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プリズムの夏/関口尚のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2018年1月27日 11時45分

プリズムの夏/関口尚のあらすじ(ネタバレ)

 水戸市の高校に通う主人公、植野。彼は春先に付き合っていた彼女の麻紀と別れた。彼女の強すぎるコンプレックスが重たく感じてしまい、受け入れられなくなっていた。そんな自分の弱さにモヤモヤとした思いを巡らせてた。

 植野の友人の今井は学校をよくサボる男だった。父親が失業し、両親の仲が悪くなっていた。家に借金もあるらしく、今井の大学進学も危うかった。今井は幼い頃からずっと箏を習ってきており、その腕前に自負もあるようだったが植野は一度も彼の演奏を聴いたことがなかった。しかし今井は「大学に行っても箏を演奏したい」と言っていた。

 そして今井は映画評論のサイトを運営していた。人気もそこそこあるサイトだった。植野と今井は、地元の映画館にお小遣いをためて通っていた。

 春休み、植野はいつものように今井と水戸の映画館に映画を観に行った。その時チケット売り場にいた女性が気になった。映画上映中にトラブルが起こっても、特に動じず接客態度も冷たいものだった。2人でクレームを入れた時も、態度はそっけない。

 その時以来、2人は彼女のことが気になりだした。彼女の名前は松下菜那といった。植野は直前に彼女と別れていたのもあって、松下のことが気になって仕方がなかった。一方で今井も同じように気になっているようだった。

 松下菜那は美しいスタイルを持っていた。顔も美しかったが、パーツそれぞれがどこかちぐはぐだった。

 初めて松下菜那のことを知った時から、2人は頻繁にその劇場に足を運ぶようになった。常連のような顔をして彼女に挨拶をすることもあったが、それでも彼女の態度は変わらなかった。

 6月のある日、2人はたまたま駅ビルで松下菜那を見かけた。声をかけると彼女は相変わらず何かに怯えたような、困ったような表情を浮かべて振り向いた。軽く会話をした後、彼女は足早のその場を立ち去ろうとしたが、別れ際に、植野と今井に、松下菜那が勤めている映画館のチケットを渡した。

 松下菜那からチケットをもらったことに浮かれた2人だったが、よく見ると使用期限は6月30日となっていた。期限が迫っていた。松下菜那が親切心でチケットをくれたというよりも、使用期限が切れかけているからくれたのだということに気づく。

 それでもわずかな期待を込めて、2人は期限ギリギリの30日に映画館に行った。けれどもそこには松下菜那はいなかった。代わりにいたチケット売りの女性に松下菜那のことを尋ねたところ、松下菜那には彼氏がいるのだということが分かってしまった。

 松下菜那に彼氏がいることに意気消沈する植野。植野は今井の気持ちが正確には分からなかったが、同じようなことを考えているのではないかと思った。

 7月になった。いつも通り植野は今井の部屋で過ごしていた。ふと、今井がたまたま見つけた映画評論サイトを植野に見せた。『アンアンのシネマ通信』というサイトだった。そのサイトの管理人による『やめていく日記』を今井は興味深そうに読んだ。この日記の筆者であるアンアンがこの先どうなるのかが気になるようだった。

 『やめていく日記』を追いかけていくうちに、筆者のアンアンが自傷癖のあるうつ病患者であることが分かってきた。そしてとても愛していた恋人から捨てられつつあるということも。

 植野はアンアンのことが心配になってくる一方で今井は『やめていく日記』に興味を失いつつあった。失業中の自分の父親を思い浮かべてしまい苦しくなってしまうのではないか、と植野は思った。

 受験を控え、今井の家の事情もいよいよ複雑になっていった。父親が知らないところで借金を抱えており、ノイローゼもひどかった。母親との関係も悪くなる一方。今井はずっと続けてきた箏をやめざるをえないのではないかという不安を抱えているようだった。

 植野と今井はアルバイトを始めた。今井の進学が少しでも楽になるようにと思って始めたことだった。スーパーのレジ打ちで、真面目に働いた。

 8月に入って、2人は久しぶりに映画館に映画を観に行った。その時、松下菜那が館内に入ってきた。彼女は2人に気づかず、そのまま座席に座った。植野は彼女のことが気になって仕方がなかったが、どうすることもできなかった。

