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イニシエーション・ラブ/乾くるみのあらすじと読書感想文

2015年4月15日 竹内みちまろ

イニシエーション・ラブ/乾くるみのあらすじ

 携帯電話もe-mailも無かった1980年代後半の7月半ば、静岡市のアパートに住んで3年半になる大学4年生の鈴木夕樹は、同級生から合コンの人数合わせで当日の夜の飲み会に参加して欲しいとの電話を受ける。「知らない女の子と飲んで、楽しいか? 盛り上がらないんじゃないの?」と気乗りしなかったものの、その場にいるだけでいいのだろうと承諾し、合コンに参加した。セッティングした同級生の彼女が高校時代の友人3人を連れて起きており、その中に、一番町にあるクリニックで歯科衛生士をしている20歳の成岡繭子がいた。

 合コンの後、夕樹は、折に触れて繭子のことを考えた。1週間後、幹事役の同級生から同じメンバーで海に行こうと誘われる。

 海に行くと、夕樹は海の家に一人でいたときに昼寝をしてしまった。繭子から「鈴木さん?」と声を掛けられて起こされる。繭子は、数学科の夕樹に「数字を覚えるのとかも得意?」と尋ね、ふいに6桁の数字を口にした。夕樹が覚えたのを確認すると、「じゃあそれ、忘れないようにしておいてください。それ、ウチの電話番号だから」と顔を寄せて囁き、「私が先に行くから。時間をずらして来てね」と言い残し、海の家を出て行った。夕樹と繭子は付き合い始めた。

 夕樹は大学を卒業し、静岡で会社の研修が始まったが、6月に、2年から3年の期間で、東京行きを言い渡される。幹部候補生として出世コースに乗ることになるのだが、繭子と離れることに耐えられるか心配になる。しかし、断ることができるはずもなく、夕樹は東京に行き、静岡の繭子との遠距離恋愛が始まった。

 夕樹は週末ごとに車で静岡の繭子に会いに行った。しかし、同じ部署に配属された、都会の洗練された魅力と、幼い繭子にはない大人の女の魅力を兼ね備えた新入社員の石丸美弥子に心を引かれていく。いつしか、週末に静岡に帰るのが面倒になり、電話も億劫になっていく……。

イニシエーション・ラブ/乾くるみの読書感想文(ネタバレ)

 「イニシエーション・ラブ」は、読み終えて、寂しさのようなものを感じました。登場人物たちの必死さが、「青春の甘酸っぱさ」などの言葉では片づけることのできない痛々しさを生み出していると思いました。

 繭子は、合コンメンバーの大学生活を満喫している友達からは、テニスが下手なことを笑われたりなど、どこか軽く見られているような雰囲気がありました。最初の合コンの時に、春に就職してから迎えた初めての誕生日(7月2日)に自分へのご褒美として買ったルビーの指輪をはめていましたが、それも、高校卒業後、資格を取って働いている自分を誇ることで、どこか、自分を保っているような雰囲気を感じました。

 そんな繭子ですが、夕樹との交際を同級生には隠そうとする一方で、繭子から誘うようにしむけた最初のデートで、恋人には車を持っていて欲しいという話をしたり、「あと鈴木さんって、もうちょっとオシャレに気を遣ったほうがいいと思うんです」などと切り出し、鈴木にファッションや身だしなみを改めさせていました。夕樹が「マユちゃん」と名前にちゃん付けで呼ぶと、パッと顔を輝かせて、「やっと呼び方を変えてくれた」と喜んだりします。

 読み始めてからしばらくの間は、海の家で電話番号を夕樹に教える振る舞いがこなれていたので、繭子は恋愛偏差値が高いのかなと感じました。でも、3回目のデートの時に、先週の金曜日にデートをキャンセルしたのは「実は便秘だったの」と告白し、土日に一泊で入院して「スッキリしたんだもん」などと口にしたりします。もちろん、便秘が女の子には特に辛い場合もあるということを分かってほしかったのかもしれませんが、どこか、空回りしているような印象がありました。それからは、繭子は、海の家の振る舞いも、必死に自分でシミュレーションをして振る舞ったことなのかなと思ったりしました。

 「イニシエーション・ラブ」とは、石丸美弥子が夕樹に教えた言葉で、「通過儀礼」「子供から大人になるための儀式」という意味でした。

 しかし、繭子は、妊娠した後に夕樹に別の女(=石丸美弥子)がいることを知り、かえって夕樹から逆ギレされて、「乱暴なしないで! 殴らないで。……お願い」と身体を丸めて泣いたりと、“青春の1ページ”では済まされない事態に陥って行きました。

 夕樹にしても、酒乱をコントロールできなくなったり、石丸美弥子との交際が職場に知られた後、企画が課内会議を通らなくなったりなど「能無し社員たちの嫌がらせ」を受けます。確かに、夕樹は優秀ではあるようですが、仕事をする能力が高いことよりも、ある意味では重要な、人間関係を円滑にするために振舞う能力や、郷に入れば郷に従うという柔軟性がありません。そして、何よりも、夕樹を適切に導いてくれる先輩がいません。また、石丸美弥子は問題のある女の子のようですが、夕樹はそのことを分かっていません。

 「イニシエーション・ラブ」に書かれている内容は、“大人になるための代償”という言葉で片づけるには痛々し過ぎると思いました。読み終えて、妊娠後に捨てられた繭子や、会社でどんどん孤立無援になっていく予感すら漂う夕樹のこれからの人生はどうなってしまうのだろうと思いました。人間存在そのものに対する寂寥感や無常観というものすらも感じてしまいました。


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