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氷菓/米澤穂信のあらすじと読書感想文

2012年9月9日 竹内みちまろ

氷菓/米澤穂信のあらすじ

 『氷菓』の最初の章は、手紙になっています。部活動が盛んで文化祭が地方の名物行事になっている神山高校に入学した主人公の折木奉太郎(おれき・ほうたろう)へ宛てた、神山高校の卒業生でインドを旅行中の文武両道の女子大生の姉・供恵(ともえ)からの手紙でした。「古典部に入りなさい」と記されています。古典部は現在部員ゼロで、今年入部者がいなければ消滅するそうです。手紙には「姉の青春の場、古典部を守りなさい」「どうせ、やりたいことなんかないんでしょう?」とも。

 手短な手紙が終わると、本編ともいえる第2章が始まり「高校生活といえば薔薇色、薔薇色といえば高校生活」と書かれています。「しかしそれは」と続き、すべての高校生が薔薇色を望むわけではなく、勉強・スポーツ・色恋沙汰にも興味を示さない「灰色を好む人間」もいると記されます。奉太郎は、どうやら、その「灰色」を好む部類に入るようです。が、手紙が届いたその日に、奉太郎は古典部の入部届を提出し、放課後、部室になっている地学講義室のドアをスペア―キーを借りて、入室しました。

 地学講義室には、思いがけず、同じ1年生で別のクラスの女子・千反田える(ちたんだ・える)がいました。神山の四名家の一つといわれる千反田家の令嬢で、「一身上の都合」があって古典部に入部。えるが先に入室したときにドアのカギは開いており、約3分後に奉太郎はスペアキーでかぎを開けて入室しました。つまり、えるは部屋に閉じ込められていたことになります。そのことに気が付くと、感情表現がストレートで、好奇心旺盛なえるが「わたし、気になります」と、どういった経緯でえるが閉じ込められたのかを知りたがります。同級生で高校入学前からの奉太郎の旧友・福部里志(ふくべ・さとし)も地学講義室に来て、奉太郎と里志は、えるの疑問を解くように考えをめぐらせます。「やらなくてもいいことはやらないのだ」という奉太郎は当初、「俺は帰るぞ、興味がない」と言いましたが、口元を引き締め、スカートを掴み、上目づかいににらむえるの迫力に負け、考えることになりました。

 下の階で作業をするような音がしたというえるの記憶と、里志が話す、中途半端な状態ではカギが抜けなくなっているという現在の学校の厳格な管理システムを聞き、奉太郎があっけなっく、天井の火災報知機の点検でもして回っていた用務員がカギを閉めたのだろう、という話をして、えるを安心させました。

 奉太郎と、えると、里志、そして、里志へ恋心を打ち明けている、奉太郎や里志と同じ中学出身の伊原摩耶花(いばら・まやか)を加えて、4人で、古典部が始まりました。奉太郎は、『神山高校五十年の歩み』という本が図書室から貸し出されたその日に返却され、それが繰り返されるという現象の謎を解いたり、古典部は文化祭にために「文集」を作ることになりますが、姉が電話で教えてくれた「文集」のバックナンバーのありかである「部室にある薬品金庫」を探し当てたりします。

 『氷菓』のストーリーは、えるが、奉太郎に、「学校以外で会いたい」と告げることで展開します。えるは、10年前にマレーシアに渡航して、インドで7年前から消息を絶っている(行方不明者は7年で法的に死が認定される)関谷純(せきたに・じゅん)という母の兄である伯父についての相談を、奉太郎へ持ちかけました。伯父は「コテンブ」で、幼稚園児だったえるの質問には何でも答えてくれていたのですが、ある日、「コテンブ」に関する質問をして、散々渋ったあげくに伯父は答え、その答えを聞いてえるは泣いたといいます。そして、泣くえるを、伯父はあやしてくれなかったとも。えるは、自分が何を聞いたのか、伯父がなんと答えたのかについて、奉太郎に、どう思うかと尋ねます。「お前の伯父は、撤回できないことをお前に話したんじゃないか」ということはすぐに推理できましたが、それ以上のことは、奉太郎は、「気が進まん」と言いました。厄介事だし、義理はないといいます。しかし、奉太郎は、他の人にも話して何か思いつかないかを聴くという「人海戦術を使えばいい」と口にしてしまってから、えるの伯父の話を知られたくないという気持ちに気が付いたり、また、えるが自分を信頼して頼んできたことに気が付いたりします。奉太郎は、伯父のことを心に留め、気が付いたことがあったら告げると返事をしました。

