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ブエノスアイレス午前零時/藤沢周のあらすじと読書感想文

2014年9月23日 竹内みちまろ

ブエノスアイレス午前零時のあらすじ

 新潟と福島の県境にある温泉ホテル「みのや」は110坪のコンベンションホールが自慢で、ダンスの団体客を目当てに営業していました。

 「みのや」で働くカザマは、東京・日本橋にあった広告代理店を辞め、父親が町で一軒の豆腐屋を45年続けている故郷に戻ってきます。広告代理店に勤めていたころは、ディオールのオウ・ソバージュというコロンを付けていましたが、「みのや」で働くようになってから温泉卵の匂いが染みつきます。実家の隣町のバブル時代のなごりのリゾートマンションを月2万円の家賃で借りて暮らしています。

 カザマは「みのや」の新館で、サングラスをかけたミツコを見かけます。70歳を過ぎたミツコは、神奈川から来たダンスサークル・サルビアダンス会のメンバーで、妹のヨシコに連れ出されて、「みのや」にやってきていました。視力を持たないミツコの歩き方が不自然だったため、カザマは、「お客様、どちらへいかれますか? そちらは非常口になります」と声を掛けます。フロントに行きたいというミツコは、「わたし、サン・ニコラスに、電報を打たないといけないの」と口にします。カザマは、ミツコが「いかれている」と確信します。

 カザマがトイレの個室でたばこを吸っていると、サルビア会の男性会員2人が用を足しながら、「サルビア会も、人を選べといっとるんだよ」などと小声で話し始めます。ミツコのことを、「専属のパンパンだったという話じゃないか」「あの目だって、ほれ、梅毒が回ったというじゃないか」などと話しました。

 ダンスパーティの時間になると、サルビア会の会員たちは、色とりどりのドレスに身をまとい、シャンデリアの下に集まります。カザマは乾杯のためのシャンペングラスが行き渡ったかを確かめます。

 ミツコは胸元が大きく開いた濃いブルーのドレスに、大粒のラインストーンのネックレス、大きめのサファイアの指輪に、シルバーのダンスシューズといういでたちでホールにいました。カザマは、「いかがでしょう?」と誘います。「わたしは、いいの」と返事をしたミツコは、「ダンスは、あなた、もう、五〇年も前の話……」と昔のことを断片的に口にし始めました。ミツコは、「あなた……、温泉卵の、いいにおいがするわ」とカザマに声を掛け、「温泉卵、食べたくなっちゃったわ」と言います。

 カザマが温泉卵を用意して戻ると、ミツコは「……温泉卵? 何かしら?」と先ほど自分が口にしたことを忘れていました。「わたし、そういったのね? そうだったかも知れないわ。……ねえ、あなた、歳を取ると、ひどいの、全部忘れちゃうの」などとカザマに話しかけます。ミツコの手から温泉卵が落ちてしまい、カザマが受け止めようとしましたが、床に落ちてしまいました。踊っていた会員の靴を汚してしまいます。会員は「何、これ! 何よ、これ!」と悲鳴をあげ、サルビア会のメンバーたちは、ミツコをさんざん罵ります。ミツコは口をじっとへの字に結んでいました。

 カザマは、ヨシコから、ミツコには正常なときと、おかしい時があることを聞ます。ダンスホールで口をへのじにして黙っていたときはミツコが正常な時であり、同時に、恐ろしく明瞭なときでもあるそうです。

 ミツコが温泉卵を床に落とした翌日、「みのや」の従業員たちは、ミツコが今夜のパーティに姿を見せるかどうか、3千円の賭けをしました。カザマは、ミツコが来る方に賭けます。ミツコは、昨日と同じ場所に、同じドレスを着て座っていました。

 カザマは、誰もミツコとは踊らないだろうと思います。「自分でさえ嫌だった」と思い返します。しかし、サングラスをかけた視力を持たない老女と自分が踊る姿が頭の中に見えて、鳥肌がたちます。カザマは、「だが、たぶん、自分は踊るのだろう」と思います。

 カザマは「踊って頂けますでしょうか?」と声を掛けます。ミツコは断りましたが、やがて、「でも、タンゴ、が、本当は、一番、好きなのよ……」と承諾します。2人はゆっくりとタンゴを踊り始めます。何十年ぶりかで踊ったミツコは、「でも、恥ずかしいわ……みんな、見てるわね、きっと……」と恥じらいます。みんな、ミツコとカザマの様子を見ていましたが、カザマは「大丈夫です……誰も見ていないです」と答えました。

ブエノスアイレス午前零時の読書感想文

 「ブエノスアイレス午前零時」は読み終えて、語られない物語を想像しました。

 アルゼンチンで春を売っていたというミツコの物語も、かつてはエリート広告マンだったと思われるカザマの物語も、何も語られません。老人客たちがダンスパーティのために泊まりにくる雪国のさびれたホテルでの様子しか語られません。

 印象に残っている場面があります。ラストシーンで、カザマが、自分はミツコと踊るだろうと確信する場面です。

 ホテルの従業員や、サルビア会の顧客たちは奇異な目でカザマとミツコを見ます。ミツコは周りの様子を見ることはできません。人間というものは、突き詰めればみんな孤独な存在で、誰にも自分の中の物語を理解してもらえない存在なのかもしれません。しかし、それでも、カザマのように手を差し伸べることで、他人の世界と自分の世界が触れ合い、そこにまた別の新たな世界が生まれるのかもしれないと思いました。


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