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女坂/円地文子のあらすじと読書感想文

2005年9月20日 竹内みちまろ

女坂/円地文子のあらすじ

 「女坂」は、孤立無援の生涯を生きた「明治の女」を描いた作品でした。小説は、まだ20代後半と思われるヒロインの倫(とも)が、東京に出てきて、夫の妾を探す場面からはじまります。時代は、維新のご時世です。夫は、自由民権運動を弾圧した「福島事件」で有名な「泣く子も黙る鬼県令」と言われた人物の懐刀です。出世をすれば女を囲うのは当たり前、また、そうすることが男の社会的な地位を優位にした時代でした。

 倫(とも)は、20代の若さにして、女の生涯を終えました。夫の肉欲は、10代半ばの妾たちに向かいます。倫は、自分で次々と見つけてきた妾や女中たちを取り仕切り、一方では、未納や踏み倒しが絶えない土地の管理を一人でしています。倫は、家を取り仕切る支配人となっていました。本書の読み応えは、醒め切ってしまった倫の心と、そんな倫の心をいかんなく浮き彫りにしている文章にあると思いました。倫は、自分の感情すらも、醒めた目で見つめています。周囲の人間は、倫と接するうちに、いつのまにか、恐怖に包まれて行きます。倫の人生は、愛情を失い続ける人生でした。倫の孫が、倫から離れていく場面がありました。倫は、青年となった孫が、腹違いの妹に、兄弟を越えた愛情を持っていることを見抜きました。倫は、女学校を出るとすぐに、妹を遠くへ嫁がせてしまいました。孫は、何も言わずに妹を嫁がせた倫に、不気味さを感じました。倫は、そんな孫の心のうちまでも見透かしていました。自分から離れていく孫を、醒めた目で観察していました。

 老齢となった倫が坂を登る場面がありました。孫が女中を妊娠させたことの後始末を一人で済ますためでした。病んでいた倫は、高配の急な坂をゆっくりと登ります。途中で足を止めるたびに、貧しくても、つつましい明かりが灯された家々が目に付きます。

「小さな幸福、つつましい調和……結局人間が力限り根限り、呼び、狂い、泣きわめいて求めているものはこれ以上の何ものであろうか」

 しかし、倫は、心を鎧で囲って生きています。誰にも、心を開きません。 「呼び」、「狂い」、「泣きわめく」こととは、無縁の人生を送ります。周囲の人間は、そんな倫から離れていきます。倫も、自分から離れていく人間たちを、心の中で観察します。「女坂」は、人間が心の奥底で見ているものを、淡々とした文体で、これでもかという具合に、提示します。

 「女坂」は、倫が死の床に伏す場面でクライマックスを迎えます。倫は、夫の姪の豊子に、夫への伝言を命じます。葬式は無用、死体は海の中に捨ててくれと。豊子は、自分の心の中だけにしまっておくのが怖くなって、倫の言葉を、倫の夫に伝えました。

「そんな莫迦な真似はさせない。この邸から立派に葬式を出す。そう言ってくれ」

 倫の願いはむなしく、立派な葬式を出されてしまうようです。骨は、倫が憎み続けた家の墓に入れられてしまうのかもしれません。

女坂/円地文子の読書感想文

 「女坂」を読み終えたときに、正直に言いますと、違和感を覚えました。豊子から倫の伝言を聞いた倫の夫は、40年来連れ添った人生の中で、はじめて、妻から「この家から解放されたい」という怨念を投げつけられます。夫がそのことをどこまで感じとったのかは別の問題ですが、「女坂」の最後の一文は、倫の言霊が傲慢な夫の自我にひびを入れたことを描いていました。「女坂」は、最後の一文を書き換えるだけで、作品の全てが変わる小説だと思います。例えば、「そんな莫迦な真似はさせない。この邸から立派に葬式を出す。そう言ってくれ」と言った後に、そろそろ梅の時期なので芸者でも呼んで梅を見に行こうなどと、あいもかわらずに、自分のことしか考えない夫の姿を描くことも可能です。「女坂」を読んできた読者は、そんな場面を提示されても、違和感なく受け止めるだろうと思います。そうすれば、倫の人生は、その心のうちに秘めた願いまでも踏みにじられて忘れ去られます。心の中に苦しみを抱きながらも、それを心のうちに秘めたまま葬式を出されて、その家の墓に入れられる、また、たとえ苦しみを訴えたとしても、「莫迦な真似はよせ」の一言で片付けられる、そんな、人生が「明治の女」かもしれません。しかし、円地文子は、「女坂」を、「絶望」ではなくて、「希望」で終わらせたように思えました。文学には、「希望」を描いた作品と、「絶望」を描いた作品があると思います。「女坂」を「希望」で終わらせているところに、円地文子の「思想」を感じました。


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