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インストール/綿矢りさのあらすじと読書感想文

2012年7月21日 竹内みちまろ

インストール/綿矢りさのあらすじ

 マンションの11階で会社員の母親と2人で暮らす高校3年生の野田朝子(17歳)は、「このまま小さくまとまった人生を送るのかもしれないと思うとどうにも苦しい」と感じ、疲れて、受験戦争から脱落し、「登校拒否児」になりました。しかし、母親に不登校を悟られないため、毎朝制服を着て家を出て、母親が出勤する8時半までマンションの物陰に隠れてから家に戻り、一日中閉じこもる生活を始めました。

 人生に目的がない朝子は、部屋の中にあるものすべてを棄ててしまおうと、家具や勉強机をはじめ、6年前の両親の離婚がようやく決まったさいに死んだ祖父が買ってくれたパソコンまで、一人で、ごみ置き場まで運びました。「こうやってすぐ変人ぶりたがる」と思いつつも、自分も「ゴミ化」していると感じた朝子は、寝転がり、ごみ置き場のアスファルトにほほをおしつけました。8階812号室に住む小学生の青木かずよしから「大丈夫ですか?」と声を掛けられ、パソコンは、かずよしがもらいうけました。

 母親の会社が休みの土曜日、屋上につながる階段で午前中を過ごした朝子が家に帰ると、マンションの自治会で席が隣どうしになった青木の母親が、デパートの下着売り場で仕事をしているが試着品の処理に困っていると、「OLが勝負下着と呼ぶような高級エロ下着」をもらってくださいと持ってきました。「何考えてるのあの人は!」「ああいうおどおどした不器用な人は生理的に受けつけない」などと文句を言いながらも、母親は図書券1万分を買ってきて、お礼に朝子を青木の家にいかせました。

 青木家は、父親、かずよし、去年再婚した継母の3人暮らし。朝子が青木の家に行くと、かずよしがドアを開け、インストールし直したパソコンが正常に動いていることを知りました。かずよしから、一年ほどメール交換を続けている「雅」という主婦の風俗嬢から勧められた、チャットというインターネットシステムを使って顧客とエッチな会話をする仕事を、勧められました。朝子はおもしろそうだと感じ、始めることにしました。

 パソコンはかずよしの家の押入れの中に置かれ、平日の午前から、かずよしが帰る夕方までの時間は、朝子が押入れにこもり、夕方から、かずよしと交代するという、2人のチャットの仕事が始まりました。

 朝子は、エッチな言葉を書いたり、書かれたりするたびに下半身を熱くたぎらせ、パンツを濡らしました。ある日の昼、チャットの客足が途絶えたので、そのすきにラーメンでも食べようと朝子が家に戻ると、何もないがらんどうになった朝子の部屋で、ひどい頭痛がするため会社を休んだという母親が寝ていました。母親は「何もない部屋というのは…寝転がるには最も適した場所だわ。」などと口にします。朝子は、「そうじゃないでしょ、すっからかんになった娘の部屋を見て…」と言いますが、『心配してよ』という言葉は飲み込みました。母親は担任から朝子がずっと学校に来ていないことを昨日、担任からの電話で聞いたことを告げました。母親は背中を震わせ、泣きながら、「いじめられてたの?」と小さく言いました。

 朝子は猛スピードで家を出て、かずよしの家に向かいました。かずよしの家のカギをさした時、右の廊下の角の消火器コーナーに、青木の母親が隠れるように座っていることに気が付きました。朝子はコーラを飲みますが、青木の母親は、家では父親もかずよしもコーラを飲まないことを話し、蒼白の顔で、「かずよしがあなたといる時楽しいのならそれで良いんです。」と告げ、立ち去りました。

 朝子は、青木家に入りました。かずよしが帰ってきて、朝子は、「すぐに行き過ぎてしまわない、生身の人間達に沢山会って、その人たちを大切にしたい」と思います。朝子は、「あんた、青木夫人に“僕男の子の赤ちゃん欲しいな”って言えるようになった?」と声を掛け、「努力しなさいよ。私も学校行くから。何も変われてないけど」と口にしました。

インストール/綿矢りさの読書感想文

 『インストール』は読み終えて、現代を生きる等身大の高校生の姿が巧みに描かれていて、なんともいえない説得力を感じました。

 『インストール』は、主人公の朝子自身が語り手となる一人称の小説なのですが、冒頭付近でいきなり「五臓六腑(ごぞうろつぷ)に沁みる」という言葉が使われていて、“うう、高校生にしてはなかなかの言葉を使うぞ”と印象深かったのですが、すぐにその後、「大体あんたにゃ人生の目標がない」などと朝子をしかってくる男子生徒の前で、「目をぎゅっとつぶって『もっと言って』とお願いした」とあり、さらに、その朝子と男子生徒のやりとりを見てクラスメイトの女の子たちが大爆笑したことが描かれていました。今時の都会(?)の高校生ってこんなふうなんだ、とみょうに納得しました。また、睡眠不足の朝子が、男子生徒の講釈に耐えられなくなったとき、「私は頭を机に鈍くぶつけて、その音で光一を黙らせた」とありました。現代の17歳の女の子ってこんななんだ、と一気に物語に引き込まれました。

 朝子は、ちょっと変わった子で、自分でも「変人」ぶるところがあると自覚しているのですが、母親から「いじめられてたの?」と聞かれ、家を飛び出す場面は、心がきゅるるんとしました。自分は「変人」ぶるところがあるなどと、どこか別の場所から自分自身をさめた目で観察する余裕なんてなくて、家を飛び出すという行動はストレートで、説得力がありました。

 朝子は、部屋のものを全部捨ててしまっていたのですが、そのことで母親から何も言われていません。自分から、「お母さん、いいの? 私本当に何もかも捨てちゃったんだよ。お母さんがおばあちゃんの代から受け継いだあのピアノも…」などと口にしていましたが、「心配してよ」という言葉は飲み込みます。そのうえ、母親の口から出た言葉は、“どうしたの?”とか、“何か考えがあるの?”とか、“思っていることを言ってみて”など、朝子自身についてのことではなく、社会的に、あるいは、学校生活を送るうえで「いじめ」に遭っていたのかどうかという対外的な現象でした。「心配してよ」という言葉を口には出さなかったものの、心配してほしいのはいうまでもありません。しかし、会社を休んで寝込んだ母親が背中を震わせながら口にした言葉が、「いじめ」があったのかどうかの確認なので、母親は、朝子と心を開いて向き合うための余裕がない人なのかもしれないと思いました。

 「インストール」に登場する家庭は、まさに、現代の家庭なのかもしれないと思いました。大人たちは、生活を守るために働くことで精いっぱいで、朝子の母親がそのまた母親からピアノを受け継いだ時代にはあったような“古き良き家庭の時間”や“ゆるやかに流れていた空気”などとでもいうようなものは、もう存在していなくて、朝子もそのことを本能的に理解していて、「心配してよ」という言葉を飲み込み、自分で努力することを宣言する姿は、ある意味で、母親が生きることだけに精いっぱいであることに気がついた現代社会を生きる高校生の(ある意味で)たくましいうしろ姿なのかもしれないと思いました。


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