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映画「ポーラX」のあらすじと感想

竹内みちまろ

 「ポーラX(PolaX)」という映画をご紹介します。監督:レオス・カラックス、1999年/フランス/ドイツ/スイス/日本、主演:ギョーム・ドパルデュー、カトリーヌ・ドヌーヴ、カテリーナ・ゴルベワ、デルフィーヌ・シュイヨー、ペトルータ・カターナ、ミハエラ・シラギ、ローラン・リュカ、サミュエル・デュピイ、パタシュー、シャルナス・バルタス。

 「ポーラX」は、ある小説家の物語でした。「ポーラX」は、のどかな風景ではじまります。スプリンクラーが撒き散らす水しぶきが気持ちのいいくらいに映しだされます。芝生の先には、こじんまりとした建物があります。「こじんまりとした」と書きましたが、世間的な感覚で言えば、それはもうお屋敷の部類に入る城館です。主人公の青年は、そこで母親と2人で住んでいます。青年は、母親の口をとおして父親の姿を知ります。城館があるのは、都会から離れた森の中のようです。近くには、フィアンセがこれまた立派な家に住んでいます。青年とフィアンセが手をつないで草原を駆け下りる場面がありました。青年は、この草原は僕たちの成長を見守ってきたと告げます。大学生と思われる少女みたいなフィアンセは、この世の幸せを独占するかのような笑い声をあげています。2人が着ていたシャツが、まぶしいくらいに、真っ白でした。白いシャツを白いまま保つのは、これはもう、最大級のぜいたくです。体になじんだ真っ白なシャツを当たり前のように着こなしている人がいたら、その人は、間違いなく、上流の人間です。そんな場面がたっぷりと描かれたあとに、ふと、フィアンセが不安そうな顔を見せました。青年は、フィアンセをなぐさめます。でも、フィアンセは、瞳を曇らせたままでした。青年は、夢を見たようでした。青年は、顔もわからない夢の中の女性に繰り返し脅かされているようでした。フィアンセはますます不安がります。今にも、泣きそうになってしまいます。青年は、いつの間にか、いらだってしまいました。フィアンセは、青年が自分とは違う世界に行ってしまうかのような恐怖を本能的に覚えてしまったのかもしれないと思いました。「ポーラX」は、そんな青年の前に謎の女性が出現する物語でした。

 「ポーラX」は、不思議な雰囲気のある作品でした。序盤から、まぶしいくらいの日を浴びた風景を背景に、真っ白な服を着た人物たちを登場させています。それでいて、白夜のような夜の場面では、木陰から物音が聞こえたりします。青年と謎の女性が、薄暗い夜の森をさまよい歩く場面がありました。なんとなくダンテの「神曲」に出てきそうな雰囲気でした。謎の女性は、浮浪者のような格好をしています。諸国をさすらいながら、青年に会うために、国境を越えてフランスまで来たようです。どうやら、青年の父親は、鉄のカーテンの向こう側に赴任した外交官のようです。謎の女性は、青年の父親が別の女性に産ませた腹違いの姉のようでした。姉に出会った青年は、何かを思いつめはじめました。青年は、母親にフィアンセを置いたまま遠くに行くと告げます。荷物をまとめた青年は、おもむろに、庭からハンマーを持ち出してきました。開かずの間になっていたドアをこじ開けて、屋敷の奥へと入っていきます。階段をのぼった先にあるセメントで固められた扉をハンマーで壊しはじめます。母親が、やめなさいと悲痛の叫びをあげます。青年は、母親の制止を聞かずに、扉をこじ開けてしまいました。でも、部屋の中は空っぽでした。青年は、部屋の中で我を失って呆然としていました。家を出た青年は、姉のもとへ行きます。青年は「僕はずっと待っていた。この世を越えるきっかけを」と姉に告げます。「ポーラX」は、どうやら、「真の人生を生きたい」と願った青年が「隠された真実を知る」ための旅に出る物語のようでした。

 「ポーラX」で描かれていたのは、姉と2人で旅に出た青年の姿でした。途中でできた怪しげな道づれといっしょに、青年と姉はどんどん落ちていきます。2人が安ホテルにいたときでした。姉が青年に「新しい小説は書いてないの」と問いかける場面がありました。青年は、今までに書いた小説にも、次に書こうと構想を練っていた小説にも、嘘しかなかったと答えました。青年にとっては、姉は、自分を目覚めさせてくれた精神的な存在で、もしかしたら、「隠された真実」そのものを象徴するような存在なのかもしれないと思いました。

