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「彼女がその名を知らない鳥たち」(沼田まほかる)のあらすじ&読書感想文|ネタバレあり

2017年3月24日

彼女がその名を知らない鳥たちのあらすじ

 33歳の北原十和子は、年上の男である佐野陣治のマンションで一緒に暮らしている。十和子はレンタルショップに行く以外、ほとんど家を出ず、午前中から立て続けに借りてきた映画のDVDを3本見るような毎日を過ごしていた。陣治は「貧相で色黒で野犬の目をした小男」だが、十和子の「ほんとうにわたしが大切なんやったら、それ、はっきり照明して見せてよ」、「会社辞めてよ」との言葉を受け、何のビジョンもないまま誰もが知っている1部上場のT建設を辞め、建築関係の会社を転々としていた。十和子は、口を開けたまま食べ物を噛んだり、飲みかけのコーヒーカップに吸い殻を捨てたり、バターを塗ったトーストにさらにマヨネーズをかける陣治が嫌で嫌で仕方がなかった。

 十和子は、8年前に別れた黒崎俊一を忘れられないでいた。黒崎と別れてから2か月間は、ひたすら黒崎からの電話を待ち続け、その後、短大を出て5年間勤めた会社を辞めた。いくつか就いた職はどれも長く続かず、建築事務所の事務員として雇われたときに慰労会で陣治に会った。その日の夜に教えたわけでもないのに陣治から電話がかかってきた。陣治は何度も電話をかけて寄こし、駅までの道のりを付いてくるようになった。夏の夕方、駅への近道の公園で、ついに陣治は、十和子に、別に寝たいわけではなく、友だちになりたいだけといい、ベンチで10分だけ話をしてくれたら明日からは二度と姿を見せないとすがった。十和子は「今拒めば明日からもうこの男は来ない」と直感し、陣治を受け入れた。だらだらと付き合いが始まってからも、陣治は十和子を誘うことをしなかった。ある夜、アパートまで送ってきた陣治を十和子が部屋に誘った。

 十和子は、いつのまにか舌の表面にまで赤い発疹が広がっているような状態だった。デパート「中丸屋」に修理に出した5年間使った腕時計が一向に戻ってこないことに苛立っていた。中丸屋に何度も電話をかけ、中丸屋が、販売店に責任を持って処理させることにしている、メーカーの工場が閉鎖されたため修理に必要な部品がどこを探してもみつからないと言っても聞く耳を持たず、なんとかしてくださいと、しつこく電話をしていた。やがて、中丸屋文具売り場の係長・水島が、代替として提案する腕時計を持って、十和子が住む陣治のマンションにやってきた。

 十和子は、水島と体の関係を持ち始めた。マンションで、十和子は水島の携帯番号を途中まで押したが、昨夜に体を重ねたばかりで今また電話をかけたら嫌われると思い、回線を切った。そして、覚え込んでしまっている黒島の携帯に電話を掛けた。7回目の呼び出し音が鳴り始めた途端、切断ボタンを押した。電話の子機が手から滑り落ち、気付いたときにはベッドの中にいた。

 黒崎の携帯に電話をしてから3日目の朝、マンションに天満警察署の酒田がやってきた。酒田は、十和子に黒崎の携帯に電話をかけたことを確認すると、携帯の以前の持ち主である黒崎は5年前に行方不明で失踪届が出ていることと、携帯電話は黒崎の妻が持ち続けていることを告げた。

 十和子は、水島と逢瀬を重ねるようになり、陣治に尾行されていることを感じた。水島とホテルに入って出て来るまでの4時間、電柱の影に隠れて見張っている陣治の姿を想像した。十和子は水島に金を渡すようになっていたが、ホテルで水島と逢瀬を重ねてから陣治のマンションに帰りたくないと感じ、夜中の1時過ぎだったが姉の美鈴の家に行った。

