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無知の涙/永山則夫のあらすじと読書感想文

2010年4月21日 竹内みちまろ

 「無知の涙」(永山則夫/増補新版/河出文庫)を読んだ。永山則夫についても、永山則夫が起こした事件についても、その事件の背景や影響についても、新聞やテレビで報道される範囲を超えては知らない。永山則夫の著作を読んだのも初めてだ。

 感想をひとことで言えば、圧倒された。

 「ノートを読んで」という題がつけられている秋山駿の解説には、永山則夫の下宿に残されていた社会用語辞書の裏に「私は生きる、せめて二十歳のその日まで」と書かれていたそうだ。「ノートを読んで」の内容をなぞるような形になってしまうが、自分なりに整理をしてみたい。

 「ノート1」の冒頭で、永山則夫は「私は君との世界を確立する積もりだ」と書いている。「君」とはノートのことである。「私は自分の世界を作りたい」ともある。永山則夫の中には切実な何かがあったような気がする。

 読み進めると、「ノート2」に、「囚人は人間でないと云う。がである、人間で無いということはない。笑顔を隠せというのか、怒る顔を消せというのか、鉄仮面のように。しからばその面を与えてくだされというものだ。人間失格者が人間であることを忘却したら一体全体どう成るのだ」とある。

 「ノート3」では、拘置所で、体じゅうに入れ墨を彫ってある人から「弁護士に頼んで、精神鑑定やってもらったほう〔が〕いいよ」(〔〕内は編集による補完)と言われた時の様子が書かれている。親切で言ってくれたことはわかるのだが、それを聞いた永山則夫は、胸にものがつかえたような気持ちになり、「はてはて、私は気違いなのかと疑念」している。

「良く狂人は己れを狂人と思わぬそうであるが、……私も御多分〔聞〕に漏れず、今の所狂人と思い堅〔難〕いのである。これは自身では判断出来ないものであるのは当然で、他人に見てもらうほかテはないのである。異常あることは或る意味では認めるが、それにも理由がある故で、果して異常かどうか、私には決め悪いし、兎や角念っても仕様のない事である。が、利己主義の固まりで、一般的に見ると過度に孤独な者と自身でも解る訳だが……」(文庫化された原文には「テ」に傍点、「故」に「ゆえ」のルビ、「悪」に「にく」のルビあり)

 「ノート4」になると、「それにしても取返しの付かない事件を犯したものである」とふり返りながらも、「でも、狂う事はないと願っている」とある。永山則夫は、自分は人間であり、しかも、狂っているのではないと自分自身に言い聞かせているように感じられる。

「低能と言ってしまえばそれまでであるが、あまりにも騙されすぎた俺であった。――でも、怒る事を覚えていた。
 このまま沈黙を守ったまま屍ぬのだろうか。そうだとしたら? ……情けない事と思う。法廷で怒鳴ってやりたい衝動にかられ、かられ、かられて思って考えて……やり切れなくって筆を取る。あれこれ書いて見ても、進歩のない全文面! 罪人には名誉など消えた。『ツゥ ビィ ナット ツゥ ビィ』繰返し、胸に満タンとなり、一こと口に出る」

 永山則夫は狂気の中へ落ちたのではない、自分の存在を客観視しようとする理性と、そしてなによりも、邪悪なるものへ怒りを覚える人間としての尊厳を持っている、そう思った。

 「ノート5」には圧倒された。

「狂人は人を殺した。だか何のためにとの理由はないのである――恐しい事だ。憎悪が殺人せる程にまで発展しているとはおそらく気付かなかっただろう」
「ある意味で狂人はあまりにも深淵を見すぎた」
「狂人が若し、狂行奇矯な行動を捨てたならば、一言いってやろう、卑怯者と、そして抱きしめてやろう」

 永山則夫は、「狂人日記」を書いている。すなわち、言葉では表せないものを、物語を提示することによって伝えようとしている。しかも、日記に登場する自分自身の投影とも思われる「狂人」を「抱きしめてやろう」と語っている。「物語」を超えて、すでに、「文学」がある。

