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獣の奏者U王獣編/上橋菜穂子のあらすじ

2017年1月13日 竹内みちまろ

 王獣規範を知らなかったエリンは、リランが何かを問い掛けていることに気が付き、音無し笛を使わずに、竪琴で王獣が鳴くような声を出し、リランにエサを食べさせることに成功した。

 エリンは、音無し笛も、特滋水も使わずにリランを育てた。リランは、エリンが「入っちゃだめよ! まだ、掃除が済んでいないんだから!」と声を掛ければ戸口のところで止まり、「いいわよ、入って」と言えばいそいそと戸口をくぐるようになった。

 エリンはリランとの間に、愛馬や愛犬と同じような絆を作ったが、王獣は闘蛇と同様に政治的な獣だった。エサルは、エリンがリランを操ることができると知られ政治的に危うい立場に陥ることを恐れた。エサルが、エリンとリランの関係を、カザルム王獣保護場の外の人には決して言わないよう、教導師や学童を説得した。

 ***

 エリンがカザルム王獣保護場にやってきて4年が経った。リランは立派な成獣に育っていた。

 リランはエリンが竪琴の弦を弾いて編みだした言葉を完全に理解するようになった。さらに、エリンが教えた「背中」「痒い」「掻いて」という言葉を自分で組み合わせ、「背中が痒いから掻いて」という意志をエリンに伝えるまでになった。

 リランが初めて言葉を組み合わせてエリンに意志を伝えたとき、エリンは、ありえぬものを聞いてしまったような恐怖に襲われた。エリンは、もし王獣が人に近い思考をする生き物だとしたら、なぜ、これまで何百年もの間、王獣保護場の人々は王獣と会話をしてこなかったのだろうと疑問した。

 王獣規範を読み返したエリンは、王獣規範を書いた初代の真王・ジェは王獣の能力を熟知していて、そのうえで、王獣と会話をする者が現れることを防ぐために、あえて、王獣を恐怖で縛り付ける音無し笛を使って王獣を管理することを義務付けたのではないかと感じた。王獣は、音無し笛を使う者に決して心は開かない。エリンは、初代の真王・ジェの真意がその通りだとすれば、自分はとんでもないことをしてしまっているのかもしれないと感じた。

 リランは、保護場でエリンに「首の後ろ。痒い。掻いて」と意志を伝えた。リランは身体を傾け、エリンを背に乗せた。巨大な地震が起きた。大地が揺れ、リランは倒れまいと脚を踏ん張り、翼を広げた。岩棚に亀裂が走った。瞬時の判断なのか、本能的な動きなのか、リランは翼を羽ばたかせながら、岩棚を強く蹴った。

 リランは、エリンを背に乗せたまま、飛んでしまった。

 エリンがリランの飛翔を報告すると、エサルは、リランが飛んで逃げてしまわないよう、リランに、エリンを背に乗せない限り飛んではならないことや、飛んでも必ずカザルム王獣保護場に帰ってくることなどを身体に染みこませるまで、飛行訓練をするように指示をした。

 ***

 春が訪れると、カザルム王獣保護場に、野性のオスの成獣「エク」が運び込まれた。エクは、王獣捕獲者が過ってケガを負わせてしまっていた。エクは興奮しており、音無し笛の硬直が解ける度に暴れ、傷口が開いてしまった。18歳になっていたエリンが竪琴でエクの警戒を解いた。

 エサルは、エリンに、自分にも竪琴で王獣と心を通わせることが出来るだろうかと尋ねた。エリンは、音無し笛をその王獣に向けて吹いていなければおそらく出来るだろうと答えた。エリンは、エサルに、霧の民の掟のことや「操者ノ技」のことなどを話した。

 エサルは、かつて深い山の中で霧の民の男から「災い」について忠告を受けていたことがあった。エリンの話を聞いたエサルは、霧の民の男が言っていた「災い」とはそういうことだったのかと口にした。

