていたという。また、父親は環菜が小学生くらいの頃から、家のアトリエで美大生向けのデッサン会開いており、そのデッサンのモデルを環菜にさせていたという。そのデッサン会に参加した学生から、環菜は度々言い寄られていたことも聞く。香子の話では、環菜は男性に言い寄られると強く拒否することができない性格で、これまでも何人かそういった関係の男性がいたという。

 由紀は環菜との面会で、デッサン会のことを尋ねる。すると、環菜は酷く取り乱し、デッサン会が環菜の精神に何かしらの強い負荷をかけていたことがわかる。また、環菜に自傷癖があることもわかり、そのことについても尋ねると、環菜は混乱し「全部私が悪いんです」と泣きながら訴えた。由紀はその後、環菜が実は父親と血が繋がっていないことを知る。父親は環菜が言うことを聞かないと、「戸籍を抜くぞ」と脅す発言をしていたこともあり、環菜は両親に怯え、嫌なことも全て飲み込んで生きてきたのだった。

 由紀は、病院に入院している環菜の母親に面会に行く。母親は裁判で弁護側の証人になる事を拒否しており、母親として環菜をかばう気持ちがない様子であった。由紀がデッサン会のことを尋ねると、デッサン会は必ず母親がいない日に行われていた為、母親は大したことではないと感じているようであった。また、由紀が環菜の自傷癖の傷を見たことはあるかと聞くと、小学校に遊びに行っていた時に鶏に襲われた傷だろうと言い放った。環菜が父親に「戸籍を抜くぞ」と脅されていた話いついても問い詰めると、環菜は虚言癖だからいつも話を大げさに言うといい、由紀に対しても怒りをあらわにした。

 デッサン会に参加していた学生に話を聞きに行った由紀は、当時のスケッチブックを見せてもらう。そこには、薄手のワンピースを着て、裸の男の背に寄りかかっている幼い環菜の姿があった。また、デッサン会に参加していたのは、全員男性であったという話を聞き、当時のデッサン会の様子をイメージした由紀は、その異様さに嫌悪感を抱く。環菜自身が性的な視線を理解する年齢になっていたかわからないが、幼い日の経験がどれほど心的トラウマになるのかを由紀は理解していた。

 由紀自身がその視線を浴びたのは実の父親からであった。由紀の父親も、環菜の父親と同様海外出張が多かったが、そのたびに実は児童買春をしていたのだった。幼いころの由紀は、父親に対して何か分からない性的な嫌悪感を抱いていたのだが、由紀が成人するころに母親から父親の児童買春について聞かされ、幼少期のトラウマの原因を知ったのであった。

 父親の過去を知ってしまいショックを受けていた由紀の気持ちを軽くしてくれたのが、大学の同級生であった迦葉であった。迦葉と由紀は、交際するわけでも、男女の仲になるわけでもなく、ただ互いの寂しさを埋め合うために2人で遊び歩くようになった。しかし、由紀はある日迦葉を傷つける言葉を言ってしまい、迦葉もその件で由紀をわざとらしく避けるようになり、2人は喧嘩別れしてしまう。由紀はよく我聞の話を迦葉から聞いており、迦葉が我聞のことを兄として慕っていることを知っていた。由紀は興味本位で、プロのカメラマンとして活動していた我聞の写真展に足を運ぶ。そこで、我聞と出会い迦葉との関係を言い出せないまま恋に落ちてしまった。迦葉もまた、我聞から由紀を紹介されたタイミングでも何も言い出せないまま、由紀と我聞は結婚し、義姉と義弟となったのだった。今回の環菜の事件に関わるまで、ほとんど会話もなく今に至っており、この事件をきっかけに徐々に由紀と迦葉は面と向かって話ができるようになっていった。

 由紀は、何度か環菜と面会を重ねる中で、環菜が父親を殺すような人物に思えなくなっていた。環菜の母親が、環菜がデッサン会のモデルを辞めた理由を「バイト代が出ないから」と言っていたと環菜に話すと、今まで自分を責め続けていた環菜が初めて怒りの感情を出す。環菜は母親が嘘をついていることを指摘し、そして、「自分は父親を殺すつもりはなかった」と証言し、裁判では無罪をかけて戦うことを決める。迦葉と状況を確認しあう由紀は、迦葉に対して過去のことを謝り、二人のわだかまりは解消された。

