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いちご同盟/三田誠広のあらすじと読書感想文

2013年9月26日 竹内みちまろ

いちご同盟のあらすじ

 中学3年生の北沢良一が音楽室でラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を引いていると、有名校からスカウトが来る野球部のエース羽根木徹也がやって来て、音楽室のビデオカメラで翌日の試合を撮ってほしいと言ってきました。良一は「聴音のレッスンがある」と断りますが、徹也は「頼む。ただの試合じゃないんだ。こいつには、人の命がかかっている」と急に真剣な目つきになります。徹也のことはよく知りませんでしたし、事情もわかりませんでしたが、徹也が真剣なことは伝わってきました。

 撮影したビデオテープを持って、良一は徹也といっしょに、徹也の幼馴染みの上原直美の病室を訪れます。直美は、試合での徹也の活躍に「やった!」と声をあげて喜びます。良一は、3階の病室の外の青空を見上げながら、直美は毎日この空を眺めているのだろうと思います。テープが終わったあと、良一は「じゃあ、ぼくは帰るよ」と告げます。直美は「あら」と驚いた顔を見せましたが、心のこもった声の調子で「ありがとう、北沢くん」とお礼を言いました。

 直美は、腫瘍のためすでに片足を切断していました。デリケートな直美は、自分の運命を感じています。良一も、一流大学を出ても都心にマンションを買うことはできないだとか、相続税対策の雑談をする同級生たちに溶け込む気が起きず、音楽の世界を知る厳格な母親からはプロのピアニストにはなれないと言われていますが、自分でもよくわからない胸の奥にくずぶる痛みとも疼きともつかない熱情に揺り動かされながら、小学5年生で人生に絶望して自殺した少年の気持ちを考えたり、若くして死を選んだ詩人たちの文庫本を持ち歩いていたりします。

 良一は、直美の病室でもの思いにふけってしまいました。そんな良一に、直美が、「悩みごと、あるでしょ」と声を掛けます。直美に、「まだ、自殺のこと、考えてる?」と問われ、良一は、気持ちの整理がつなかないままうなずきます。ベッドの上の直美は、肘で身を起こし、「あたしと、心中しない?」と良一にささやきます。

いちご同盟の読書感想文

 『いちご同盟』は、良一の生き方が、かっこいいなと思いました。

 感受性が高く、繊細な良一はまだ中学生なのですが、今の自分ではピアニストにはなれないと理解しています。徹也は気軽な性格から「お前、けっこううまいじゃないか。プロのピアニストになれるぜ」と豪快に声を掛けますが。良一は返事をしません。野球を通してプロというものを意識している徹也は、改めて「しかしまあ、プロになるというのは、大変だな」とつぶやきます。良一は、そんな徹也を、「思ったより敏感なやつだ」と感じます。

 良一は、人の心がわかってしまう人間なのだと思いました。言葉を換えれば、見えてしまう人間。つまり、芸術家なのだと思いました。

 そんな良一が、ベートーベンの十五番のソナタに命の鼓動を感じる場面が印象に残っています。規則正しいリズムで弾くうちに心が震え、感情を込めようとあがいていたそれまでの演奏が恥ずかしくなるほどで、良一の音楽高校受験を反対していた母親は、驚いて一歩も動けなくなっていました。

 良一は、純粋な存在のままに生きているのだと思います。相手が「真剣」であるのかどうかを誰かに決めてもらったり、または周りの人間たちから見てどう見えるのかを判断するのではなく、良一にとっては、「真剣さが伝わってくる」のかどうかがすべて。客観的に「声に心がこもっているのか」ではなく、「声に心がこもっている」と自分が感じるのかがすべてでした。“大人”になってしまうと、周りの様子を探ったり、あえて目立たないようにしたり、どうすれば自分が成功できるのかを考えたりしますが、良一はそういった発想をそもそも持っていません。ひたすら、自分の中に沸き上がる感情の正体を掘り下げ、なぜそんな感情がくすぶっているのかを考えます。

 『いちご同盟』は、死へあこがれる思春期の少年・少女の繊細な心を描いた作品ですが、同時に、芸術家の誕生の物語でもあると思いました。


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