 エサルは、「操者ノ技」はエリン1人が使えるものにしておいた方がよいかもしれない、誰でも使える技だと知られたら必ず王獣を操ろうとする者が現れるだろうと告げた。エリンは「……自分一人の生死ですむ話なら、わたしは、そのほうがいいです」といい、「災いが芽吹いたとき、自分一人が命を捨てれば、それをくいとめられるのだ、と思うことができれば……わたしは自分の意志を貫くことができます」とエサルに伝えた。

 エクは半月で完治した。エクは、リランと共に天に舞い上がり、リランと空中で交合した。カザルム王獣保護場の他の王獣たちは、エクを見ても、リランと同じように発情することはなかった。

 エリンは、人に飼われた王獣と闘蛇だけが子を産まなくなるため、特滋水が王獣と闘蛇の繁殖を妨げていることを確信した。そして、はるか昔に、人に飼われた王獣と闘蛇が繁殖しないよう、世話をする者すら気が付かない方法で繁殖を抑制する手段が作り上げられたのだと思った。

 リランが妊娠すると、さすがに、隠しておけることではないと判断し、王宮に報告した。エサルやエリンたちは危惧していたが、真王ハルミヤは、王獣の妊娠を誰よりも喜んだ。

 ***

 リランとエクの子「アル」が乳離れをするころ、真王ハルミヤが、アルを見るため、カザルム王獣保護場に行幸することになった。ハルミヤが王宮の外に出ることは生まれて初めて。43人の堅き楯は、警護のためにハルミヤに随行する者たちと、王宮でセィミヤを警護する者たちとの2手に分けられ、ハルミヤ警護の責任者はイアルが務めることになった。エリンはカザルム学舎を卒業し、教導師になっていた。

 ハルミヤは、アルを見て、エリンから音無し笛を使わずに育てていることを聞き、満足してカザルム王獣保護場から帰った。帰途は、川を船で下ることになっていた。エリンや学童たちは川を見渡せる小高い丘から、ハルミヤの船を見送った。

 川で、支流から戦士を乗せた闘蛇が次々と現れて、ハルミヤの船を襲い始めた。

 ハルミヤの船が襲われるのを見て、エリンは「これは、やってはいけないことだ。――これをやってしまったら、このさき、大変なことになる……。けれど、このままでは、あのやさしい真王が闘蛇に噛み裂かれてしまう」と思った。

 エリンはリランに乗り、リランを飛ばせてハルミヤの船の元へ行った。リランがそれまで出したことのない音を響かせると、闘蛇が一斉に動きを止めて、腹を上にして倒れ始めた。リランは狂ったように闘蛇に襲いかかり、闘蛇を切り裂き、噛み砕いた。危機は回避されたが、ハルミヤは船壁に強くたたき付けられ、全身と頭部を強打し、意識を失っていた。

 エリンはハルミヤの船のとも綱をリランに曳かせて流れに沿って岸辺に誘導した。ハルミヤはカザルム侯の屋敷に移された。

 エリンはハルミヤの船を襲ってきた闘蛇の背びれに切れ込みがないことに気が付いた。大公領の12の闘蛇村で飼われている闘蛇にはすべて、どこの村の闘蛇が最も戦果をあげたのかをはっきりさせるため、村ごとに違う背びれの切り込みが「闘蛇衆の印」として付けられていた。「闘蛇衆の印」は闘蛇衆同士の対抗意識から作られたもので公には知られていない。何者かが大公のしわざと見せかけるために真王を襲ったことに気が付いたエリンは、イアルに、ハルミヤを襲った闘蛇に「闘蛇衆の印」がなかったことを告げた。

 エリンは、襲撃から4日後に、ハルミヤからカザルム侯の屋敷に呼ばれた。エリンは、ダミヤからリランを使って真王を守護するよう命じられた。エリンは、カザルム侯の屋敷にいる間は守るが王宮にリランを連れていって真王を守ることはできないと答えた。ダミヤは真王を守ることを拒むことは斬首に値すると脅したがエリンは屈せず、そうまでしてリランを王宮に連れて行って真王を守ることを拒む理由は、真王一人に伝えたいと告げた。ハルミヤが厳しい眼差しで「我が身を守ることを拒んだ者と二人きりになれというのか」と告げると、エリンは「堅き楯のイアル殿をおそばにおおきください」と告げた。

