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永山則夫・ある表現者の使命/細見和之のあらすじと読書感想文

2010年7月25日 竹内みちまろ

 「【人と思考の軌跡】 永山則夫 ある表現者の使命」(細見和之)という本をご紹介します。著者の方は、大阪文学学校に入学したのちに知り合った無名の作家から永山則夫についての情報を得て、「文藝別冊」や「思想」や同人誌に発表された論文を改稿したものと、書き下ろしを加えて、「【人と思考の軌跡】 永山則夫 ある表現者の使命」としてまとめたとのことでした。永山則夫の裁判や生い立ちや思想よりも、「永山の獄中での表現に主眼を置く」というコンセプトでまとめられ、「しかし、永山の獄中での表現は、凶悪犯は迅速に処刑すればよい、というような風潮に、最低限の楔を打ち込むことを要請しているのではないだろうか」という思想が根底に流れていました。

 「【人と思考の軌跡】 永山則夫 ある表現者の使命」の第二章では、遺作「華」を取り上げていました。「華」は、最高裁で死刑が確定した二年後に執筆が開始され、三四三八枚を書いた時点で時間切れとなり、未完のまま公開された作品です。私は「華」は未読で、内容も知りませんので、本書からの孫引きも引用しつつ(孫引きは〈〉でくくらせていただきます)、またいろいろと書きたいことはあるのですが、それを全部書いてしまうと長くなってしまいますので、あえて一つにしぼって紹介させていただきます。

 「華」は未読で「【人と思考の軌跡】 永山則夫 ある表現者の使命」において紹介されていた情報だけを読んだかぎりの感想ですが、「華」は「1Q84」(村上春樹)と似ているのだなと思いました。といいますか、「1Q84」が「華」に似ていると書くべきですね。

 「華」は、「一九九〇年代の東京を舞台にした、奇妙なユートピア小説」であるようです。

 「華」の登場人物たちの現実は、「いずれも圧倒的な少数派だったとはいえ、政治セクトに入る可能性と宗教的セクトに入る可能性がほぼ等距離で存在していたというのは、まさしく私たちの世代の現実だった」とのこと。ちなみに、前文の「私」は作者の細見和之さんのことです。語り手が「さまざまなテーマに関して教師のように一方的に語りか」け、「読者が永山の思想を習得していく「教養小説」という性格をあわせもってい」て、「市民社会の才能ある落ちこぼれたち」(「才能ある落ちこぼれ」に傍点)が形成する集団の物語ですが、「内容はほとんど同じ毎日の反復という様相を呈することになってしま」い、「さらにその毎日の記述には、執拗なまでにフェティッシュな書き込みが割って入ることになる」ようです。

 例えば、料理の記述は、「まるで料理番組の手際のよい解説のように、読み手がそのとおりに作ることができるようなレシピになってい」て、「『華』 ではこの類いの記述が、ほとんど爆発的と言っていいくらい、繰り返し登場する」ようです。それも、料理にとどまらず、「駅前烏丸通り『きものプラザ』」で注文した「和服の生地と銘柄が、延々と綴られてい」たりと、「宝石、自家用車、家具類、パソコン、百インチテレビなど、およそ市民社会を満たしている「商品」、しかもきわめて豪華な商品のいっさいがその欲望の対象として召喚されているかのようだ」と書かれていました。しかも、「リアリティ――は、もちろんまるで希薄」とのこと。すぐ前の「もちろん」には、もちろん永山は「華」を拘置所で書いた、という意味が込められていると思います。なお、「華」に登場する人物たちの多くは「比較的裕福なプチブル階級」であるようです。

 「華」の主人公は通称「京」という男でした。「繰り返し登場するセックスの場面」では、「そのつど相手は股間を「大濡れ」させて応じてくれる」ドンファンらしいです。「〈党は、京さんを全面支援せよ、とのことです。ですから、経済面においては安心してくださるように、との伝言があります〉」という会話も引用されていました。また、「そもそも『華』の世界には、およそ本質的な意味での「他者」が欠落している」そうです。

 最後につけ加えるなら、「〈シャバで読もうと、獄中で読もうと、『資本論』は『資本論』ですよ。科学の眼は全人間皆に役に立つものならば、受け容れるべきなのです。それが出来なかった日本は、彼を死刑囚にし、今死刑宣告ごっこが始まろうとしています〉」という会話文や、「獄中での熱心な「学習」から市民社会の側が彼にもとめていたのは要するに「悪かった」のひとことだった」ことに永山則夫が気がついたという記述からは、個人と社会が戦えばそれはもうシステムの側が勝つ、あるいは、壁と卵、という、主張や例え、にも通じるものがあるような気がしました。


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