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プリズム/百田尚樹のあらすじと読書感想文

2014年5月26日 竹内みちまろ

プリズムのあらすじ

 32歳の既婚主婦・梅田聡子は家庭教師派遣会社に登録し、成城のお屋敷街にある岩本家に週4回、小学4年生の修一に算数を教えるために通うことになりました。修一の部屋は15畳。最初の訪問の際、トイレから修一の部屋に戻るとき、聡子は、2階の廊下から玄関ホールを見つめている30歳くらいの男にでくわします。会釈をしましたが、男は玄関ホールを見つめ続けていました。

 岩本家には広い庭園がありました。聡子が岩本夫人の許しを得て庭園を歩き、ケヤキの木に触れると、突然、「木に触るな!」という怒鳴り声がしました。廊下で出くわした男のようにも見えましたが、怒鳴り声をあげた男は、素焼きの植木鉢を聡子に投げつけました。

 別の日、聡子は再び、庭園で男に会います。男から敵意は感じられず、男は画家を名乗り、聡子をモデルにして、イベント会場などで見かけるプロの似顔絵師が描いたものよりもよっぽど上手なクロッキーをその場で仕上げました。

 男は、岩本氏の弟で、解離性同一性障害とのこと。多重人格と呼ばれてきた症状ですが、聡子は、岩本氏の弟の中に存在するという交代人格の中の一人に心を引かれていきました。

プリズムの読書感想文

 「プリズム」は、聡子と恋に落ちた相手である村田卓也が、自分自身の存在の意義に目覚めていく姿が印象に残りました。

 当初の聡子は、岩本氏の弟が演技をしてだましていると疑っていたのですが、じきに、岩本氏の弟の中には、複数の人格が存在することを確信し、話し方、しぐさ、声の様子などから、表に現れている人格が誰なのかがわかるようになります。

 知的で上品な卓也は、岩本氏の弟の中では、リーダー的な役割を果たすこともあり、岩本氏の弟の治療を続けている医師にも協力的です。卓也自身がいうには、卓也は、岩本氏の弟が10歳のときに、岩本氏の弟を救うため、北海道からやってきたとのこと。卓也は、岩本氏の弟が「完全な人間になれば」、両親が医者をしている北海道に帰らなければならないといいます。

 しかし、卓也は、医学的には岩本氏の弟が作り出した「交代人格」と認識されており、現実的に、実家が北海道にあるという事実も、両親が実在しているという事実も存在しません。ただ、それとは別の次元の現象として、治療を行っている医師は、卓也がいずれ北海道に帰らなければならないと認識していることはまぎれもない事実だといいます。

 そんな卓也が、聡子との恋をきっかけとして、「ぼくの故郷は北海道ではないようだ」と認めるようになりました。「ぼくもまた、交代人格の一人だったようだ」とも。そして、他の交代人格を説得して人格統合をさらに進めるといいます。「ぼくにはそうする義務があるから」

 岩本氏の弟の人格統合を完成するには、すべての「交代人格」を岩本氏の弟に統合する必要があり、その中に、卓也自身の含まれています。「交代人格の一人」と認めた卓也は、悲壮な決意を浮かべ、「多分、ぼくはそのために生まれた」と聡子に告げます。

 北海道から岩本氏の弟を救うためにやってきて、岩本氏の弟の治療が完了したら北海道に帰ると認識していたときの卓也は、帰る場所がある人間であり、治療を終えたら自分の人生に戻っていく人間でした。

 人類が「自由」というものを認めている限り、何かをなすために生み出された人間というものはそもそも存在せず、みんな、生まれてから何をなすべきなのかを自由に選択し、自分の人生を歩みます。

 しかし、卓也には、自分が何をなすべきなのかと自由に選択する余地はありませんでした。卓也は、生まれた存在ではなく、(他人の都合で半ば勝手に)生み出された存在であり、そんな卓也ですが、あるいはそんな卓也であるがゆえに、岩本氏の弟を完全に治す(=卓也自身が消える)「義務がある」と口にします。

 「義務」って何なのだろうと考えました。「自由」に生きるために果たさなければならない務めだと思いました。しかし、自分の人生を自由に生きるという選択がそもそもできない卓也にとって、「義務」とは、生まれた時点で他人から勝手に押し付けられていた「役割」だと思いました。

 そんな理不尽な役割など放棄してしまってもいいのでは、と思いました。聡子も「お願い。消えないで」と卓也にすがりつき、「自分が産んだ子供だからといって、母親に子供を殺す権利はないでしょう」と口にします。卓也は「子供とは違うよ」と言いますが、聡子は、「一緒よ! だって一個の人格を持った人間でしょう」と泣きじゃくります。それでも、卓也は、「帰る」のではなく、「消える」ことを選びました。

 卓也の苦悩や悲しみは、SFの世界で描かれるクローン人間や、機械人間の苦悩や悲しみにも通じるものがあるかもしれませんが、自ら「消える」ことを選んだ卓也の心には、誇りがあったのかもしれないと思います。そして、自らの尊厳を守るためには、「消える」以外になかったのかもしれません。

 誇りや尊厳を持ち、自らの存在を消し去ることを決意した卓也は、まぎれもなく、一個の人格を持った人間だと思いました。



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