本文へスキップ

書評「あずかりやさん」大山淳子|あらすじ&解説

2017年11月11日

 生涯、手元に置いておきたい本と出会ってしまった。昭和の匂いを漂わせる表紙で、書店の目立つところに鎮座していた一冊の小説・・・タイトルは「あずかりやさん」。全く予想もつかない、ひらがなで書かれたそのタイトルに目を惹かれ、思わず手にとってしまった一冊の本が、まさか、ここまで素晴らしいものであるとは想像もしえなかった。

 本書はもともと、一軒の本屋さんから始まり、その後、この物語を伝えたいという書店員の思いから、続々と重版されていったという経緯を持つものらしい。そんな逸話を全く知らずに手にとり、あえてあらすじなども気にせずに、本を開いてみた。今回は、素晴らしき一冊「あずかりやさん」の書評を綴らせていただきたい。

あずかりやさん/大山淳子のあらすじ

 明日町こんぺいとう商店街に佇む"さとう"というのれんの掛けられた店「あずかりや」。そこは、何らかの理由から物を預けに来る客人から「1日100円」で物を預かる商売をしている。預かれない物はなく、何でも預かり、期限以内に取りに来なければ、その物は店主のものとなり、早く取りに来ても差額の返金はなし。そういったルールを設け、10年近く営業している。

 店主は目が見えない青年で、客人のことを声だけで記憶し、日々、点字本を読みながら、小上がりに座布団を敷いて鎮座している。さぁ、今日も一人また一人と思い思いの物を預けに客がやって来る。店主は、物を預かり、奥の部屋へと消えていく・・・。

“物”の視点から語られる斬新で心安らぐストーリー

 本書の主人公は、あくまでもこの「あずかりやさん」という店なのだ。そこには手放したくても手放せない物を預けに来る人、何か大きな秘密が隠された物を預けに来る人、さらには粗大ゴミの始末に困った客人が処分のために持ってきた物など、多種多様な“物”や人が持ち込まれる。

 あらすじにも記したが、「あずかりや」の店主は目が見えない。そういった縛りを活かし、本書は他の作品とは一線を画す視点から物語が語られる。それは“物”には命が宿っているという前提のもと、のれんやガラスケース、自転車といった“物”の視点から語られるのだ。

 “物”にも命があるという考え方が好きな筆者にとっては、とても親近感の湧く文章で、これまで読んだことのない新鮮な思いを抱かせてもらったものだ。

 しかも、その“物”たちにもそれぞれ性別や人生、生き方というものがあり、客人たちに口出しをしたり、素敵なことを口にしたりと(あくまで“物”なので、人には聞こえないが)、読者としても心を大きく動かされる。

“物”に人生があれば、持ち込む人にも人生がある

 物語的には一話完結型で、過去、現在、未来の出来事が、交互に語られていく。

 物を預ける代わりにお金を貸してもらう「質屋」はおなじみだが、預けることでお金を払う「あずかりや」というのは、恐らく聞いたことがないという方が大多数であろう。

 その「あずかりや」ののれんを潜る客人たちは、実は壮絶な人生を抱えている人が多い。

 離婚した父と母、双方から自転車をもらってしまったことで苦悩する高校生、死期の迫った大会社の社長、幼き日に「あずかりや」を利用し、その後に街を出た女性、結婚を控える石鹸の匂いを漂わせる美しい女性・・・本筋となるストーリーのほかにも各章で、様々な人生を抱えた人々が「あずかりや」を利用する。

 それぞれの人生に転機をもたらす存在である「あずかりや」の店主との会話劇が主だが、そこには人間らしい魅力に溢れた物語が存在しているのだ。

 また、終盤になると、「社長」という名のとある猫の視点から物語が展開することになるのだが、猫の気持ちをこれでもかとばかりに表現した文章が繰り広げられ、何とも言えない感動と愛を描いている。それでいて、決して悲しみの涙を流させるような物語ではなく、むしろ安心の涙を流させるものなのだ。

 全体を通して、いろんな人に教えたい、聞かせたい、読んでもらいたいと思わせる作品で、のれん仕掛けとなって、人から人へと思いが結実していった本書同様に、人との繋がりを大切に大切にしている店主にほっこりとさせられる一冊である。

 ここは、みんなの帰る場所。いつまでも変わらずに待ってくれている場所。大切にしている物があるという方であれば、この物語に大きな感動を抱くことは間違いない。小さい子供から大人まで楽しめ、生涯、胸にしまっておきたいと思わせる、まさに素敵な一冊であった。


【この記事の著者紹介】
Sunset Boulevard(書評&映画評ライター):
 映画を観ることと本を読むことが大好きな、しがないライター。オススメ小説の書評や読書感想文を通じて、本を読む楽しさを伝えられたら嬉しいです。また幼き日よりハリウッド映画に親しんできたため、知識に関しては確固たる自信があり、誰よりも詳しく深い評論が書けるように日々努力を重ねています。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。Twitter:https://twitter.com/sunsetblvdmovie


読書感想文のページ

運営会社

株式会社ミニシアター通信

〒144-0035
東京都大田区南蒲田2-14-16-202
TEL.03-5710-1903
FAX.03-4496-4960
→ about us (問い合わせ) 



読書感想文のページ