 しかし映画上映中、松下菜那が過呼吸発作を起こしてしまった。植野と今井は2人で彼女を助け、落ち着かせた。過呼吸発作が治まった頃、彼女は去っていった。

 その後の『やめていく日記』の更新で、日記の筆者アンアンが松下菜那と同一人物であることが分かってきた。植野は焦ったが、今井は落ち着いていた。

 いつもの映画館で2人は松下菜那と会った。そして松下菜那は2人にお礼をしたいと言った。3人でカフェに入った。松下菜那も今井と同じように箏を嗜んでいたと話した。そして「今井の演奏を聴きたい。自分も演奏したい」と言い、翌日に今井の家で再び会う約束をした。

 今井の家で、3人は集まった。まずは松下菜那が演奏し、次に今井が演奏する。植野は初めて今井の演奏を聴いた。今井の箏の腕は素人の植野が聴いても上手であることが分かった。そして松下菜那は今井の演奏を聴いて涙をこぼした。

 アンアンの『やめていく日記』で、筆者が愛している男とは別の男に抱かれていたことが分かった。そしてその男から暴力を受けていることもうかがえた。いよいよアンアンと松下菜那が同一人物であることが明らかになりつつあった。

 植野は何としてでも松下菜那を助けたいと思った。しかし、今井の反応は冷たいものだった。今井の家の家計はいよいよ危うくなり、今井が大切にしてきた箏もやめなければならない状態にあった。

 『アンアンのシネマ通信』のメールフォームから植野はメールを送った。「助けたい」という気持ちを伝えた。しかし返事はなかった。アンアンは相変わらず男から暴力を受けているようだった。

 ようやくアンアンから返信があった。そして松下菜那とアンアンが同一人物であることが分かった。植野と松下菜那は2人で夜の海で会った。その時、植野は松下菜那の腕に自傷による傷があるのを見つけてしまった。

 その後の『やめていく日記』で松下菜那が今にも死のうとしていることが分かった。植野と今井は2人で彼女の住所を突き止め、彼女を助けに行った。彼女は例の男からまさに暴力を受けていたところだった。2人は間一髪で松下菜那を守り,

 彼女は再び前向きに生きようとするようになった。

プリズムの夏/関口尚の読書感想文

 夏に飲む炭酸水のような雰囲気の作品でした。しゅわしゅわと口の中で甘い液体が弾けるかのような。明るく、そして優しい空気を漂わせている作品。

 一歩一歩死に向かおうとしているアンアン、つまり松下菜那。その彼女の重く、悲しい雰囲気を、懸命に2人の高校生が吹き飛ばそうとしてくれます。作品の中で松下菜那の暗さは冷たく流れますが、植野と今井の熱意が対照的に写り、作品全体が爽やかな印象に感じました。

 悲しみの渦に巻き込まれてしまった松下菜那。今の日本社会で彼女のように悲しみに囚われてしまっている人は少なくありません。ふとした瞬間にその悲しみに囚われてしまう可能性は誰もが持っていて。

 しかし、終わりのない悲しみに浸っている時、本人たちが気がつかないところで本人を救おうと戦ってくれている人はいる。その人たちは悲しみに囚われている人のことを本気で思い、「救いたい」と願っている。

 その人たちが差し伸べた手を取ることさえできれば、悲しみの渦から逃れられる。

 最初は植野と今井からの救いの手を拒み、葛藤する松下菜那ですが、最後には2人に救われます。

 人は困っている時、必ず助けてくれる人が現れるものです。必ずしも身近な人ではないかもしれない。松下菜那のように、仕事の中でたまたま知り合っただけの人かもしれない。

 しかし一方で、恋人のような存在が悲しみの渦に囚われた時に救ってくれることもあります。それは植野が松下菜那を救おうとしたと同時に、春先に別れた恋人の麻紀を思いやる姿から感じました。

 表題の中の「プリズム」という単語。ただの白い光が異なる媒体を通過する過程で屈折によって複雑な色合いを見せる現象のことです。

 人の心が、様々な媒体を通ることで、様々な光を放つということを表しているのかもしれません。


【この記事の著者:鈴木詩織】
愛知県で活動しているモデル・作家。趣味は写真と読書と執筆。
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