 そして、裁判の日が訪れる。法廷に立つ環菜はしっかりと自分の意見をまっすぐ伝えられるようになっていた。環菜は、自分の過去に起きたことや事件当日のことを語る。

 環菜は、幼少期から続いていたデッサン会のモデルに対して嫌な気持ちを抱いていた。小学生の時に一度自傷行為を行い、その時に身体の傷を理由にモデルの仕事をしなくて良いと父親から言われた環菜は、モデルの仕事を避けるために自傷行為を繰り返すようになった。いつしか、自傷行為は環菜にとって嫌な現実から逃げる手段になっていた。

 事件当日、環菜はキー局の二次面接に挑んでいたが、試験官が複数の男性だったことでとっさにデッサン会のトラウマが蘇ってしまい体調不良で面接を辞退することになった。自分を変えたいと思い、前向きにアナウンサーを目指していた環菜は、やはり自分は変わることができないという気持ちになり自分自身への罰として父親に自傷行為を見せようと考えた。環菜は包丁を買い、父親の美大に向かい、父親を女子トイレに呼び出して手首を切った。環菜が実際に自傷行為をしている姿を初めて見た父親は、慌てて母親に電話をしようとした。それを見た環菜は、母親には知られたくないと思い、父親が電話をかけるのを止めようとした。実は、環菜が最初に自傷行為をした時に、傷を見た母親から「気持ち悪い」と言われたことがあった。それ以来環菜は母親には自傷行為のことを隠していた。環菜と父親はもみ合い、その勢いで父親の胸に包丁が刺さってしまった。混乱した環菜は父親を残し、一度自宅に戻り母親に事情を説明しようとしたが、母親は環菜が父親を刺したと決めつけている様子だったので、環菜は絶望して家を飛び出し河川敷を歩いているところを逮捕されたのだった。

 環菜は自分の口から真実を伝え裁判は終了した。裁判の結果は当初の流れが覆ることなく環菜は有罪となった。包丁が刺さった父親を放置して逃げたことは事実であるため、環菜は判決を受け入れた。事件に向きあうことができた環菜は、強さを手に入れたように見えた。由紀もこの事件を通して自分自身や迦葉とも向き合う事ができた。そして、晴れやかな気持ちの由紀に対して、我聞は迦葉との過去を全て知った上で、2人の過去に触れずに寄り添ってくれていたと知り、全てのわだかまりが解消された。

ファーストラヴの読書感想文

 本作は、父親を殺してしまった罪で逮捕された女子大生の環菜とその事件について、臨床心理士である由紀の視点で描かれています。由紀が事件の真実を追いながら、徐々に明らかになっていく環菜の過去。知れば知るほど、胸が苦しく、心にも重たくのしかかっていきますが、この世界のどこかに彼女と同じように苦しみ傷ついている人がいると考えると、本作をどうか多くの人に読んで欲しい、という気持ちになりました。性的虐待について、私自身もこのような虐待の例があるということを初めて知りました。しかし、文章で読んでいても、幼い環菜が置かれた状況には激しい嫌悪感が広がりました。暴行などの性的被害ではなくとも、心に大きな傷を残すことがあります。男性女性関係なく、心に留めておくべきことであると感じました。

 両親に愛されるために、自分を否定し、正しいことや間違っていることの判断がつけられなくなる。由紀が出会ったばかりの頃の環菜はそういう状態でした。自分の意見を表に出せず、人の意見に左右され、混乱しているように見えました。環菜ほどまでいかなくても、人からの愛を手に入れるために、自分を否定し偽り、いつしか自分が見えなくなってしまうことは、もしかしたら、誰にでもあることかもしれません。

 本作のタイトル「ファーストラヴ」。どんな意味が込められているのか、私なりに考えてみました。まず、人が一番初めに愛情を受ける対象である、親からの愛情が子どもに与える影響の大きさを強く感じました。もう一つ、なにより大切なのは、最初に自分自身が自分を愛することなのではないかと感じました。本作のラスト、裁判のシーンで堂々と戦う環菜の姿は、由紀と一緒に思わず「がんばれ」と応援せずにはいられませんでした。あの裁判で、環菜は初めて、自分の意志を伝えることができました。彼女にとって、初めて自分を大切にし、愛した瞬間だったとも言えるのではないでしょうか。(まる)


→ ナラタージュ/島本理生のあらすじと読書感想文


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