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復讐したい/山田悠介のあらすじと読書感想文

2015年9月20日 竹内みちまろ

 小説「復讐したい」(山田悠介)を読みました。同作の舞台は、「復讐法」という法律が存在する2020年の日本です。あらすじと感想をメモしておきたいと思います。

復讐法

 被害者や遺族による怨恨事件が増加の一途をたどっていた2019年、「復讐法案」が成立し、即日施行されました。被害者と遺族に復讐の機会を与え、被害者が加害者になることを防ぐことが目的の1つでした。

 復讐が認められるのは重犯罪の被害者、遺族に限ります。復讐は、東京都南方300キロに位置する無人島「蛇岩島(じゃがんとう)」で行われます。蛇岩島は周囲約13キロで、面積は約10平方キロ。島全体がコンクリートの壁で覆われ、20年前まで1000人の島民が住んでいた跡が廃墟として残っています。

 復讐のために被害者に与えられる時間は100時間。スタート時に、武器(拳銃、マシンガン、手榴弾、サバイバルナイフ、予備の弾薬)、食料(おにぎり5つ、コッペパン3つ、鶏肉や魚の缶詰5つ、1リットルの水のペットボトルが3本)、救命道具、懐中電灯、被害者の位置を示すPGS付き電子地図と、リュックサック。

 加害者は耳にGSPを取り外せないように設置され、電子地図のみが与えられます。さらに時間が経つごとに、被害者が行動できる範囲が狭められて行きます。ただし、被害者が持つ電子地図は、加害者が半径100メートル圏内に達したときのみ反応し、加害者の位置を知らせます。電子地図は、縦には(1)から(15)の数字が、横にはAからOのアルファベットが示され、15×15のマス目になっています。

 被害者は“北門=地図の中央Hの(15)”から、加害者は“南門=Hの(1)”からスタート。被害者は100時間を逃げ延び、そのうえで、北門か南門をくぐれば、その時点で無罪放免となります。

 被害者は、復讐を望まずに裁判を選択することもできます。ただし、被害者が複数いる場合でも、復讐か裁判かのどちらかを選択しなければならず、裁判を求めていた被害者も、復讐と決まれば、復讐で決着を付けることになります(復讐に参加しないことも可能)。

 そして、復讐の舞台となる蛇岩島は、無法地帯となります。加害者が武器を奪って被害者を殺しても、罪には問われません。

高橋泰之

 高橋泰之は、後に妻となる友田泉と5年前、お互いに23歳の時に知り合います。泰之の猛アタックの末、泉が根負けする形で付き合い始め、結婚します。

 泉は美しい顔立ちと品のある佇まいを持った女性で、相思相愛の結婚生活を続けていましたが、泉が麻布のクッキングスタジオで16人の女性に料理を教えていたところ、突然乱入してきた小寺諒(こでら・りょう/21歳)に包丁で胸を刺されて殺害されました。

 検事は「恐らく、死刑とまではいかないでしょう。最高で無期懲役」と告げました。小寺はアニメオタクで、宗教団体・世界プラーナ教団の信者でした。

 泰之は、両親と義理の両親から裁判を選択するように強く勧められますが、復讐を選びました。

星野範子

 星野範子(ほしの・のりこ)は、8歳の夏に、アニメオタクの角田敦郎(つのだ・あつろう/現在54歳)に、ひとりで公園で遊んでいたところ、突然さらわれ、角田の住むアパートに連れていかれました。

 わずか4畳の部屋に閉じ込められ、半径1メートルほどのところに赤いテープを貼られ、その中を行動範囲とされます。「この中から絶対に出てはいけない、声も出してはいけない、約束を守らなければ殺す」と脅され、洗脳され続けます。範子は、少女アニメ「ガーディアン・エンジェル リリカ」の主人公の「リリカ」という名前で呼ばれ、トイレも赤いテープの中でさせられます。角田が外出するときはオムツを履かされ、ほぼ毎日「ガーディアン・エンジェル リリカ」を見せられ、リリカのせりふを言わされ、角田の性欲のはけ口にされ続けました。

 20年間、殺害されることを恐れて角田の命令に従い続けた範子は、角田が仕事に出ている間にベランダから脱走します。

 角田は、アニメオタクで、部屋には少女アニメのグッズが所狭しと並べられていました。取り調べに対し、角田は、自分の大好きな「リリカ」の顔に似ている少女を誘拐し、どうしても手放したくなくて、20年間、監禁し続けたと話しました。

 範子は、裁判ではなく、復讐を選択しました。

世界プラーナ教団

 宗教団体「世界プラーナ教団」は、教祖・神河聖徳(かみかわ・せいとく)の指令で、不動産訴訟問題で対立する板垣智也弁護士とその妻、4歳の娘を殺害。同日に、教団熊谷支部の立ち退きを求める訴訟を担当する判事の殺害を目的とし、判事の住むマンションに猛毒ガス「ソマン」を散布し、判事を含む近隣住民5名を殺害。さらに、教団への操作攪乱を目的に、二子玉川のデパートにもソマンを散布し、30人を殺害し、50人が目やのどの痛みを訴えました。

 神河は、教団施設の「第四クティール」に潜伏していることを、幹部や信者らといっしょに逮捕されます。

 事件の被害者と家族を失った被害者の会の57人は、裁判派と復讐派との話し合いの結果、教祖の神河聖徳を含む32名に復讐することを選択し、裁判を望んでいた被害者も全員が復讐に参加することになりました。

復讐したいのあらすじ(ネタバレ)

 「復讐したい」は、上記した3つの「復讐」が実行されることになった蛇岩島での被害者と加害者の戦いが描かれます。

 まず、殺された板垣弁護士の兄弟で被害者の会の代表を務める板垣潤也を含む57名の復讐が始まります。その1時間後に泰之の復讐が始まり、さらに泰之の復讐の1時間後に、範子の復讐が始まりました。

