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月の満ち欠け/佐藤正午のあらすじと読書感想文

2017年10月1日 22時00分 参照回数:

月の満ち欠け/佐藤正午のあらすじ

 物語は、初老の男(小山内 堅)が、ある親子(母、娘)とカフェで待ち合わせをするシーンから始まります。この集まりには、小山内の一人娘(瑠璃)の死が関係していました。

 その親子の娘もまた、小山内の娘と同じく「るり」という名前を持ちます。

 コーヒーに砂糖とミルクを入れて飲んでいる小山内に対して、るりは「年をとると好みって変わるんだね」、となんでも知っていると言いたげな様子で指摘します。15年前の小山内は、確かにブラックコーヒーを飲んでいました。

 目の前に座っている少女の「るり」は、15年前に死んでしまった小山内の一人娘の「瑠璃」の記憶を持っている…。

 つまり、「るり」は「瑠璃」の生まれ変わり、ということです。

 そんな不思議な出来事に、もちろん小山内は困惑しますが、思い当たる節があるようでした。

 小山内がまず思い出したのは、自分の記憶でした。

 娘の瑠璃は小さな頃、少しおかしな時期があったのです。小学2年生になったある晩を堺に、瑠璃は”知るはずのないこと”を語るようになりました。それに気付いたのは小山内の妻で、瑠璃の行動や言動を不思議に思い小山内に相談したのです。昔の流行り曲を歌ったり、ライターの銘柄を当てたり、「アキラくん」という男の名前を口にしたり……。

 瑠璃は、まるで他人の記憶を持っているかのように見えました。

 娘が生前に持っていた記憶とは、一体誰のものなのか。

 目の前に座っている少女は何者なのか。

 小山内は、「るり」と「瑠璃」の関係を、瑠璃の死の真相を、様々な人が語る記憶から紐解いていきます。

“そう。月の満ち欠けのように、生と死を繰り返す。”

 「瑠璃」をめぐる人々の、幾重にも重なり合う人生が、ある”強い想い”を浮き彫りにしていきます。

 そこで明らかになる真実が、小山内のこれまでの人生を、愛に溢れたものに変えるのでした。

月の満ち欠け/佐藤正午の読書感想文

死の起源をめぐる伝説

 印象的だったシーンは、瑠璃が“自分はどのような「死」を迎えたいか”について語るシーンです。

「神様がね、この世に誕生した最初の男女に、二種類の死に方を選ばせたの。ひとつは樹木のように、死んで種子を残す道。もうひとつは、月のように、死んでも何回も生まれ変わる道。(中略)人間の祖先は、樹木のような死を選び取ってしまったんだね。でも、あたしに選択権があるなら、月のように死ぬほうを選ぶ」

 死の起源をめぐる伝説については、国ごとに異なり諸説ありますが、「月」は「不死」の象徴として頻繁に使用されています。

 樹木のように子孫を残す道。

 月のように何度も生まれ変わる道。

 どちらの「死」が幸せなのか、それは人それぞれの生き方によるのでしょう。

作中に登場する「月」にまつわる歌やことわざ

 いくつかの短歌やことわざが物語のキーとして登場しています。意味が少し理解しにくいものもありますので、説明したいと思います。

 まずは「瑠璃」という名前の由来から。

・「瑠璃も玻璃も照らせば光る」

 「瑠璃」とは、青色の宝石のこと。「玻璃」とは、水晶のこと。すぐれた素質や才能がある者は、どこにいても目立つというたとえです。

 元の由来としては、瑠璃と玻璃は異なるものだが、照らせばどちらも美しく輝くことから、すぐれたものに光りを当てると多くのものに混じっていても、同じように美しく輝く、ということからです。

 作中では、後に説明した由来の方の意味で解釈すると分かりやすいです。

 次も名前にまつわるもの。

・みづからは 半人半馬 降るものは 珊瑚の雨と 碧瑠璃の雨

 こちらは与謝野晶子の『火の鳥』に収録されている歌です。作中では『火の鳥』については出てきませんが、こちらもまた、「不死」を連想させるものです。

 歌の意味は、

「上半身は人で下半身は馬の姿の私は、紅い珊瑚の雨と碧い瑠璃の雨が降っている世界にいる。」

 幻想の世界を歌ったもので、たいへん色鮮やかなファンタジーな世界を連想させられます。

 最後に、ある男性から瑠璃に送られた歌を紹介します。

・君にちかふ 阿蘇の煙の絶ゆるとも 萬葉集の歌ほろぶとも

 こちらは吉井勇の歌です。意味は、「君に誓う。たとえ、あの雄大な阿蘇山の煙が昇らなくなっても、あの権威ある万葉集の歌が省りみられなくなってしまうような事があっても、私はあなたに心変りはしない事を。」

 とても愛のある陶酔的な歌ですが、やはりこれもまた ”永遠” がテーマになっています。

感想

 長編の物語ではありますが、序盤から話に引き込まれるその舞台設定と文章の上手さで、とても読みやすい作品でした。

 著者の佐藤正午さんは62歳ということで、物語の見届人を果たす小山内と同年代のようです。物語は小山内の娘、「瑠璃」を中心に展開されるものの、最終的には小山内の人生に軸が移る、というあたりが読んでいて面白く感じました。

 やはり、ただのミステリーや恋愛にはとどまらない、どこか人生を考えさせられてしまうのは、佐藤さんの作風なのでしょうか。

 ミステリー好きにも恋愛小説好きにも、はたまた古い伝説や前世などのスピリチュアル好きにもおすすめできる一冊でした。(ミーナ)


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