 左記の個所には震撼した。

「この一〇八号事件は私が在っての事件だ。私がなければ事件は無い、事件が在る故に私がある。私はなければならないのである」
「凶悪殺人犯には死刑は必然だ。だが、凶悪犯と成る凶悪犯には死刑は無い方がよい」(文庫化された原文には「成る」に傍点)

 我思うがゆえに我があるのであれば、事件を起こしたがゆえに「私」が存在する、つまり、「私」は事件を起こしてはじめて「私」という存在になることができた、あるいは、事件を起こすことでしか「私」という存在の証明にたどり着くことができなかったと書いているように読み取ることができる。「正義の人びと」(カミュ/白井健三郎訳)に描かれた,、帝政ロシア時代のテトリスト・カリャーエフ(暗殺対象の要人の馬車に幼い子どもが乗っていて手榴弾を投げられなかった人物)は、「なぜそんなに意地を張るんです? お前は自分に対してあわれみを感じたことはないんですか?」と問いかけられて「誓って言うが、僕は人を殺すために生まれたのではなかったんです」と答える。「奔馬」(三島由紀夫)の飯沼勲は、「一寸やわらげれば別物になってしまいます。その『一寸』が問題なんです。純粋性には、一寸ゆるめるということはありえません」と供述し、「僕は幻のために生き、幻をめがけて行動し、幻によって罰せられたわけですね。……どうか幻でないものがほしいと思います」と涙をこぼす。勲は殺人を決行した。秋葉原事件の犯行者もどこでもよかったと言いながら秋葉原という場所を選んでいる。だれでもよかったと言いながら、秋葉原に集まる人でなければならなかったのかもしれない。

 「ノート6」で、永山則夫は、「私は「この事件をやって良かった」と公言したが、以後悔恨はすまい、たとい舌禍があったとしてもである」と書く。

「『……(前略)……。ぼくは破滅だ。ぼくが生きようと考えるようになったら、唯一つの憧憬する希望さえも喪失して、白痴のようになってしまうからだ。……(後略)……』――――と、この『ぼく』という私は思うのであった」(文庫化された原文には「この『ぼく』」の「ぼく」に傍点)

 永山則夫の毎日は破滅だったのかもしれない。破滅し続けて、それでもなお「私」を見つめて、そして、何かを求めていた。

 「ノート7」では、永山則夫は、そんな毎日を送る中で襲われる迷いを書いている。

「この頃、私は被害妄想狂なのではと頭をかしげる時がしばしばあるのだが……」

 雨だれの音が気になってしかたがなくて、看守に調べてもらったら雨だれはとまっていたそうだ。

「最初は気にとめなかったのだが次第次第に煩わしい音と思うようになり、果ては、私を狂わせるためか(?!)と考えるようになった。ロジン(魯迅?)の小説に出てくるあの人物のようにはひどくはないが、その傾向があるのではと懸念している。この文章を書いている最中本物の雨だれがしているが、これ以降引き続くようであるのならもう一度言ってみよう。このままではノイローゼになってしまう――と待てよ、奴等はそれを狙っているのであろうか? そうすれば一切は解決する筈だから…………思い過ごしもいいところであるが、この他にetcの妄想が浮かんでくるのであった」(文庫化された原文には「ロジン」に傍点あり)

 しかし、そんな毎日でも、永山則夫は知識を求める。拘置所や裁判所でちょっとした機会を見つけては人に言葉をかけるようになっている。しかし、「おめぇな、親のことを考えねぇのか?」と言われて、「なぜ? なぜ考えなきゃいけないの? 尤も、人情的にはあなたのように考えるのが普通だと思う、しかし、あなた自身の立場があるように、ぼくにもぼくの生き方がある」と答えたり、「ぼくは安ぽい同情なんかいらない。そんなの糞くらえだ。……それより一円の金をくれというものだ」と告げたりする。拘置所で「資本論」を完読するような永山則夫は、“革命の戦士”や“体制に立ち向かう闘士”たちの言うことにも、どうしても違和感を持ってしまったようだ。

