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美しい星/三島由紀夫のあらすじと読書感想文

2016年4月13日 竹内みちまろ

美しい星/三島由紀夫のあらすじ

 ソ連が核実験をしていた時代、埼玉県飯能市のお屋敷に住んでいた大杉重一郎、妻の伊余子、息子の一雄、娘の暁子の一家は突然、各々が別々の天体から飛来した宇宙人だという意識に目覚めた。

 大杉家は、先代が飯能一の材木商で大きな財産を残した家だったが、52歳の当主・重一郎は実利家の父からは罵られ、温和な優しい芸術に救いを求め、父が生きていた頃は怠けながら会社の仕事を手伝っていた。父の死後は何もせずに、飯能に世間から孤立した温和な家庭を築いていた。

 重一郎は、東京へ遊びにいくたびに次々と新築される巨大ビルを見て、窓の向こうでは人々が何の目的もなしに、声高にしゃべりながら働いていると思うと憤った。重一郎は、世界は完全に統一感を欠いており、冷戦と世界不安、まやかしの平和主義、にせものの経済的繁栄、狂おしい享楽欲などに心を痛めた。

 重一郎は、世界が悲境に陥った責任を自分一人の身に負って苦しんだ。「誰か1人でも、この砕けおちた世界の硝子のかけらの上を血を流して跣(はだし)で歩いてみせなければならぬ」と、人生の中で初めて、自分の使命ともいうべきものに目覚めた。

 ふとしたきっかけで、重一郎はロンドンで出版された「円盤の故郷」という円盤(=未確認飛行物体)に関する事件を記した本を読んだ。重一郎は「円盤」に関する本を読みあさり、家族たちも廻し読みした。

 夏、2階の座敷で寝ていた重一郎は何者かが呼ぶ声に目を覚まし、戸外に出た。あたりの低い家々の屋根の上に、1機の円盤を見た。重一郎は、「地球人ではなく、先程の円盤に乗って、火星からこの地球の危機を救うために派遣された者なのだ」と確信した。妻の伊余子、息子の一雄、娘の暁子も同じような体験をした。

 重一郎は、自分たち一家が宇宙人だという秘密を世間の目から守るべきだと考えた。一方では、三流雑誌の「趣味の友」の通信欄に「*(=二重黒丸)に関心をお持ちの方、お便り下さい。相携えて世界平和のために尽くしましょう」という広告を出した。

 重一郎は、「宇宙朋友会」を組織し、小さな会場での講演会を重ね、支持者を増やしていった。

美しい星/三島由紀夫の読書感想文(ネタバレ)

 「美しい星」は、読み始めてから、三島由紀夫はラストシーンにどのような場面を描いたのだろうと気になって仕方がありませんでした。

 三島由紀夫の小説を読む楽しみのひとつに、ラストシーンを読む楽しみがあると思います。とりわけ、最後の一文が、読者を、それまでに読者が経験したこともないような領域に突き落としてしまう力を持つ作品が多いように感じています。そういった作品は、「金閣寺」、「盗賊」、「奔馬」など、例を挙げ始めるといくつも出て来そうです。

 「美しい星」は、しばらくすると、大杉家の人間たちが自分は宇宙人だと確信していることが分かりました。「円盤」を見たという現象は、本人たちにしか理解できない現象であるがゆえに、他人である読者としては、「ああ、この人たちは、自分が宇宙人だと確信しているのだ」、「ああ、この人たちは円盤を見たのだ」と、かえってすんなりと受け入れることができました。

 「美しい星」で描かれるのは、暁子が一雄の女ぐせを非難したり、暁子が女たらしの男に騙されて妊娠してしまったり、人間たちを救うという使命感に目覚めた重一郎のもとに人類を滅ぼすという使命感を帯びた別の惑星から来たという3人組が現れたりするエピソードでした。劇的なストーリーが始まったり、歴史が動いたり、願いが叶ったりするような展開ではないと感じました。

 ただ、それゆえに、三島由紀夫は、「美しい星」をどう締めくくるのだろうと気になってしまいました。三島由紀夫なら、読者を壁の向こうへ突き落すような場面を用意してくれるのではないかという期待もありました。

 「美しい星」のラストシーンは、死期間際の重一郎を含む家族4人が、4人揃って、「円盤」を見た場面でした。冒頭に描かれている、家族4人で「円盤」を見に山奥へ出かけて「円盤」が現れなかったエピソードの帰結という形にもなっています。

 ラストシーンは、俗世界を軽蔑し、高貴な使命感とでもいうものを信じて疑わない大杉家の人々にとっては神々しい場面であることが充分に伝わってきました。しかし、登場人物たちに感情移入できなかったので、読者としては、なんとも受け止めづらい場面でした。

 ただ、読み終えて数日が経つ現在も、このラストシーンは妙に心に残っています。登場人物たちの自身らの優越性に疑いを持たない姿や、使命感に駆られて一点の疑いもなく行動する姿や、それでも大衆の享楽的な関心の餌食になっていく姿は、何かを物語っているようでもありました。

 「美しい星」は、もう一度読んでみた時に、また別の読み応えがある作品かもしれないと思いました。


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