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舟を編む/三浦しをんあらすじと読書感想文

2013年1月9日 竹内みちまろ

舟を編むのあらすじ

 東京・千代田区の神保町に本社ビルを構える大手出版社・玄武書房の辞書編集部では、『広辞苑』や『大辞林』と同程度の中型国語辞典『大渡海(だいとかい)』の編集を進めていました。『大渡海』を企画した荒木公平が定年退職することになり、後継として、第一営業部の入社3年目(大学院卒・言語学専攻・27歳)馬締光也(まじめ・みつや)が配属になります。辞書編集部の構成は、正社員の馬締と27歳の西岡正志、40代半ばの契約社員の佐々木、嘱託となった荒木、荒木と共に『大渡海』の編集を進めてきた学者の松本先生の5名となり、見出し語の数で23万語を予定する『大渡海』の編集を進めていました。

 ぼさぼさ頭で銀縁眼鏡の馬締は、社内では、「変人」「キモイ」と噂の人物。玄武書房から地下鉄で2駅の春日にある「早雲荘」に住んでいます。馬締は、「早雲荘」には、大学に入学してから10年近く住み続けています。「早雲荘」は、タケおばあさんが一人で切り盛りしている下宿で、今や、下宿人は馬締一人。タケおばあさんは2階を一人で使い、馬締は1階を占領。テレビもないくせに、「早雲荘」の1階の空部屋は、馬締の本で埋め尽くされていました。辞書編集部に異動して3か月がたつのに、馬締はまだ慣れることができず、タケおばあさんから、「みっちゃん(=馬締)は、職場のひとと仲良くなりたいんだね。仲良くなって、いい辞書を作りたいんだ」を声を掛けられます。馬締は、心の中に渦巻いていた感情が、「伝えたい。つながりたい」ということだったと、気がつきます。

 「早雲荘」に、板前修行中のタケおばあさんの孫・林香具矢(はやし・かぐや/27歳)が住み込むことになりました。馬締は、恋に落ちます。香具矢から「いい天気ね。ねえ、どこか遊びにいかない?」「近いし、後楽園とか?」と誘われます。後楽園遊園地の観覧車に乗りました。観覧車の話を聞いた西岡は、「告白もせず、キスのひとつもしなかったのかよ」「なぜ、遊園地に隣接して、東京ドームホテルがあると思ってるんだ!」と檄を飛ばします。「口で言えないなら、文章にすればいい」と思いついた馬締は、便せん15枚のラブレターを書きました。馬締の思いは通じました。西岡は、大学のテニスサークルの後輩で、化粧を落とすとまぶたがひとえになる三好麗美との縁が続いていましたが、辞書編集部のリストラで、宣伝広告部へ異動になりました。

 辞書編集部は、他の辞書の改訂や編集に追われ、『大渡海』は、企画立案から13年たってもいまだ編集中でした。辞書編集部には、香具矢と結婚し、タケおばあさん亡き後の「早雲荘」に2人で住む40歳になった馬締と、佐々木がおり、高齢の荒木と松本先生も顔を出していました。その辞書編集部に、入社3年目で花形ファッション誌の編集部にいた岸辺みどりが配属になります。岸辺は、当初は、変人の馬締のお守りとして異動させられたのかと疑問していましたが、『大渡海』のことになると、とたんに自信を持ち、製紙会社との交渉や、営業・宣伝部門との折衝などにも活躍する馬締を見るうちに、素直な思いから「まじめさんはエリートですもん」と口にします。「ええ。大学院まで出て、美人の奥さんがいて、辞書編纂のエキスパート。少数派であるがゆえの悩みなんて、なさそうです」

 『大渡海』の発売が翌年3月と決定しました。4回目の校正作業が進んでいました。しかし、そこで事件が起こります。見出し語から、収録されているべき『ちしお【血潮・血汐】』の項目が抜けていることが発覚しました。確認すると、1回目から3回目の校正作業用の印刷紙からも、『ちしお【血潮・血汐】』は抜けていました。馬締は、大量に採用していた学生アルバイトたちも含めた全員に、現在進めている作業を中止するよう命じます。4回目の校正をイチからやり直し、23万語の見出し語もすべて確認すると告げます。「何日かかろうとも、編集部に泊まり込んででも、やり遂げます」「『大渡海』を、穴のあいた舟にしないために!」

 のちに、「玄武書房地獄の神保町合宿」と、各社の辞書編集者の間で語り継がれることになる伝説の作業が始まりました。

舟を編むの読書感想文

 読み終えて、ミッション(使命)というものを考えました。読んでいる途中は、たとえば西岡や、西岡の恋人の三好や、岸辺などの視点から見ると、辞書作りというものはどういうものに映るのだろうと考えていました。辞書編集部の「変人」たちを「一種狂的な熱が、彼らのなかには渦巻いているようだ」と覚めた目で見つめていた西岡については書かれていますが、契約社員の佐々木の場合は、雇用形態というものもかかわってくるので、単純な自己実現の物語ではなくなります。現代日本ではやはり、正社員か公務員になって、サラリーになる仕事として認めてもらえる範囲内で、熱中できることを見つけ、それを実現することが賛美されるのかなと考えていました。

 例えば、作中に、『言海』という辞書は大槻文彦という人物が私財を投じて一人で完成させたと紹介されています。荒木や、松本先生からは、大槻文彦のように、例え孤立無援になったとしても、『大渡海』を完成させるという思いは伝わってきませんでした(というかそういった局面に直面していない)。馬締に至っては、サラリーマンの仕事として、辞書作りが向こうから勝手にやってきて、サラリーマンの仕事として、それに全霊をささげ、そして何より、サラリーマンの仕事として辞書作りに全霊を捧げている自分自身に対して、一切の疑問を抱いていませんでした。

 『大渡海』を完成させるという目的を達成するための手段としては、いろいろなアプローチが考えられます。荒木のように出版社の社員になって会社に企画を通すことも一つ。ほか、起業して出版社を作りそこで完成させる、生活費は生活費として工面しながら、金のための仕事とは別に編集を進める、先物取引で財産を築いてその金で誰かに作らせる、など、など。

 ただ、読み進めるうちに、読んでいる途中に起きた数々の疑問にも勝るものが沸いていきました。それは、地獄の作業を指示する馬締のかっこよさだったり、指示された人間達が誰ひとり意気消沈せずにハイになってやり遂げた姿であったり、何より、辞書に人生を捧げた松本先生の生き様でした。会社という枠組みを利用するとか、利用しないとかは、やり方の問題でしかないのかもしれないと思いました。人生は一度きりで、あれもこれもと試している、あるいは、あれこれと考えている時間はないのかもしれません。どんな形でもいいから、全身全霊を捧げられるものを探しだし、見つかったら、それに邁進する。それが「幸せ」というものなのかもしれないと思いました。


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