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書評「ゴーストマン 時限紙幣」あらすじ&感想とオススメの読み方

2017年6月26日

 ふらっと書店に立ち寄って、たまたま手に取った作品が思いもよらぬ名作であったということはよくあることだ。この「ゴーストマン 時限紙幣」に関してもそんな感じであった。

 本作は2014年に出版された作品であり、少し古いと言えばそれまでなのだが、この2017年に文庫となって再び刊行されたのだ。

 私は本作の存在を全く知らず、何の前知識もなく、手に取った。これがスリリングで緊張感のあるストーリー展開が目を惹く、思いもよらぬ傑作であったために紹介したいと思う。

作者ロジャー・ホッブズについて

 本作の著者であるロジャー・ホッブズは、1988年にボストンで生を受けた。大学在学中に書き上げたこの「ゴーストマン 時限紙幣」が有名編集者の目に留まり、出版への動きを見せたのだ。普通、小説が出版されてから、映像化の話が持ち上がるものだが、本作に関しては出版前、つまり原稿の段階からすでに映画化の話が決定していたという、極めて異例の経緯を持つ作品である。

 今後に大きく期待されるホッブズは、その後、2作目の執筆に取り掛かり、発表しようとしていた。

 そんな時である。2016年11月、彼の訃報が伝えられたのだ。死因については諸説存在するが、ドラッグによるものだったというのが、有力な説らしい。

 28歳という若さでこの世を去ってしまった天才がその身を削ってまで、書き綴った至高のサスペンス。「ゴーストマン 時限紙幣」を読んだ後にこの情報を知って、何とも歯がゆい気持ちにさせられたのは、私だけではないはずだ。

ゴーストマン 時限紙幣のあらすじと感想

 本作は、モレノとリボンズという2人組が、とあるカジノ・ホテルに運び込まれようとしている大金を強奪しようと息巻いている状態から幕を開ける。今まさに強奪作戦が決行されようとしている緊張感漂う瞬間だ。

 その2人組が強奪作戦を計画通りに実行し、大金を盗み出すことに成功はしたものの、モレノが陰から狙撃され、倒れてしまう。

 リボンズは突如狂い始めた強奪計画を完遂させるために、盗み出した120万ドルという大金を携え、警察の執拗な追跡から逃れようとするが、自身も瀕死の重傷を負っていた。

 その120万ドルという大金の行方を探るために語り手の“私”が登場するというわけだ。

 主人公であり語り手の“私”はゴーストマンと呼ばれる変装の達人であり、厄介ごとのもみ消し屋でもある。

 その名前や出身地、年齢といった素性は全くの謎に包まれており、電話番号や銀行口座といった人間が生きていくことに必要不可欠な個人情報というものも存在せず、彼の居所を掴むのは不可能と言っていい。そんな“私”が過去に作ってしまった借りを返すために、犯罪組織の大物に仕事を依頼され、不本意ながらも120万ドルの行方を探ることになる。

 この消えた120万ドルにはいわゆるペイント爆弾が仕掛けられており、48時間以内に見つけ出し、取引を完了しなければ、文字通り“ただの紙切れ”と化してしまう。

 この時間制限のあるタイムリミット・サスペンスがより一層の没入感を生み出し、手に汗握る重厚なドラマ要素を高めているのだ。

 そして、現在で大金を巡るスリリングな物語が展開されている中、同時に“私”が犯罪組織の大物に借りを作ってしまった経緯や過去といったものも描かれており、謎多き主人公の人物像も象っていく。

 ゴーストマン、ジャグマーカー(立案者)、ホイールマン(運転手)といった強盗においてのコードネームのようなものも色濃く描かれており、良からぬ世界に足を踏み込んでいるかのような新鮮さも醸し出している。

 そんなスタイリッシュ・スリラーである本作は、イギリスやアメリカ、そして日本でも高く評価され、「このミステリーがすごい!」第3位に選出された実績も持つ。

 驚いたことに本作は、著者ロジャー・ホッブズ自身の経験から着想を得たストーリーだという。自分が何者でもないと感じていたホッブズはその弱点を強みとして捉え、この顔のない男 ジャックというキャラクターを作り上げたのだ。

 そのように普通なら思いつかないであろう着眼点がホッブズの最大の持つ才能なのであろう。

 本編自体は、重厚な犯罪映画を彷彿とさせるような様相を呈してくる。

 自身が「ドライブ」や「ヒート」といったクライム・アクションが好きだということから、このような作品に仕上がったというが、まさに“頭の中の映画館”で映画を観ているような気分にさせる。主人公を演じるのは誰か? どんな声の持ち主なのか? はたまた、カメラワークなども意識しながら読み進めると、より楽しめるはずだ。

文庫本がおススメ

 本来ならば、小説というのは単行本をおススメしたいところではあるが、この「ゴーストマン 時限紙幣」に関しては、ぜひとも文庫本を手に取ってもらいたい理由が一つある。それは単行本にのみ短編「ジャック ゴーストマンの自叙伝」が特別収録されているからだ。

 このジャックというのは、語り手である“私”のファーストネームで、本編でベールに包まれていた“私”がいかにして、成長を遂げてきたのかが描かれる。

 これがまた、本編よりも内容が濃いと言っても良いほどで、もっと知りたいという欲望を掻き立ててくるのだ。

 ジャックが生まれた時の状況、初めて盗みを働いた時の感覚、“ゴーストマン”という仕事をするに至ったいきさつなどが事細かに綴られている。

 サスペンス・ミステリー小説をご所望なのであれば、本作は大変おススメである。若くしてこの世を去ってしまった天才が遺した珠玉の物語を堪能してもらいたい。(文=Sunset Boulevard Twitter:https://twitter.com/sunsetblvdmovie


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