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ユートピアだより/ウィリアム・モリスのあらすじと読書感想文

2005年7月11日 竹内みちまろ

ウィリアム・モリス

 ウィリアム・モリス(1834-86)は、ロンドンの郊外に生まれました。ウィリアム・モリスは、詩人として、工芸家として著名であり、また、社会主義者として、イギリスの社会主義史に名を残しているそうです。ウィリアム・モリスが生きた時代は、産業革命に成功した大英帝国が世界中に進出した時代でした。当時のイギリスは、「おくれた者は悪魔に食われろ」の時代だったそうです。機械力の勝利は、人々を、営利の追求に走らせました。結果として、富みと権力の集中を生み、貧富の差を拡大させました。それまでに培ってきた、感性や価値観が全て否定されました。芸術は、生活必需品ではなくて、贅沢品とみなされるようになります。ウィリアム・モリスは、社会主義者であり、芸術家でした。ウィリアム・モリスは、理想実現の手段としての社会主義に傾倒したようです。マルクスが経済的視点から考察したのとは一線を引いて、ウィリアム・モリスは、人間性という視点から社会主義を追求したように思えました。ウィリアム・モリスは、営利の追求を是とする文明を否定します。これからご紹介する「ユートピアだより」では、主人公が迷い込んだ未来の世界にはお金が存在しませんでした。差別も抑圧もなく、万人が芸術的な活動の中に悦びを見い出す社会を見ていたようです。

ユートピアだよりのあらすじ

 ウィリアム・モリスが著した「ユートピアだより」(松村達雄訳)は、主人公が未来の世界に迷い込む、ある種のファンタジー小説です。「ユートピアだより」に書かれた物語は、1880年代からはじまります。ある夜に、「同盟」のあじとで、「革命」が成功したあかつきにはどんな社会が実現するのだろうという議論がなされました。おだやかな議論は、やがて怒鳴りあいになり、「友人」は、疲れ果てて家路についたそうです。寝床にもぐり込んで翌朝に起きると、「じつにおどろくべき体験をした」という展開です。「ユートピアだより」は、友人の一人称に変わります。「わたし」が未来のロンドンに迷い込んだ話が語られます。「ユートピアだより」は、思想書というよりも、物語として、読み応えのある作品でした。未来に迷い込んだ「わたし」は、いつも見ている場所には違いないが、何かが違う風景にとまどいます。そんな「わたし」に、人々は、こころよく話しかけてきます。「わたし」は、違う街並み、違う人々を警戒します。自分からは何もしゃべらずに、人々や町の様子から、自分に起きた現象を探ろうとします。

 「ユートピアだより」では、印象に残っている場面があります。「わたし」は、周りの様子を観察しながらテムズ川の渡し舟に乗りました。船頭と、わずかに言葉を交わしながら、煙を立てている工場の煙突がすっかりなくなっていることに気が付きました。船が桟橋に戻ったとき、「わたし」はいつもの習慣で、「如何ほどですか」と訪ねます。船頭は、「何をたずねていらっしゃるのかさっぱりわかりませんね。潮時のことでしょうか。それならもうそろそろ潮の変わり目です」と答えます。未来の世界には、お金が存在しないことを示すのに、ウィリアム・モリスは、わざわざ、「わたし」をテムズ川の船に乗せて、警戒する「わたし」が、ついいつもの習慣で、「いくらですか」と聞く場面を作り上げています。先急ぎをしないストーリーの中で、説明はせずに、たっぷりと物語を描写していく展開が、「わたし」といっしょに、読者をも、未来の世界に誘い込むのだと思いました。

ユートピアだよりの感想

 「ユートピアだより」のストーリーを簡単に説明すると、「わたし」は、人々に招かれてある老人が住む家を訪れます。「わたし」の素性を見抜いた老人は、今にいたるまでのイギリスの歴史を語ってきかせます。イギリスでは、1952年に革命が起きたようです。内乱を経たのちに、資本主義から社会主義への移行が実現したことが語られました。未来の社会では、知的労働よりも、夜の心地よい眠りを提供してくれる肉体労働が喜ばれています。人々は、自然の中で、芸術的な活動に喜びを見い出します。お金は存在しません。みんなが一人のために、一人はみんなのために動くことで、社会は運営されています。「わたし」は、常に、19世紀の価値観で未来を見ているのですが、そんな「わたし」には、未来の人間が、あまりにも実年齢よりも若く見えることに驚きます。美しい娘だと思っていた女性が40代だったりします。初老の紳士が90歳だったりします。人々は、美しく着飾り、恋をしています。社会のありかたを描写するのに、人間の顔ほど説得力を持つものはないのだと思いました。

 そんな未来に紛れ込んだ「わたし」は、恋の予感を感じさせる女性に出会います。しかし、「黒い雲のかたまり」に飲み込まれて、1880年代の現在に帰ってくるという物語でした。そんな「わたし」が迷い込んだ未来とは、いつでしょうか。「わたし」がこの橋はどれほど経っているのでしょうかと聞くと、船頭は、「そんなに古くはありませんよ」、「開通したのは紀元2003年のことです」と答えます。「わたし」が迷い込んだ未来は、21世紀の初頭、ちょうど、今のこの時代です。19世紀を生きたウィリアム・モリスにとっては、21世紀初頭は、100年以上も先の未来です。それだけの時間は、戦争と享楽に溺れる人々が、次の段階に進んでいるには、十分な時間だと判断したのかもしれないと思いました。


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