 ハルミヤはダミヤ以下の者を下がらせた。エリンは、ハルミヤに、王獣規範に従って王獣を育てれば王獣は空を飛ぶことも子を作ることもないこと、母が闘蛇衆だったこと、母が「操者ノ技」を使ったこと、霧の民から聞いた初代の真王・ジェのことなどをすべて話した。王宮が燃えた際に3歳で、5歳の時に祖母で真王であるシイミヤを喪ったハルミヤは、神々の山脈の向こうで何が起きたのかを伝えられていなかった。

 イアルは、姑息な手段を用いて大公が真王を暗殺しても大公には何の利もないと判断していた。イアルは、真王暗殺を企てた者としてダミヤを疑っていた。しかし、たとえ闘蛇商人と結び付いていたとしてもダミヤは何の軍事力も持っていなかった。激怒した大公が武力で王権を崩壊させればダミヤは存在価値を失うため、イアルは、ダミヤを疑うも、それ以上のことが分からなかった。

 それでも、エリンが下がった後、イアルはハルミヤに、「ほかに人の耳のないまま、お話ししたきことがございます」といい、ハルミヤに考えを打ち明けた。ハルミヤは目に深い苦痛を浮かべたが、ハルミヤは王であり、話を聞き終えたハルミヤには迷いの色はなかった。

 ハルミヤは、エリンに、王獣による警護の必要のないことを文書にして伝えた。ハルミヤは、王宮から来た10人の堅き楯に守られてカザルム侯の屋敷から帰途についた。しかし、王宮の門をくぐったところで激しい頭痛を訴えて気を失い、そのまま永眠した。

 ***

 ハルミヤが闘蛇に襲われた事件は、襲撃の翌日には大公の耳に入った。大公は、姑息な手段を使うような者が万が一にも王権を背後から操るような事態になったらリョザ神王国は内側から腐って崩壊するだろうといい、「我らもともに乗っているこの船――愚かな船頭に任せて、沈没させるわけにはいかぬ」と口にした。真王への忠義に厚い大公の次男ヌガンは「いかに父上でも、そのお言葉は、あまりに不遜! おあらためを……」と激怒した。が、大公は「その浅はかな頑迷さが、兄を窮地に立たせるようであれば、わたしはいつでも、そなたの首をはねるぞ」と剣を振った。

 大公は一気に攻め込んだ方が効果的だと主張したが、長男のシュナンは、普通の戦であればそうであり、また武力で王権を奪うことはたやすいものの「むずかしいのは、そのあとでしょう?」といい、「父上、わたしに考えがございます。任せていただけませんか」と大公に告げた。

 シュナンは「手や足がない非武装の男たちを三人連れているだけ」で王宮に姿を現した。シュナンは真王セィミヤに謁見した。セィミヤとシュナンが会うのは四年ぶりだった。

 シュナンはハルミヤ崩御のお悔やみを口にしたが、セィミヤは取り合わなかった。シュナンが「畏れながら、あなたさまは、誰がハルミヤさまを襲撃したか、ご存じなのですか?」などと告げると、セィミヤは「大公以外に誰が、あのような穢れた生き物を使うと言うの!」などと言い放った。

 ダミヤが「真王は神。いま、そなたの前におられる方の神威が見えぬ者が、武力にて王位を簒奪すれば、神を殺したこの国は、滅び去るであろう」などと笑いかけた。シュナンはダミヤを見ずに、セィミヤに、「わたくしには、あなたさまが神であるとは思えません。この国を幸福にできぬ方が、どうして神などでありましょうか」などと告げた。