 十和子は、美鈴に、黒崎が失踪したことを告げた。美鈴は、陣治はそのことを知っているのかと十和子に尋ねた。十和子は「知っているわけないじゃない。わたしも昨日まで知らなかったくらいなんだから」と告げた。美鈴は、陣治は「やっぱり知ってたんじゃないかしら」と話し始めた。5日ほど前、マンションに帰ってこない十和子を心配して、陣治は美鈴にそちらに行っていないかと電話をかけ、「男でもできたんじゃないか」と告げていた。美鈴が陣治に「まさかとは思うけど、じゃあまた黒崎さんとこっそり会ったりしているのかもしれないわね」と口にすると、「それはちがうって。男だとしても、黒崎さんだけは除外して考えていいって、いやに確信ありげに言うの。なんだろうこれはって、ちょっと変な感じがしたのよね、そのとき」と告げた。

 十和子は、ちょうど黒崎が失踪したという5年前、明け方に目を覚ますと、浴室で音がして、陣治が泥と血に汚れた作業服を洗面器に浸している姿を見た記憶を呼び起こした。陣治自身、十和子に「あったこと全部、言おか?」、「せやけど、そっちもそれなりの覚悟してや。言うてしもたら、もう元どおりにはならへん。全部が変わってしまう。聞く以上はその覚悟してや」などと話したことがあった。

 十和子は、黒崎は陣治に殺されたのではと疑い始めた。

彼女がその名を知らない鳥たちの読書感想文(ネタバレ)

 「彼女がその名を知らない鳥たち」は読み終えて、陣治は、本当はどんな男なのだろうと思いました。

 「彼女がその名を知らない鳥たち」は、十和子が自分のことを「私」と語る一人称ではないものの、十和子の視点から書かれている小説なので、陣治については、十和子の妄想も含めて、十和子が理解できることだけが記されていました。十和子は、陣治を毛嫌いしていますので、陣治についての情報は、牛飼い農家の息子だとか、3歳で母親が死んだ後、経済的にも精神的にも貧しい父親と祖父母と2人の未婚の叔父たちに育てられたことや、十和子の腕時計をチャーシュー麺の中に落としたことなど、マイナスのことばかりが綴られます。

 陣治の描写も、狭い牛舎に閉じ込められたまま一生を終える牛の話など、子どもの頃の話を何度もすることなどばかりが記されます。いつの間にか、陣治は、つまらない男なのだろう、などと思ってしまいました。

 しかし、終盤になるにつれて、陣治の言葉に妙な重みを感じ始めました。そして、陣治は、不器用なだけで、(おそらくは大切育てられたことがないゆえに)自分を大切にすることを知らない人間であり、(おそらくは誰かに助けてもらった経験がないゆえに)誰かに助けてもらうとか信頼のできる仲間を作ろうだとかいう発想を持っていなかったため、大企業という能力と情熱だけでは活躍できない社会の中で能力と情熱だけで活躍しようとしてしまった人なのかもしれないと思うようになりました。

 さらに、陣治の十和子に向けた、「思い出したら戦える。もう死人にばっかり指図されることはあらへん」という言葉を読んで、陣治は相手の立場になって相手にとって何が一番必要なのかを考えて、相手を思いやることができる人間なのだと思いました。

 そして、「楽しかったなあ、十和子。ほんまに楽しかった。この生活いつ壊れてしまうんか思うさかい、いろいろなことあってもあんだけ楽しかったんや」と陣治が振り返った場面を読んで、陣治が時間に風情を感じ、時間に人生を重ね合わせて味わうことができる人間なのだと思いました。

 そう感じると、陣治が十和子に希望を託して自分自身に決着をつけたラストシーンに納得してしまいました。陣治は、自分の心の中の時間が子ども時代のままで止まってしまっているがゆえに、十和子が心の中の時計の針を十和子自身の手によって前に進めなければならないと感じたのかもしれないと思いました。

 そう考えると、十和子の視点で書かれている最後の一文が心に染みました。(竹内みちまろ)


→ ユリゴコロ/沼田まほかるのあらすじと読書感想文


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