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きよしこ/重松清のあらすじと読書感想文

2013年6月12日 竹内みちまろ

 「きよしこ」は、吃音者で小学1年生の息子を持つ母親から、手紙をもらった作家の独白から始まります。母親はテレビに出演していた作家がしゃべる言葉を聞いて、作家が吃音者だとわかったと書いていました。「吃音なんかに負けるな」と息子に手紙を書いて励ましてほしいという内容。作家は数日迷った末に、返事は出さなかったとのこと。「吃音なんか」の「なんか」にひっかかり、その気持ちは少年にも分るだろうし、やがてその気持ちは中学生や高校生になれば、悲しみが怒りに変わり、大人になると、再び悲しみに戻るといいます。作家は返事を出さない代わりに、「きよし」という少年の物語を書くことにしました。「きよし」は、「キ」をうまくいう事ができず、自己紹介が大嫌いでした。作家は、作品の結末で再び登場しますが、「きよし」は、子どものころ、「きよしこ」という架空の友達が訪ねてきてくれるをずっと待っていたそうです。「きよし、この夜」という歌詞を、「きよしこ、の夜」と思っていた少年は、青年になり、大人になり、物語を書く仕事に就きました。作家が書くのは毎回、あの頃、きよしこが言っていた「それがほんとうに伝えたいことだったら……伝わると、きっと」ということ。「きよしこ」は、作家の独白であるプロローグとエピローグに、きよし少年の物語が挟まれる構造になっていました。

きよしこのあらすじ

 きよしは、「タ」行の言葉と、「カ」業の言葉がうまく出て来ません。また、「ざ」や「ぴゅ」などの濁音・半濁音も苦手です。しゃべろうとすると「こっ、こっ、こっ……紅茶」というふうになってしまうことが多いのですが、長距離トラックの運転手をする父親と、家にいる母親、2つ下の妹のなつみと4人で暮らしています。吃音の原因はわかりませんでしたが、なつみの出産のため、きよしが父親の実家である祖父母の家に預けられたことがありました。預けられたことではなく、3歳になる前のきよしには、翌朝祖父母の家で起き、「おはよう」とふすまを開けて、母親と父親を探していったときに誰もいなかった体験がトラウマとして心に残りました。医師は、吃音の原因は精神的なものかもしれないと告げ、きよしは、吃音が祖父母の家で両親の姿を失ったときに始まったのかもしれないと思っています。母親は、なつみの出産のためにきよしを祖父母に預けたことを悔いていました。

 きよしは、いじめられるというよりも、友達ができない子どもでした。きよしが小学生の頃、父親の仕事のために、次々と引っ越しをしていました。最初の自己紹介のときに、「白石きよし」の「き」が言えず、あるいは、どもってしまい、クラス中から笑われたり、からかわれたりすることが続きました。

 きよしは、夏休みに吃音矯正プログラムに通い、すらすらとした声でなめらかに「笑われたっていいじゃないか、そんな奴はほっとけ」「どもるのも個性のうちだ」「吃音なんて恥ずかしいことじゃないんだから」と言う大人たちの言葉を聞いて、「ぜんぜん、違う」と思います。6年生になると担任の先生やクラスにも恵まれて、きよしの吃音をばかにするクラスメイトはいませんでした。中学生や高校生になると、きよしがどもると、申し訳なさそうにする友だちが増えました。

