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獣の奏者T闘蛇編/上橋菜穂子のあらすじ

2017年1月12日 竹内みちまろ

 リョザ神王国の「真王(ヨジェ)」であるハルミヤは、祖先である王祖・ジェと同じ金色の瞳を持つ聡明な老女。次の真王となる孫娘のセィミヤ、甥のダミヤと共に、王宮に暮らしている。

 ハルミヤは戦を嫌い、「堅き楯(セ・ザン)」と呼ばれる真王の護衛士を僅かに従えているだけだった。真王は軍事力を持っておらず、リョザ神王国も国としての軍備を持っていなかった。隣国からの侵略は、真王の臣下であり、リョザ神王国内に領土を持つ「大公(アルハン)」が、「闘蛇(とうだ)」を操る兵からなる闘蛇軍を率いて撃退していた。闘蛇を操る技を持っているのは大公軍だけで、隣国は闘蛇の軍を持っていなかった。

 闘蛇は、4つの脚を持ち、駆ければ馬よりも速かった。敵陣に躍り出れば、爪と牙で、人も馬も噛み裂いてしまう凶暴な獣だ。住み処は水中であり、脚を胴体にぴったりと付けて泳ぐ様子は、まさしく蛇だった。大公領では、大公から預かった闘蛇を世話する闘蛇衆が、12の村で、300年前の先人たちが作ったという「イケ」と呼ばれる巨大な水溜まりで、掟に従って闘蛇を飼っていた。

 リョザ神王国は、奥深くにある真王領と、真王領の東にあり他国と隣接する大公領に2分されていた。真王領民(ホロン)は、闘蛇を穢れた獣と忌み嫌い、大公領民(ワジャク)を蔑んでいた。大公領民は自分たちこそがリョザ神王国を守っていると自負していた。大公領は戦争の負担は重いものの、商業は栄え、真王領よりも豊かだった。真王領民と大公領民の間の溝は深まるばかりだった。

 ***

 大公領の西の端にあるトハン郡の闘蛇衆の村「アケ村」で、闘蛇軍の中でも、常に先陣を駆けて敵陣を突き破る役目を担う最強の闘蛇「牙」が、10頭すべて、一夜にして死んでしまうという事件が起きた。

 アケ村で「牙」の世話をしていたのは、ソヨンという緑色の目をした「霧の民(アーリョ)」の女。獣ノ医術師のソヨンは、アケ村の闘蛇衆の頭領の息子・アッソンが森でケガをしたときに助け、アッソンと愛し合い、霧の民を離れてアッソンとアケ村で暮らすようになった。2人の間には、エリンという、ソヨンと同じく緑色の目をした女の子が生まれた。その後、アッソンは死んでしまった。ソヨンはアケ村に残り、闘蛇の世話をしながら1人でエリンを育てていた。通常では、村人と霧の民が交わることはなく、エリンは、「魔がさした子(アクン・メ・チャイ)」と呼ばれていた。

 「牙」の世話を任されていたソヨンは、イケの「牙」たちが繁殖期を迎えていたことに気が付いていたが、他の闘蛇衆は誰ひとりそのことに気が付いておらず、イケに飼われた闘蛇が卵を産むことがあることさえ知らなかった。闘蛇は大公からの預かりもので、政治的な価値の高い獣でもあった。イケの闘蛇は、掟に従って、特滋水と呼ばれる特別に調合された水を与えられて飼われていた。ソヨンは、強い成分を持つ特滋水は、闘蛇の牙や骨格を強くする一方、繁殖期を迎えて身体を覆う粘液に変化が起きた闘蛇には毒になることを知っていた。しかし、ソヨンは、そのことを誰にも告げず、掟に従って特滋水を与え、「牙」を全頭、死なせた。

 ***

 ソヨンは、「牙」の死を調べに来る監察官がアケ村に到着する前夜、エリンの目の前で、闘蛇を操る際に使用する「音無し笛」をかまどの火の中に捨ててしまった。エリンに「笛を鳴らした瞬間、硬直する闘蛇を見るのは、ほんとうにいやだった。……人に操られるようになった獣は、哀れだわ。野にいれば、生も死も己のものであったろうに。人に囲われたときから、どんどん弱くなっていくのを目のあたりにするのは、つらかった……」と告げた。

 掟に従っていたソヨンに落ち度はなかったものの、監察官は、「牙」だけが死んで原因不明のままだと自身も大公から責任を問われることになると危惧し、「牙」が死んだ理由をソヨンが悪事を企んだからとすることにした。ソヨンを、生きたまま野性の闘蛇に食わせる「闘蛇の裁き」に掛けて処刑することを命じた。

