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イッツ・オンリー・トーク/絲山秋子のあらすじと読書感想文

2011年10月29日 竹内みちまろ

イッツ・オンリー・トーク/絲山秋子のあらすじ

 直感で蒲田に住むことにした35歳かその前後の橘優子。かつては海外支局も経験した新聞社のバリバリのキャリアウーマン。会社員時代にうつ病をわずらい、休職、傷病手当での暮らしを経て、現在は、「画家」と書かれた名刺を持ち歩く。絵で受賞してからしばらくは売れたが、現在は、会社員時代にしこたま稼いだ貯金を取り崩している。

 蒲田で新生活を始めた優子の前に、複数の男性たちが現れる。

 44歳の従兄・林祥一は、ギャンブルの種銭を使い果たしてからはヒモをしていたが、女から追い出されて、優子の部屋に転がり込んできた。優子は、祥一の母である叔母が大好きで、共に医者の優子の両親は娘が「精神病」にかかったことを認めようとせず、現在は音信不通。優子は「本間事務所で働くようになったらこいつはいつまでも居候を続けるのだろうか」と想像するが、帰り際に「優子ちゃんはいい人だよ」と「余計なこと」を言って「わりとあっさり帰っていった」。

 祥一がボランティアで選挙運動の手伝いを始めた本間は、優子の同級生。童貞でED(勃起障害)を持つが、ある日突然政治に目覚め、区議会議員を務めている。女を安らぎで包み込み女の心をとろかす一面も持っているが、優子は、本間本人はそれを自覚していないと想像。

 優子、本間の同級生で、「バッハ」こと小川誠。声がハスキーで、金髪のロンゲで、顔もバッハに似ているが、県庁勤めを辞めて、派遣で働いている。現在は、派遣の仕事に休みをとって本間の選挙運動を手伝う。優子は、「照れ笑いの裏に議員に立って欲しいという彼の祖父や父の期待があったのかもしれないと想像した」。いまだに「文学」をやっている。

 ほか、出会い系サイトのさくらをしていた時に知り合った「痴漢」。クールで用心深い分、合意の上の痴漢行為に、優子はただ快感をむさぼっている。また、2歳年下で、本物の薬きょうを持ち歩くヤクザの安田は、優子を真夜中に呼び出して、「俺のことで誰かに何か聞かれても一切知らぬ存ぜぬで通してください」と別れを告げた。「まあ、私はなにも言わないよ」「優子さんはそう言うと思ってました」

 そして、野原理香。学生時代からの友人で、26歳の時、1人で運転していた車で玉突き事故に遭遇して死んだ。優子は、新聞社の社会部にいてその事故を報道した。その事故のことを思い出すと「今でも現場の画で頭が一杯になる」。「彼女だけが私に説教をした。大学を出てからもよく会っていた。二人とも若くて何も社会のことなんかわからなかったけれども彼女だけが、私の独走を阻んだ」

 優子のもとに転がり込んできた男たちは、優子のもとから去っていき、優子は野原理香の墓に「なんかさ、みんないなくなっちゃって」と話しかける。「死者は答えない」

イッツ・オンリー・トーク/絲山秋子の読書感想文

 『イッツ・オンリー・トーク』を読み終えて、なんとも言えない、わびしさを感じました。それは、劇中に登場する人物たちが悲しいとか、優子の生き様がむなしいとかではなくて、人間の本質的な孤独のようなものを感じました。また、その孤独をより浮き彫りにしているのかもしれない現代社会というものを感じました。

 優子は、祥一や、痴漢や、本間や、安田や、バッハという男たちとは様々な関係を持ち、痴漢とはセックスもしました。祥一が自殺を図った時は、携帯電話の電源を切っていないくらいだから自殺はしていないはずだなどとやけに冷静ですが、祥一と電話がつながった時は、「ばかやろっ」と叫び、「こんなバカ野郎のためにも流す涙はある」と自分の心を確認します。しかし、優子は、男たちが抱えているしがらみやドラマを想像するだけで、男たちも、突然、優子のもとを去っていきました。優子が心を開くのは、死者である野原理香だけです。

 『イッツ・オンリー・トーク』で印象に残ったのは、作中に何か所かある、深層の現れとも読み取れる優子の心のゆらぎでした。優子は、不意に息苦しさを覚えたり、絵を描いても落ち着かなくて掃除機で男臭い空気を吸い出しながら嗚咽したり、お風呂で痴漢に体を洗ってもらったときの「お父さんの手」のような安らぎと、同時に、痴漢の髪の毛を触るのが怖かったことを指摘されたような気持になってはっとしたり、「おはよう!」というメッセージではなく裏に印刷された「無意味な名前」を眺めたり、また、ラストの野原理香の墓参りをするシーンで、いきなり出てきた、「多分ご両親がなさっているのだろう」という敬語を含めた丁寧な言葉づかいには、はっとしました。

 『イッツ・オンリー・トーク』は、登場人物のキャラ設定は派手ですが、ドラマティックな事件が起きてストーリーが展開したり、主人公の中の問題が解決されたり、登場人物たちの名前をはじめとし、心地よい情報が提示されているわけではありません。また、作品の根底を流れている作者の「まなざし」は、ねたみでも、べき論でも、あきらめでもないように感じます。優子も含めた登場人物たちのドラマは、それが存在していることを示唆されるだけで、ほとんど何も語られません。何が書かれているのかといえば、優子のうしろ姿ではないかと思います。『イッツ・オンリー・トーク』を読み終えて、キャラ設定に凝ったり、ストーリーを語ったり、心地よい情報を提示するだけが「文学」ではないのだなと思いました。


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