 古典部の4人は、1968年に発行された古典部の文集「氷菓・第2号」に、「関谷先輩」について記されていたことを知ります。「関谷先輩が去ってからもう、一年になる」「今年もまた文化祭がやってきた」「先輩は英雄から伝説になった」などの文章を読みました。えるによると、伯父の関谷純は高校を中退していたそうです。古典部の4人は、33年間に起きた「事件」の解明に乗り出します。

氷菓/米澤穂信の読書感想文

 『氷菓』は読み終えて、うまいなあ、と思いました。神山高校では、校舎の建物の中で格技場だけが古く、新入生である奉太郎たちはそのことに気が付くのですが、それが1960年代後半の政治と学生運動の時代に起きた「事件」のため、格技場が焼失してしまったためであることが終盤で明かされます。読み始めてしばらくは、単発の謎解きのような小話が重ねられていく小説だと思ったのですが、全体が33年間に起きた「事件」という謎解きの話になっていました。その事件は、千反田えるの伯父に関わることで、いうなれば、えるが何かを探す物語なのですが、それと、並行して、かつ、えるの物語に関わりつつ、奉太郎の物語も展開されていくところが読みごたえがありました。

 奉太郎の物語は、まさに現代を描いた物語だと思いました。奉太郎は、斜に構えているところもありますが、薔薇色を否定しているわけではなく、でもなぜか「灰色」「省エネ」「無所属」などに象徴される気持ちにとらわれてます。奉太郎の物語は、これまで否定的にとらえられていた、いわゆる「モラトリアム」とも違っていました。奉太郎は、別にやりたいことがないのなら無理にやりたいことを探す必要もなく、目的だとか、夢だとかいうものを持たなければならないというような概念自体に、本能的に疑問を持っているようにも見えました。「無気力」や「あきらめ」とはまた違う一方で、やけにクールです。

 そして、『氷菓』のすばらしい点は、そんな状態に陥っている奉太郎自身を含めて、なぜ奉太郎がそうなったのだとか、理屈っぽいことを誰もいわないところだと思いました。里志は、奉太郎のそんな性格を理解しているのですが、奉太郎に指図をしたり、自分の価値観を押しつけたりはしません。姉の供恵も、奉太郎の性格を理解していて、それではいけない、というよりも、そんなんじゃもったいないとでもいうような発想で、余計な(といえるかもしれないこと)を言ったり、余計な(といえるかもしれないこと)をしたりはしないのですが、ちゃんと奉太郎がいろいろな体験をして、世の中というものに触れて、今いる場所から一歩でも先へ進めるように姉なりに考えて、古典部へ入ることを命じたり、「文集」の場所を教えたりと、背中を押していました。

 『氷菓』では印象に残ってる場面があります。関谷純にからむ事件の真相を知ってから、奉太郎が姉に書いた手紙の内容です。奉太郎は、関谷が巻き込まれた事件は、

「生徒たちの活気に溢れるアクティブの行き過ぎがもたらしたものだ。そういうスタイルが『氷菓』というタイトルを産んだのなら、薔薇色というのも考え物だ。実際、あの事件のことを知って以来、俺は居心地の悪さを感じることはなくなった。自分のスタイルがいいとは思わないが、相対的に悪くはないだろうといまは思っている」

などと記しています。その後も手紙はまだ続きますが、奉太郎は、関谷の周りには、あれこれと声をでかくして叫んだり、他人を扇動したり、他人を責めたりしますが自分の名前は絶対に表に出さない人間たちや、「アクティブ」に立ち回りながらも自分は何も損をせずに終わってしまえば手のひらを返して自分のことだけを考えて前へ行ってしまうような人たちがたくさんいたことや、そのような人たちがうじゃうじゃとしている人間社会というものに触れたのではないかと思いました。奉太郎が抱えている問題の背景、姉が奉太郎に前へ進んでもらいたいと感じながらも奉太郎が前へ進めない背景には、社会のあり方やそれを生み出している人間の心の問題があり、あれこれと机上の空論を持ち出すことなく、そのような社会のあり方や人間の心をを、物語を通して描いているところが、『氷菓』という作品を秀作にしているのではないかと思いました。


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