 「ポーラX」では、印象に残っている場面があります。青年と姉は、ホテルにも居られなくなってしまいます。道づれの紹介で、さらに怪しげな場所に移ります。港湾地帯にある巨大な倉庫の中でした。怪しげな倉庫に、どうやって居場所を突き止めたのかわかりませんが、フィアンセが来る場面がありました。フィアンセは、上品なグレーのコートに身を包んでいます。どう見ても、気だてのいい、誰からも愛される良家のお嬢さんでした。でも、フィアンセの言葉を聞いて、人間の直感の恐ろしさを知りました。フィアンセは、青年に会いに来たというよりは、乗り込んできたという感じでした。フィアンセは、「あなたを守りたいの」と青年に告げます。フィアンセは、「あの人がそうなの」、「あなたの邪魔はしない」、「私はずっと無表情でいる」とたたみかけます。フィアンセは、自分を連れ戻しにきた従兄と弟を振り切って、倉庫の中に入っていきました。フィアンセは、青年が人間としての幸せを失ってしまう「すべての外側の世界」に行こうとしていることを本能的に悟っているようでした。青年の人間としての幸せを一番に考えるフィアンセは、青年のことが心配で仕方がなかったのだと思いました。フィアンセにとっては、青年の姉は、青年の夢の世界から出てきた得体の知れないゴーストのようなものに見えたのかもしれません。そして、青年にとっても、姉は、もしかしたら、存在を疑ったらその瞬間に死んでしまう幻なのかもしれない、あるいは、青年自身がそう信じたがっていたのかもしれないと思いました。

 「ポーラX」のストーリーは、青年たちが倉庫に移り住んでから、めまぐるしく展開していきます。青年は、倉庫をぎゅうじっていた組織のリーダーをモデルに小説を書きはじめます。青年は、「テーマを見つけた」、「彼はモデルになる」、「この世の大きな嘘がわかった」と興奮していました。フィアンセは、体を壊して倉庫の中で寝込んでしまいます。青年は、フィアンセにそっと毛布をかけます。フィアンセは、「私はいいの、あなたが使って」と声をかけます。青年は、ストーブもない部屋で、服を何枚も着こんでいます。紙の表面の繊維をペンで削り取る音をさせながら小説を書き続けています。青年は、偽名を使って原稿を出版社に送りました。

 「ポーラX」はラスト・シーンが強烈なインパクトを持つ作品でした。「ポーラX」のクライマックスで、青年は、「一族を根絶やしにしてやる」と言って従兄を殺してしまいました。青年は、父親や一族に対して何かしこりのようなものを持っていたようです。しかし、「ポーラX」のなかで、青年の家族に対する物語は語られません。従兄を射殺した青年は、取り押さえられてしまいました。人ごみをかき分けて、フィアンセと姉が青年に駆け寄ります。そんなフィアンセを、フィアンセの弟がもの凄い力で取り押さえます。フィアンセの弟は、フィアンセを青年のもとへは行かせませんでした。姉だけが、青年のもとへとたどり着きます。姉は、青年を見つめます。姉は、何も言葉にできませんでした。姉は、訴えかけるような瞳で青年を見つめます。しかし、心を失ってしまった青年は、何も答えませんでした。青年は、護送車の中にぶちこまれてしまいました。青年は、護送車の中で我を失って呆然としていました。全てを失った青年は、世界から隔離されてしまいました。いくらハンマーでたたいても特殊車両である護送車の扉は開かないと思います。そのときでした。姉の瞳に確信的な意志が宿りました。姉は、警官を振り切って、走り出した護送車の前に飛び込みます。フィアンセは、反射的に弟の目をふさぎます。ごつんと、嫌な音が響きます。護送車がゆれます。

 青年が失ってしまった世界には、何があるのだろうと思いました。フィアンセは、自分がどんなに弱っていても反射的に弟の目をふさぐような優しくて美しい心を持っています。フィアンセと結婚して、つつましくとも2人で手を取り合って暮らしていけば、人間としては、幸せになれます。しかし、青年にとって、フィアンセはもう手の届かない場所にいました。青年がこだわり続けた家族や父親への感情は、失ってしまった世界の中に青年自身が置いてきていました。青年は、大きな嘘を暴き立てるために自分の外側に広がる世界の中にテーマを探していました。しかし、必死の思いで書いた小説は出版社から「妄想と混乱の産物で、ただの模倣」と言われてしまっていました。そして、その存在、あるいは、その存在との関係の中に真実が隠されていると思っていた姉は、自ら、自分の存在を消してしまいました。青年は、ほんとうに、何もかもを失って、一人ぼっちになってしまったのだと思いました。

 しかし、「ポーラX」は、そんな青年の心の中に、変化が訪れた場面で終わりました。姉は、確信的な瞳で青年に何を伝えたのだろうと思いました。もしかしたら、姉は「隠された真実」はこの世界の中ではなくてあなた自身の心の中にあるのよと言いたかったのかもしれないと思いました。それは、人間としては不幸なことかもしれないけど、あなた一人の手で見つけに行かなきゃならないのよと伝えたかったのかもしれないと思いました。姉は、心の中の「隠された真実」に目を向けさせるために、自らの存在を消したように感じました。姉は、もう私にできることはないわ、ここから先は、とほうもなく孤独で辛い道のりだけど、世界との関係を断ち切って、あなたがたった一人で行かなきゃならないの、たどり着けるかどうかはわからない、でも、みんなこの道を行ったのよ、愛しい人よ、さあ、行きなさいと伝えたのだと思いました。

 「ポーラX」のラスト・シーンでは、ぼんやりとですが、光に照らされた森の風景が映しだされました。


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