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ユートピア/トマス・モアのあらすじと読書感想文

2005年4月1日 竹内みちまろ

 トマス・モアの「ユートピア」(平井正穂訳)のあらすじと感想をご紹介します。

 トマス・モア(1478-1535)はロンドンに生まれました。法律家として大法官の重職につきます。秩序と平和を愛しました。トマス・モアが生きた時代は、中世的な価値観が打ち破られる時代でした。イギリスでは、「囲い込み」が行われていました。農地から締め出された農民は、餓死するか犯罪に手を染めるかの選択を迫られていました。ドイツでは、ルターによって、宗教改革の火の手が上げられます。トマス・モアは、ローマ・カトリック教会を信じていました。臣民としてはイギリス国王に、宗教ではローマ教皇に属する立場のようでした。

 トマス・モアは「ユートピア」という本を書きました。「ユートピア」という言葉は、トマス・モアの造語だそうです。「どこかにあってどこにもない」という意味です。トマス・モアは、「ユートピア」をラテン語で書きました。イギリス王に属する臣民ではなくて、ローマ・カトリック教会の信徒の立場から、国家という枠組みを越えて、全ヨーロッパに語りかけたかったのかもしれません。

 「ユートピア」は、おもしろい構成になっていました。「ユートピア」は、「第1巻」、「第2巻」、「手紙」という3部構成です。「第1巻」の中で、トマス・モアは、ある男に会います。男は、ユートピア島を訪れた話をはじめました。そこでは、ユートピア人たちが、地上の楽園とも思われる共和国を作り上げていました。「第2巻」は、トマス・モアが、男から聞いた話を整理する形式になっています。ユートピアの具体的な制度(「法律」、「戦争」、「信仰」、「結婚」など)が語られていきます。

 興味を引いたのが、最後に添付された「手紙」でした。「手紙」は、トマス・モアがある友人に送った私信という形式をとります。そのなかで、自分は男から聞いた話を「第1巻」と「第2巻」にまとめたが、そこには、記憶違いもあるだろうし、また、トマス・モア自身も納得ができない個所があることが書かれていました。トマス・モアは、手紙を受け取る友人に、ユートピアを語った男に連絡を取って、真意を確かめて欲しいと依頼していました。

 ユートピアは、トマス・モアが心の中に作り上げた共和国です。ユートピアも、ユートピア島を語った男も、実在しません。しかし、トマス・モアは、「手紙」で本書を終わらせていました。「手紙」の中で、わざわざ、本編の記述には、トマス・モア自身が納得できない個所があることを付け加えています。「手紙」には、『ユートピア』に物語性を付与することと、現実社会の批判をやわらげる意図があったことが、解説に書かれていました。

 ユートピアは、夢のような国でした。ユートピアには、貨幣がありません。共産制をとっています。どことなく、原初キリスト教団の匂いもします。信仰の自由は保障されていますが、ユートピア人は、「万物の父」を信じる一神教徒です。ユートピアは、奴隷制をしいています。奴隷は、悔い改めれば、自由人になれます。人々は、私利私欲よりも、共和国の繁栄を優先します。

 「ユートピア」には理想の社会が書き連ねられていました。それは、結果として、現実社会の批判となっていたのかのしれません。「ユートピア」の中には、イギリス王と思われる人物を痛烈に批判している個所もあります。また、信仰の自由は保障しながらも、「異教徒」の存在価値は否定しています。自殺者を出した家は、厳しい迫害を受けます。ローマ・カトリック教会に身を捧げる者として、ギリギリの思想なのかもしれないと思いました。

 「ユートピア」を読み終えて感じたことは、「ヨーロッパ共和国」への夢でした。「ヨーロッパ共和国」とは、「キリスト教共和国」でも同じ意味です。国や制度、民族は違っても、ヨーロッパはキリスト教という同じバックグラウンドを持っています。我々は「夢」というと未来を思い浮かべますが、ヨーロッパ人の「夢」とは、ローマ帝国の昔の姿に帰ることかもしれません。日本で「ユートピア」と言うと、何か、夢想家のような印象を受けます。しかし、ヨーロッパの(あるラインを超えたランクの)人間であれば、襟を正して耳を傾けるのかもしれないと思いました。

 現在、ヨーロッパ統合が進んでいます。2000年かけて、統一通貨が流通する段階にまでたどり着きました。もう2000年したら、本当に、「ヨーロッパ=キリスト教共和国」ができているのかもしれません。トマス・モアの思想の中に、「ヨーロッパ人の夢」を感じました。


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