2017年5月24日
イギリス児童文学の最高傑作とも評される『思い出のマーニー』(when marnie was there/ジョーン・G・ロビンソン)。 2014年にスタジオジブリで映画化されたことで一躍有名となりました。同じく2014年に岩波書店から出版された新装版は、深い青の素敵な装丁となっており、児童文学という枠にとどまらず、多くの大人にも読んでもらいたい、という思いがあるように感じます。
転地療養のために、海辺の小さな村に暮らす老夫婦に預けられた少女アンナ。彼女はその小さな村で不思議な館“しめっ地やしき”を見つけ、そこに住んでいるという同い年の金色の髪の少女マーニーと仲良くなります。しかし、村人達は誰もマーニーのことを知りません。なぜマーニーはアンナの前にだけ姿を現わすのでしょうか。そしてマーニーの正体とは、いったい何なのでしょうか。
伏線が張り巡らされた作品となっており、作中でマーニーの正体について語られる前に気づいた方もいるかと思いますが、マーニーはアンナの祖母、ということでした。それでは、アンナが体験したマーニーと遊んだあの日々はいったい…?
これは、アンナの“愛された記憶”ではないでしょうか。
アンナは生まれてすぐ両親を亡くし、孤児院に預けられて今の養親に育てられています。そのことでアンナは周りの人々も自分のことも好きになれずにいました。
両親が死んでから、自分が死んでしまうまでの少しの間にアンナを引き取った祖母のマーニーは、きっとアンナが両親がいないことでいつか思い悩むことを大いに危惧していたことでしょう。自身が重い病に侵される中、行く行くは身寄りのなくなってしまうアンナを、どんなに心配したことでしょう。アンナが少しでも寂しい思いをしないように、マーニーは無償の愛をアンナに注いだに違いありません。愛された記憶が、どうか、アンナに残りますように…と。そしてもしも叶うのならば、その愛の記憶がアンナを救ってあげられますように…と。まだ言葉を理解しているかも分からないアンナに、繰り返し繰り返しマーニーは自分の思い出を話し、自分がどんなにアンナを愛しているかを伝え、そしてその記憶は、マーニーの思い出で語られた“しめっ地やしき”を訪れたことでアンナに蘇り、マーニーの思い出を追体験した、というのがマーニーの正体なのだと思います。
マーニーの印象的なセリフを思い出すと、それは祖母のマーニーからアンナに向けられた言葉としても取ることができます。
「心配しないで。あたし、あなたに会うわ。ーどこかでーいつか。あたしのこと、さがしてちょうだい……、おねがい……」
「いとしいアンナ。あたし、できることなら、あなたといっしょにいたいの。わかってくれるでしょ?そのほうが、ずうっといいの。」
「アンナ!だいすきなアンナ!ああ、あたし、そこへ行きたい!でも、だめなの!みんなが、あたしをとじこめてしまったの。あたし、あした、どこかへやられてしまうの。あなたにいいたかったの。さよならをいいたかったの。でも外へ出してくれないの。アンナ!!ごめんなさい!あんなふうに、あなたをおいてきぼりにするつもりはなかったの。ねえ、アンナ、おねがい!ゆるしてくれるっていって!」
マーニーからアンナへの愛の言葉が、友人にしてはしばしば情熱的すぎるのではないか、と感じていましたが、死にゆくマーニーからアンナへ向けられた言葉であるとすれば、納得がいきます。
この物語はアンナの成長物語です。アンナは「自分のことがきらい、みんなきらい」、「マーニーが羨ましい、マーニーになりたい」と言っていました。自分の養親についても悪く言っています。
しかし、そのことについてマーニーは「あなたはもらいっ子で、幸せだと思う。みなし子だった時に、お父様やお母様が養女にしてくれたんだとしたら、それは、お父様とお母様がどれほど親切かってことの証明になるでしょ。」というのです。
これは祖母のマーニーの言葉ではなく、アンナ自身が感じていることではないでしょうか。本当は養親が優しいことを分かっている、素直なアンナの言葉のように思いました。
アンナはもう一人の素直な自分と向き合うことで、恵まれていないことにばかりに目を向ける自分から、周りの優しさに気づくことのできる大人へと成長することができたのです。
ジブリ作品といえば、タイトルに必ずキャッチコピーがついてきます。『思い出のマーニー』では、お馴染み鈴木敏夫さんの“あなたのことが大すき。”と“この世には目に見えない魔法の輪がある。”そして、三浦しをんさんの“あの入江で、 わたしはあなたを待っている。永久に──。”でした。これまでジブリのキャッチコピーといえば鈴木敏夫さんか糸井重里さん、というイメージでしたが、女性にターゲットを絞ったキャッチコピーが欲しいと鈴木さんから三浦さんにオファーがあったそうです。どれもとても素敵なキャッチコピーですね。
脚本・監督の米林宏昌さんは映画について次のようにコメントしています。
「12才の小さな身体に大きな苦しみを抱えて生きる杏奈。その杏奈の前に現れる、悲しみを抱えた謎の少女マーニー。大人の社会のことばかりが取り沙汰される現代で、置き去りにされた少女たちの魂を救える映画を作れるか。
この映画を観に来てくれる「杏奈」や「マーニー」の横に座り、そっと寄りそうような映画を、僕は作りたいと思っています。」
米林監督の思い通り、とても優しく寄り添ってくれる映画で自然と涙がこぼれました。
寂しさは誰しもが抱えています。だから『思い出のマーニー』は、子どもから大人まで寂しさを抱えるすべての人に読まれてきたのでしょう。寂しさのさきにある、大切な記憶を思い出すために。(ミーナ)
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