 セィミヤは、「たしかに、わたしは武力では守られていない。でも、わたしを武力で滅ぼせば、この国の清浄な魂は消えるのよ」などと返した。シュナンは「冗談ではない。あなたさまは、これまで誰に守られてきたと思っておられるのですか。御身のことではありませんよ。この国のことを言っているのです」などといい、3人の男を謁見の間に呼び寄せた。3人とも戦で深手を負った20歳にもなっていない者だった。

 シュナンは静かに「何千もの兵が、こうして生涯消えぬ傷を負って、この国で暮らしております」と語り始めた。「あなたさまが、誰にも守ってもらっていないなどとお考えになっていると知ったら、では自分たちの死は――命にも代えがたい愛する者たちの死は、なんだったのかと、身をふるわせて、あなたさまに問いかけることでしょう」などと詰め寄った。セィミヤは言葉を発することもできなかった。

 シュナンは、「あなたさまが神であり、わたくしたちが国を治めることが滅びへの道であるとおっしゃるなら、どうか、わたくしたちに、それを証明してみせてください」と告げた。4か月後の「建国ノ夜明け」の祝いの日に、リョザ神王国が始まったという「降臨の野(タハイ・アゼ)」に闘蛇部隊を並べて待ち、もし神話にあるように闘蛇たちが神威に撃たれて頭を垂れるなら、兵を収めて再び真王の臣下となり、それがならなかったら、「どうか、セィミヤさま、民のために、その身を、わたしに捧げてください」と告げた。「わたくしと添われることを決意されたときは、青い旗を掲げてください。――その旗があがったとき、闘蛇の進軍は、あなたさまの前でとまります」と告げ、静かに謁見の間から去った。

 ***

 セィミヤから、エリンに、ラザル王獣保護場の長となり、リラン・エク・アルととにもラザル王獣保護場に移り、王宮を警護するよう命令が下った。リランは、ラザルから来た王獣使いの手を噛みちぎり、止めに入ったエリンの左手の小指から中指までを噛みちぎり、食べてしまった。ラザルから来た王獣使いはリランが幼かった頃に王宮の庭でリランに音無し笛を吹いた男たちだった。エリンは、リランが尋常ではない恐怖に襲われていたとはいえ、改めて、リランが獣であることを痛感した。

 エリンは7日後に起き上がれるようになった。エリンは、リランの王獣舎へ向かった。エリンが掃除をするために外へ出るように声を掛けてもリランは動かなかった。エリンが音無し笛に手を掛けると、リランはエリンを威嚇し始めた。

 エリンは、リランが自分を脅しているのだと気が付いたとたん怒りが込み上げてきた。エリンは「やめなさい! ――やめなければ、吹くわよ」とリランを脅した。リランは外へ出て行った。エリンは初めて、王獣を恐怖で操った。20日後の朝、リラン、エク、アルは眠り薬を与えられて、ラザル王獣保護場に移された。

 ダミヤは、エサルらを処刑すると脅し、エリンに「降臨の野」で王獣を飛ばすことを命じた。その後は王獣部隊を作り、大公の闘蛇部隊に対抗する計画も告げた。さらに、エリンに、セィミヤには会わせないと伝えた。

 ダミヤは、「降臨の野」で、たった1頭の王獣が闘蛇たちを楽々噛み砕く姿を大公が目の当たりにしたら闘蛇によって武力と権威を保っている大公がどう考えるのか「そなたにわからぬはずがあるまい」とエリンに告げた。エリンは、他国に王獣のことが伝わったら大公の闘蛇部隊が危機に陥るため、もし大公が王になれば王獣を操る技を封印するに違いないと考えた。

 ダミヤはイアルを呼び、ハルミヤがエリンと何を話したのかを教えるように迫ったが、イアルは断った。ダミヤは、イアルに、セィミヤがダミヤの求婚を受け入れたことを伝えた。ダミヤは自分が飲み干すことでイアルを安心させ、イアルにハラク(香草の汁を黒蜜で味つけした飲み物)を含ませた。