 復讐を選択した被害者たちはみな、復讐に燃えていました。しかし、それとは別に様々な問題が発生します。

 まず、被害者に渡されるリュックサックなのですが、約4キロほどの重さがありました。荷物を背負ったまま被害者を探し周るだけで体力を消耗し、疲労がたまります。被害者の会の中年層は、しばらくして、ほとんど歩けなくなりました。

 マシンガンや拳銃を渡されても、一般の生活を送っている人間が扱えるわけがありません。案の定、泰之は、小寺を見つけて引き金を引いても、最初は、安全装置が掛かったままで弾は発射されませんでした。安全装置を外してから撃っても、衝撃が強くて銃口が上を向いてしまったりとまったく当たる気配がありません。小寺は必死に逃げるのですが、何も持たずに命を掛けて走って逃げる相手を、重たい荷物を背負いながら自身も走って狙撃することなど、銃を初めて持った人間にはほぼ不可能という感じでした。

 また、大所帯の被害者の会では、神河を取り逃がしたあと、さらに内紛が起きます。裁判派だった20歳の前田達也(「熊谷ソマン事件」で兄を失った)は、中年層の男女が歩くことも出来ずに休憩していても「行きましょう。これ以上グズグズしてられねえ」といい、裁判派だったことを蒸し返し、100時間以内に復讐を果たせなければ神河たちは無罪になると憤ります。ついには、「僕は一人で行動する。その方がよっぽどましだ」と仲間に背を向けて、ひとりで走って行ってしまいました。前田の離脱を機に、焦りを抱く者、団体行動に不満を抱く者、好機を逃して怒りを抱く者たちが、1人、また1人と、板垣と被害者の会の集団を置き去りにして別行動に移っていきます。

 そして何よりも重大だったのは、蛇岩島では、何をしても一切、罪に問われないということでした。

 神河は信者に、被害者を襲って、武器と食料を奪ってくることを命令します。別行動を取った被害者の会のメンバーや、単独行動を取る泰之や範子が狙われます。

 武器を手に入れた世界プラーナ教団は、軍事訓練を受けていた信者を武装させ、武器の扱いでは素人の集まりでしかない被害者の会が攻撃してきたところを、正確な射撃で反撃を喰らわせました。足を撃たれた被害者は、「どうして、家族を殺された俺たちがこんな目に……」と泣きます。

 泰之も、時間が経つにつれて体力を消耗していきます。一方の小寺は、耳をGPSごとサバイバルナイフで切り落とし、行方をくらませました。眼を閉じたらすぐに眠ってしまう状態で、泰之は小寺を探し続けます。このまま100時間が経過し、小寺が北門か南門から出てしまえば、それで無罪放免です。そのことがさらに泰之を焦らせます。

 復讐に燃えて蛇岩島に来た被害者たちは、だんだんと追い詰められていきました。

復讐したいの読書感想文(ネタバレ)

 「復讐したい」に描かれているものは、たがが外された現代人の凶暴性だと思いました。

 被害者たちは、肉親を殺されるなどした恨みを燃やし、蛇岩島での異様な環境と復讐に失敗したら加害者が無罪になるというシステムが、さらに被害者の憎しみを増長させます。今、「燃やし」とか、「たぎらせます」などと書きましたが、まさに、被害者たちの恨みや憎しみは、“湧いてくる”のではなく、被害者自身によって主体的に“生み出されてくる”ように感じました。そして、憎しみに駆られた被害者が加害者になることを防ぐための法律が、かえって、被害者の憎しみを増長させているというねじれた構造に、哀しさのようなものを感じます。

 被害者の会のメンバーは、負傷して置き去りにされた信者をリンチしたあげく、虫の息になったところを容赦なく殺害します。娘を殺された母親は、生きた信者の両目をサバイバルナイフでくり抜いていました。そして、泰之は、そんな惨たらしい光景を魚の缶詰を食べながら眺め、自分も早く小寺を同じように残忍な方法で殺してやりたいと闘志を燃やします。実際に、小寺を捕まえたあとは、もしこれが蛇岩島の外側の日常世界で起きたら、世界中のマスコミがセンセーショナルに報道するような残忍な方法で殺します。

 人間は、恨みや憎しみを解き放っても罪には問われないと“正当化”された時に、こんなにも残忍なことができるのだと背筋が凍りました。神河は罪の意識がまったくない狂信者でしたが、蛇岩島では、神河1人が冷静で、神河以外の人間たちがみな狂っているとすら思えたほどでした。

 「復讐法」が成立した背景には、被害者による怨恨事件が後を絶たないことがありました。怨恨事件自体は、あくまでも事件であり、恨みをはらすためというのは罪を免れる理由にはなりません。

 怨恨事件の背景にも“恨み”や“憎しみ”があります。そして、怨恨事件を起こしても、次の“恨み”や“憎しみ”を生み出し、私たちが生きているこの人間社会に、“恨み”や“憎しみ”の連鎖を増長させます。

 ふと、「なぜ人を殺してはいけないのか?」という命題を考えました。もしかしたら、それは、「“恨み”や“憎しみ”を生み出すから」かもしれないと思いました。人を殺すとか、20年間監禁するとかだけではなく、日常の些細なことでも、“恨み”や“憎しみ”は生まれます。人間が社会で生きていく中では、“恨み”や“憎しみ”を生み出さないようするには、“恨み”や“憎しみ”を生み出さないようするためには、健康で、安らかで、そして強く優しい心と身体を作り上げ、目的のある生活をしなければならないと思います。なかなか難しいことだと思いますが、それを目指さなけれなならないのだと感じました。


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