 「ノート8」には、キルケゴールに言及した個所があった。

「彼は自分のハンディキャップの中に沈み過ぎ(尤もそれが『死に至る病』のライトモチーフなのだが)たきらいはあるが、彼はそれを捨てなかった! ――このところに、普遍的な一般的人には真似出来ない偉大さがあるのである。私はそう思う。そう思うではない、そうだったのだ! 彼は自己自身に忠実で厳格であっただけなのだ。そして、そうならざるを得なかったのが事実だと、私は思考を走らせた」(文庫化された原文には「それを」に傍点、「至」に「いた」のルビあり)

 永山則夫は、「普通」や「一般」では満足できずに、真理を探究しているように感じられる。

 「ノート9」では、告白がなされる。

「朝の麦めしと一緒に『罪と罰』を読み終った。この本は定時制高校に行っている時分買い最初のほうを読んだことがある」(文庫化された原文には「この本は定時制高校に行っている時分」と「最初のほうを読んだ」に傍点あり)
「そして、この私も、ラスコーリニコフを真似たような私も、ドストには縁が深いのだ」(文庫化された原文には「ラスコーリニコフを真似たような私」に傍点あり)

 左記へ続く。

「私は衒学しようとは思わないのだけれど、この肩書きの何一つない私は、後述するように何々を読んだと記しておかなければ一体私の話を誰が信じよう! ――これが厭なのだ! しかし、それを書かなければ実際の話何もならないのだ」

 永山則夫は、「私」が「私」であるために、そして、「私」の存在を証明するために、書き続けたのであろうか。

 「ノート10」において、永山則夫は、ひとつの事を決心していた。

「私はとうとう言ってしまった……。――それでいいと念う。若し私が自身の“告白記”なるものを書上げる段階になると、これは必ず前提的条件として記さなければならない、確実に記さなければならない事実であるのだから。
 それは、事件以前に『罪と罰』を読んでいるという事実だ」
「最初から、つまり逮捕された時点で、私が計画的にこの事件を実行したとしたならば、世論は――、私に、そして私の家族の者たちへ同情などしたであろうか? ――多分、毛頭の程も存しなかったであろう。「無知」、これでなければならなかったのだ。この「無知」であろうとする一言的表現に、すべては尽きる。――これらの事柄は、あの逮捕以前の日々考えることのなかに入込んでいた。――そういう風にある程度先を考えた所為もあり、私は馬鹿扱いされても黙っていた」
「何時の日にとりかかるのかは別として、私の自身なりに視た経歴――一〇八号事件はもちろん――についての詳細と、少しばかりの文学的繊細性を加味した報告書とでも言っておこうか、そういうものを書き残そうと想起してあることを記す。
 それには、私の全存在を自己自身が確実にこの地上に立脚しているのだと烈しく念う心情のなかでの記述でなければ、そしてそれが真相的現実性のあるものと思うのでもある――また、他者はそれを欲するでもあろうから……。私が自己の全存在を真から愛そうと努力する時、その推敲は、まるで谷間で見かける激流のように次から次と湧き出てくるだろうとも想う。そしてそれが一番最初の前提で、またそう希うのでもあった……」(文庫化された原文には、「報告書」に「レポート」のルビあり)

 永山則夫の著作を読んだのが初めてであり、事件についても、事件の影響や、法務関係、死刑論争についても、ほとんど何の知識を持たないので、簡単に言えることではないのだが、「無知の涙」を読み終えて、永山則夫の中には、幸か不幸かはわからないが、確かに文学があり、同時に、今にこの読書感想文を書いている私がやっていることなど、永山則夫が書くように、ただたんに自分の存在を知ってもらいたいという独りよがりな存在証明でしかないのかもしれないと思った。


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