 「闘蛇の裁き」が行われ、ソヨンは野性の闘蛇が住むラゴゥ沼に手足を縛られたまま落とされた。10歳のエリンがソヨンの短刀を持ってラゴゥ沼に飛び込み、ソヨンの手の縄を解いた。闘蛇に血の臭いを嗅がせるために酷い傷を負わされ、血だらけになっていたソヨンは、自分の命が助かる望みはなく、また闘蛇が今にも襲ってくるため、足の縄を解く時間もないと判断した。ソヨンはつかの間、葛藤したものの、エリンに「おかあさんがこれからすることを、けっしてまねしてはいけないよ。おかあさんは、大罪を犯すのだから」と告げ、指笛を吹いた。

 ソヨンが指笛を吹くと、闘蛇たちが動きを止めた。ソヨンは、エリンを闘蛇の背に乗せ、エリンに闘蛇の角を掴ませると、再び指笛を吹き、エリンを乗せた闘蛇を沼から逃がした。ソヨンは、「闘蛇の指笛」を吹いて「操者ノ技」を使ったのだが、霧の民は、太古の昔に起きた過ちを繰り返さないために「操者ノ技」を使うことを「大罪」として封印し、たとえどんな理由があろうとも使ってはならないと戒めていた。アケ村の闘蛇衆は誰ひとり、指笛で闘蛇を操ることができることを知らず、野性の闘蛇は音無し笛を使ってさえ動きを止めることができないと信じていた。

 ***

 ラゴゥ沼から闘蛇の背に乗せられたエリンは、大公領を越え、真王領の東の端にあるサンノル郡まで運ばれた。湖畔の岸辺に倒れていたところを、蜂飼いのジョウンに助けられた。エリンは、ジョウンの元で、蜂飼いを手伝いながら暮らし始めた。

 ジョウンは、エリンに多くを聞かず、岸辺で倒れていたエリンから闘蛇の臭いがしたことも口にしなかった。ジョウンは、エリンが生き物に強い興味を示すことや、極めて優れた耳を持っており、一度聞いた歌や音色を完全に再現することができることに気が付いた。

 エリンは、サンノル郡にやって来て、生まれて初めて、人の世界と神々の世界を隔てているという広大な山脈「神々の山脈(アフォン・ノア)」を見た。真王の先祖である王祖・ジェは「神々の山脈」の向こうにある神々の国からやってきたと伝えられている。

 エリンとジョウンは、蜂飼いが花を求めてやって来る、山の中にある夏を過ごす小屋に移った。エリンは、そこで、野性の「王獣」を見た。王獣は、オオカミのような精悍な顔と、巨大な翼と、白銀に輝く体毛と、鋭い爪のある大きな脚を持っていた。ジョウンは、王獣は神々が真王に王権を授ける印として天界から使わされた「聖なる獣」であることや、真王領では真王の庇護の元、王獣が飼われていることや、真王の命令で育てられている王獣はなぜか子を産まないことや、王族が誕生した際に神の祝福の印として王宮の庭に放たれる王獣の数を維持するため、王獣使いたちが野性の王獣の雛を捕獲することなどをエリンに教えた。

 エリンは、王獣が鋭い笛の音のような鳴き声を発すると、王獣の雛を襲いに来た野性の闘蛇3頭が腹を上に向けて動きを止め、動きを止めた闘蛇を、王獣が牙で噛み砕き、爪で引き裂く様子を見た。エリンは、王獣が鳴き声で闘蛇を操ることを知った。

 王獣が闘蛇を操る様子を見て、エリンは、ソヨンがラゴゥ沼で闘蛇を操ったことを悟った。エリンは、ソヨンが闘蛇を操ることができたのなら、なぜ自分と一緒に逃げてくれなかったのだろうと疑問した。王獣は我が子を救うために闘蛇を操ることをためらうのだろうかと思い、ソヨンが自分を救うための指笛を吹くことを一瞬、ためらったことに心を痛めた。そして、ソヨンに我が子を救うことすら一瞬ためらわせた「大罪」とは何なのだろうと疑問した。

 王獣を見てから、エリンは、王獣に心を奪われた。夏の小屋に行くたびに、野性の王獣の親子を眺め続けた。10歳でジョウンに拾われたエリンは14歳になった。

 ***

 ジョウンは自分の死後、エリンを誰に託すのかを真剣に考えておかなければならないと感じていた。ジョウンの息子アサンが、ジョウンを訪ねて来た。

 ジョウンは、実は、王都最高の高等学舎・タムユアン学舎の教導師長だった。エリンと出会う4年ほど前のこと、タムユアン学舎にサマンという生徒がいた。サマンの父親で高級官僚のタカランが、サマンの成績を高級官僚に就くための合格点に上げろと不正を迫ったとき、ジョウンは頑として受け付けなかった。そのことが事件を引き起こし、ジョウンは罷免された。

 ジョウンの息子アサンは、タカランが失脚したため、ジョウンの名誉が回復されようとしていることをジョウンに告げた。

 ジョウンは、エリンに、「王都でわたしの養女として暮らすのは、いやか」と尋ねた。「闘蛇はなぜ、あのように在り、人はなぜ、このように在るのだろう」と疑問していたエリンは、まだ知りたいことや、考えたいことがたくさんあると思った。ジョウンの養女となり、年頃になったら適当な相手に嫁がされるのは嫌だということをジョウンに告げた。