 ハラクには薬が仕込まれていた。イアルに寒気が走った。イアルは、ダミヤの詮索を任せていた部下から文を受け取ったが、厩に行くと、部下が縛られていて、ダミヤの手の者にイアルは襲われた。

 襲撃者を返り討ちにしたイアルは、歯を食いしばって馬に乗り、ラザル王獣保護場に向かった。エリンは解毒効果のある草をイアルの傷口にかけ、イアルの傷口を縫った。ダミヤがやって来ると、一か八かの賭だったが、エリンは、イアルをリランの身体の下に隠した。ダミヤが率いた追っ手が王獣舎を詮索したがイアルは見つからず、ダミヤたちは去っていった。

 エリンはイアルに、ダミヤに邪魔されずにセィミヤに会う方法がないかと尋ねた。イアルはその方法を教え、エリンはリランに乗って、セィミヤが湯に浸かっている岩屋を訪れた。エリンは、ダミヤから直にセィミヤに会ってはならないと伝えられていることからはじめ、王獣で警護しなくてもよいというハルミヤの遺志や、神々の山脈の彼方で起こったと伝えられていることなどを話した。

 ――、神々の山脈の向こうにある地では、オファロンという王国の王が「緑ノ目ノ民(トガ・ミ・リヨ)」に力を借りて万の闘蛇軍を作り上げ強権で周辺の国々を従えた。しかし、オファロン王に「緑ノ目ノ民」が闘蛇を操ることを教えた将軍サコルと「緑ノ目ノ民」が闘蛇軍を使って反乱を起こした。オファロン王は、一族、家臣200名ほどと一緒に神々の山脈の険しい渓谷へ逃げ込んだ。

 渓谷で寒さと飢えに耐えて10年を過ごす中で、金色の目を持つ狩人たちが王獣を自在に飼い慣らしていて、王獣が野性の闘蛇を引き裂いて喰らう姿を見た。オファロン王は、金色の目を持つ民に、国を取り戻してくれたらそなたたちをこの国の王にしよう、と取り引きを持ち掛けた。

 狩人の頭だった男は断ったが、男の娘で祭司だった「ジェ」は、一族の者たちが1年の大半を雪で閉ざされた渓谷ではなく、話でしか知らない光り輝く大国オファロンで暮らす姿を夢みた。

 ジェは10年で、2000頭の王獣部隊を作り上げた。怨みを抱くオファロンの王族たちを背に乗せて、山脈を越えて、オファロンに攻め込んだ。2000頭の王獣と数万の闘蛇軍の戦いは、広大な大国を焦土と化した。神々の山脈の彼方に栄えていた国は呪われた地となり、二度と国は起こらず、今は、人の手の入らない森が延々と広がるだけになっている。戦いを生き延びたわずかな人たちは思い思いの方向へ散っていった。滅亡のきっかけを作ってしまった「緑ノ目ノ民」は獣を操る技を封印した。王獣を操ったジェは、故郷の渓谷に戻ることを許されず、神々の山脈を越え、リョザ神王国の祖となった。――

 セィミヤは、エリンに、「……そなたの話がほんとうなら、ジェというのは、愚かな女ね」、「故郷を追われて、なお、王になる夢を捨てられなかったのかしらね」と告げた。エリンは、ジェが記したという王獣規範に従って王獣を育てれば、王獣が天を舞うことも子を作ることもないと告げた。エリンは、ジェは、人々が奇跡と信じている王獣を使えば、武力ではなく、清らかな神の威光で人々をまとめ、人も獣も傷付くことのない国を築けると考えたのではないかと話した。

 エリンは、闘蛇によるハルミヤの襲撃が、大公のしわざではなく、ダミヤの企みではないかと語った。セィミヤが「……なぜ、あの人が、お祖母さまを殺さねばならないの」と告げた。エリンは「ハルミヤさまが生きておられたら、あなたさまと、あの方が結ばれることを、お許しになったでしょうか」と返した。セィミヤは、「そう。お祖母さまは、あの人を嫌っていた。――でも、あの人は、わたしにとっては、父であり、兄であり、この世で一番やさしい、大切な肉親なのよ」と答えた。