 中学と高校の6年間、きよしの家は引っ越しをしませんでした。父親は転勤を断り、代わりに、出世をあきらめました。

 中学ではきよしは、野球部に入ります。入学してからすぐ野球部に入り、いっしょに苦労してきた部員たちは、きよしが、「野球は、じっ、じっ、じっ……」というと、「実力?」と聞き返してくれます。そして、そのまま、話を続けてくれます。そんな野球部で、3年生になってから大野が転校してきました。マサがレギュラーのポジションを失ってしまいました。マサも他の部員たちも納得がいきません。が、転校生の気持ちがわかるきよしは、マサの肩を持ちます。部員たちはそれが気に食わず、しかし、だからといって、きよしを仲間外れにするような人間たちではありませんでした。ただ、やがて、きよしが調子を落とし、マサとレギュラーを変わることになりました。マサは電話で、きよしに、「すまん、許してくれや、のう……」と言います。きよしにもマサは悪くないと分かっています。また、「がんばれ」とひと言掛ければ、マサの気持ちが楽になることもわかります。しかし、「がんばれ」の「が」が言えず、受話器を黙って置きました。大野には、「がんばるけん」と自分のことを伝えようとして、「がっ、がっ、がっ……」と言葉を詰まらせます。「がんばれ」と言われたと思った大野は、「がんばるから!」と大声で返します。

 きよしは、うまくしゃべれないために、自分の気持ちを伝えられなかったり、言葉が出てこないために自分からは言わずそれで誤解されてしまったり、それでも、学校の仲間たちと時間を共有していきます。また、両親や祖父母が悪いわけではなく、言葉がつっかえてしまう自分が一番悪いと感じます。同時に、うまくしゃべれないのは自分のせいではないと認識することもできます。ただ、それでも、実際にうまくしゃべれず、さみしさやくやしさを積み重ねながら、成長していきます。

きよしこの読書感想文

 「きよしこ」は、高校3年生のきよしが東京の大学に進学したいことを、交際していた年上の女性に告げる場面が印象に残りました。きよしは東京へ出たいという希望を、父親に告げ、「自分の思うとることをちゃんと言えんうちは、先生には絶対になれん思うけどの」と当初は心配していた父親も味方になってくれました。怒って泣いた母親も「受験勉強の合間に、発音の練習しといたほうがえん違う? あんたは環境が変わると、言葉がぎょうさんつっかえてしまうんやから」と応援してくれました。

 でも、きよしは、東京の大学を受験し東京へ行くことは、図書館で知り合ったワッチには、なかなか言えませんでした。きよしも受験する地元の公立大学で障害児教育の勉強をし、将来は、福祉施設か養護施設で働きたいと思っている女の子でした。喫茶店で注文しようとしたきよしが「こっ」と言葉を詰まらせると、すぐに「コーヒー」と代わりに注文してくれて、「言えん言葉は無理して言わんでもええんよ、うちがぜーんぶ通訳してあげるけん。うち、白石くんの言いたいことがちゃんとわかるようにがんばるけんね」と明るく笑い、きよしも、ワッチといっしょにいると、柔らかいものに包まれているような安心感を感じていました。

 正直に言うと、このワッチという人物に、違和感を感じていました。言葉は悪いのですが、うさんくささといいますか。人のために役立ちたいというよりは、人を利用して自分の中にある何かを満たしたいというタイプの女の子では、とも、勝手に思っていました。

 しかし、きよしが東京に行くことをワッチへ告げた場面を読んで、感動しました。ワッチは、きよしと同じ大学に通い、これからもずっときよしといっしょにいられることを喜んでいたのですが、東京へ行くことを聞き、「アホや、この子」「東京には、うちみたいな子おらんよ。絶対におらんよ。通訳してあげられるほど白石くんのこと好きな子、おるわけないよ……」と取り乱しました。しかし、その後、見知らぬ場所で一人で生きてみたいというきよしの心に触れて、目を真っ赤にしながらも、ワッチは、きよしを祝福します。世の中には、他人を利用することしか考えておらず、利用価値がなくなったり、意のままにならなくなった途端に、相手を卑下するような人間もいます。また、ワッチの心の中にあるものが何なのか、ワッチの人生は祖母の面倒を見たということ以外はあまり語られていませんが、別れの場面のワッチの後ろ姿から、ワッチは、評論家が机上で持論を展開するための人形の駒ではなく、正解というものの存在しない心というものを持った女の子なのだなと思いました。


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