 エリンは、ジョウンの紹介で、かつてタムユアン学舎でジョウンと共に学んだ女の学友・エサルが教導師長を務めるカザルム王獣保護場の学舎に入舎し、獣ノ医術師を志す子どもたちと一緒に学ぶことになった。

 ***

 リョザ神王国の王宮で、真王ハルミヤの60回目の誕生日を祝う祝典が催された。王宮の庭に、ハルミヤ、16歳のセィミヤ、甥のダミヤ、大公、大公の長男で20歳のシュナンが居並んだ。16頭の野性の王獣が台車に乗せられて整列した。王獣の中に、ダミヤからのハルミヤへの献上品である幼獣がいた。

 王宮の庭は、「堅き楯」と呼ばれる真王の護衛士たちが警備していた。堅き楯の中に、イアルがいた。イアルは、堅き楯の中でも、他の者が異変に気付く前に何度も刺客を返り討ちにしており、“神速のイアル”との異名を持っていた。

 イアルは、王獣に付き添っている王獣使いがなぜか音無し笛を吹き、さらに、その王獣使いが音無し笛を吹く前に一番右端にいた別の王獣使いを見ていたことに違和感を感じ、ハルミヤの前に飛び出した。イアルは、幼獣の背後から幼獣の肩を貫いてハルミヤに向かって飛んできた矢を身に受け、ハルミヤを守った。イアルは意識を失った。

 堅き楯は、60歳を迎えたハルミヤが3歳の時に起きたある事件がキッカケで組織された。大公をリョザ神王国の王にすることを望む「血と穢れ(サイ・ガムル)」と呼ばれる組織が、真王の暗殺を企てたのだ。「血と穢れ」は真王を暗殺するための刺客を放ち、暗殺に失敗すると御殿に火を放った。当時の真王・シイミヤと孫娘で3歳のハルミヤは臣下の決死の働きで命を取り留めたものの、シイミヤの娘ミィミヤが火にまかれて死んだ。

 事件の後、シイミヤは、当時の大公・ラマシクを王宮に呼び出した。シイミヤは、己が欲のために人を殺し国を欲するのであれば、真王が大公に与えた「禊の札(ラク・ラ)」を取り上げると告げた。真王は、ハジャンが攻めてきたときに大公の祖であるヤマン・ハサルに「闘蛇の笛」を与え、闘蛇に乗ることを許し、また、真王はヤマン・ハサルに、人の血で穢れても死後に「神々の安らぐ国(アフォン・アルマ)」へ行くことができるようになる「禊の札」を与えていた。

 「禊の札」で穢れを払わずに死んだ者は「地獄(ヒカラ)」に落ちるとされており、真王への敬意も持っていたラマシクは、「禊の札」を取り上げるという真王の言葉に恐れおののいた。自分には野心のないことと、「血と穢れ」は見つけ次第、処刑すると誓った。しかし、「血と穢れ」は消えることなく、権威と権力が真王と大公に2分されたリョザ神王国の歪みから常に沸き上がってきた。

 事件の後、シイミヤは武芸に秀で、忠義に厚い者を選んで自分とハルミヤを守らせた。それが、「堅き楯」のはじまりだった。

 ***

 エサルは、ジョウンに連れられてやって来たエリンが野性の王獣を見た経験を持つことに驚いた。野性の王獣はエサルですら見たことがなかった。エリンは、王獣舎の掃除と糞集めの際に、エリンが何も言われなくても糞の状態を観察していたことを知った。闘蛇衆の村でいつもソヨンにくっついていたエリンにとって、糞を観察することは、獣の状態を確認することであり、当たり前のことだった。ジョウンから、エリンが闘蛇衆の村の娘だったことを聞いていたエサルは、エリンが匂いから王獣に与える特滋水の成分を言い当てたことには驚かなかった。

 エサルは、ハルミヤの誕生日の宴席で、音無し笛を吹かれて硬直させられた時に後ろから矢で肩を打ち抜かれた幼獣の世話をエリンに許した。幼獣は、「リラン(光という意味)」と名付けられていた。リランは、カザルム王獣保護場に連れてこられてから一切、エサを食べていなかった。

 エリンは、野性の王獣の親子を観察した経験から、リランの王獣舎に差し込む光を調整した。エリンは、エサをリランの目の前にかざしたときに、リランが何かを尋ねるように鳴き声をあげてエリンを見つめていることに気が付いた。リランは、鳴きながらしきりにエリンとエサを交互に見続けたが、エリンは何もできなかった。リランは、鳴くのを止め、エサも口にしなかった。

 エリンは、「あのとき、食べてもいいのだと答えられたら、王獣の言葉でそう答えていたら、リランは食べていたのだろうか」と思った。


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