 セィミヤは、エリンに「降臨の野」でセィミヤの脇に立ち、何もせずにただ見ている自由を与えた。

 ***

 「建国ノ夜明け」の日、シュナンと大公は「降臨の野」に闘蛇軍を集結させた。イアルは、同僚のカイルが渡してくれた堅き楯の武装を身に付けた。

 夜が明けた。セィミヤは闘蛇軍には目をくれず、生まれて初めて見た天と地の姿の美しさに涙を流した。「降臨の野」にヌガンの旗を掲げた闘蛇部隊が姿を現した。

 シュナンと大公の闘蛇軍が前進を始めた。ダミヤは「闘蛇があれだけ集まれば、たしかに、それなりの威容だが、あれは、そなたの軍なのだ。恐れることは、なにもないよ」とセィミヤに告げた。セィミヤは闘蛇の大軍を見ながら、ダミヤはつい本音を口にしてしまったことに気が付いているだろうかと思った。セィミヤは、「あれを、わたしの軍として受け入れたとき、真王は、この世から消え去る」と確信した。セィミヤは、300年もの間、歴代の真王たちが守り続けてきた「清らかななにか」を捨て去りたくはなかった。ダミヤと結ばれても、もはや、それを守ることができないと胸に落ちた。

 セィミヤは、ダミヤに「あなたと添うことはできないわ、ダミヤおじさま。――お祖母さまを殺すような心で、この国を治めることを考えるあなたとは、けっして」と告げた。セィミヤは、青い旗を持ってくるように命じた。しかし、ダミヤ派の堅き楯が、ダミヤ派ではない堅き楯の首筋に短剣を突きつけており、青い旗はダミヤに奪われた。

 そのとき、イアルがダミヤの背後に周り、ダミヤの首を押さえた。エリンがセィミヤに青い旗を渡した。セィミヤが青い旗を掲げると、大公の闘蛇軍の前進が止まった。

 シュナンと大公が闘蛇から降りて、徒歩で丘を登り始めた。左翼にいたヌガンが闘蛇に乗って大公に近寄り、大公を殺した。ヌガンは「大公は忠臣の位。この清らかな名を、逆賊の汚名にはさせぬ」と叫び、父親の血に濡れた剣を天にかざした。ヌガンの闘蛇軍が、シュナンと大公の闘蛇軍に襲いかかった。

 シュナンがヌガンの剣にさらされている姿を見たセィミヤは、祈るように両手を握り合わせてエリンの名を呼んだ。エリンが「お助けします」とうなずくと、セィミヤは「頼みます。――わたしは、あなたに誓う。みごと、シュナンを助けたあかつきには、王獣を解き放ち、未来永劫、王の武器には使わぬと」と告げた。エリンは、これほど多くの人の前で王獣を飛ばしてしまったらセィミヤが口にした誓いなど意味を失うかもしれないと感じたが、迷いはなかった。

 エリンはリランの背に乗り、リランを飛ばした。リランが叫び声をあげると、シュナンを取り囲んでいた闘蛇たちがいっせいに腹を天に向けてひっくり返った。リランは、ヌガンが乗っていた闘蛇をあっという間に引き裂いた。

 血に狂ったリランは、体中に怒りと興奮を溢れさせ、次々と闘蛇を襲っていった。エリンはようやくリランをなだめ、リランから降りて、シュナンをリランに乗せた。エリンは背に矢を受けた。シュナンはエリンにも乗るように手を差し出したが、エリンは「二人は、無理です。……行って!」とリランを飛ばせた。

 エリンは闘蛇が輪を狭めてくることを感じた。「母も、こんな思いを味わいながら死んだのだろうか」と感じ、むなしさを感じた。「……まだ、死にたくない」という思いが込み上げた。リランが舞い降りてくることを感じたエリンは、「……なぜ」と目を見開いて驚いた。リランはエリンを口の中に入れて、舌でエリンの身体を包み込むと、舞い上がった。


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