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戦場から女優へ/サヘル・ローズのあらすじと読書感想文

2013年11月14日 竹内みちまろ

 イランから日本に来た女優・タレントのサヘル・ローズさん。滝川クリステルのものまねをする「滝川クリサヘル」としても活躍しています。「戦場から女優へ」(サヘル・ローズ)は、2008年に書かれた自叙伝ですが、サヘルさんの壮絶な半生がつづられています。あらすじと感想をメモしておきたいと思います。

戦場から女優へのあらすじ

 「戦場から女優へ」のカバーには、サヘルさんが、イラン・イラク戦争の際、イラクによる空爆で壊滅した村から、ボランティアのイラン人女学生によってただ一人救い出され、孤児院に入った後、その女学生の養女になったことなどが、経歴として記されています。女学生はサヘルさんを養女にしたことで家から勘当され、女学生がサヘルさんを連れて婚約者を頼り来日。しかし、「連れ子」の存在が原因で離別し、公園でホームレス生活。小学校、中学校で執拗ないじめを受け、高校在学中からJ-WAVEの史上最年少レポーターとして活動を開始。テレビ番組で、滝川クリステルのものまねをしながらニュースを読む「滝川クリサヘル」が注目を浴びる……

 というふうに文字にしてしまうと短いのですが、言葉では表せない体験が多数あったようです。

 サヘルさんは、1985年、イラクとの国境近くの町で11人兄弟の末っ子として生まれます。土を塗り固めて乾燥させただけの家に両親と合わせて13人で暮らしていましたが、空爆で村は全滅します。空爆の無かったテヘランの上流階級で不自由なく育った、のちにサヘルさんの養母になるフローラさんは心理学を専攻する大学4年生(イラン革命により大学は閉鎖中)でしたが、ソーシャルワークの勉強をしており、週に2、3回、病院でボランティアの研修を受けていました。

 1989年2月下旬、テヘランから遠く離れた町で大規模な空襲があったという情報が病院に入り、フローラさんは、医師・看護師・救急隊員たちとともに現場へ。イラク軍による攻撃や、2次災害を見極めるために時間がかかりましたが、フローラさんは空爆から4日目の朝、みなが退去準備を始める中、あきらめずもう一度現場を歩きます。瓦礫の間に青い花をみつけ、青い花のそばに、小さな手があるのを発見します。サヘルさんを瓦礫の中から救い出しました。サヘルさんは当時4歳とのことですが、正確な出生年などはわからないとのこと。

 サヘルさんは病院に収容されたのち、孤児院へ送られました。1年後、様子を心配したフローラさんがサヘルさんに会いに孤児院を訪れます。フローラさんの父親は建設会社を経営している有名な資産家で、フローラさんは真っ白な大理石の建物にプールがついた高級住宅地の4LDKアパートに住んでいましたが、フローラさんは両親に内緒で、手続きを進め、サヘルさんを養女として引き取ります。フローラさんの親から、フローラさんがアクセサリー販売の仕事を手伝ってもらっている男性との仲を疑われたこともあり(誤解ですが、イランで未婚の男女が家の中でいっしょにいると疑われるようです)、仕送りがストップ。貯金がなくなり、サヘルさんは栄養失調になります。フローラさんは、日本にいる婚約者にサヘルさんとの生活が辛いことを伝えると、日本に来てはどうかと誘われます。フローラさんが母親に電話をしたら、「行くのなら私は止めないよ、勝手にすればいいじゃない」と冷たく言われ、来日を決意。サヘルさんは孤児院を出て2年後の1993年8月、成田空港に降り立ちます。

 大学生だったフローラさんの婚約者は、ユニットバス付きの6畳一間に住んでおり、婚約者が小学校へのサヘルさんの入学手続きをしてくれました。しかし、1週間後、婚約者の態度が変わり始め、サヘルさんに手を上げるようになります。「大学に好きな子がいる。その子と結婚したい」「出ていってくれないか」などと告げられ、日本に来て3週間後、フローラさんはサヘルさんを連れてアパートを出ます。行く場所がないので公園の土管の中で寝るようになります。2週間ほど過ぎた頃、小学校の給食担当の職員から、「あなたは、いつも給食をたくさん食べるのね。それに毎日、同じ服を着ているし、何か困ったことがあるんじゃないの?」と声を掛けられたことがきっかけで、アパートや、イラン人社長が経営するペルシャ絨毯の会社での仕事などを世話してもらいました。

戦場から女優への読書感想文

 サヘルさんは小学校・中学校でいじめられ続け、フローラさんは朝の9時から夜の9時まで毎日働かされて月給数万円というような状況で、2人の苦しい生活はまだまだ続くのですが、この辺りで、感想へ移りたいと思います。

 「戦場から女優へ」は、読み終えて、サヘルさんの心の強さのようなものを感じました。

 サヘルさんは、フローラさんから教えられたこととして、「ほんとうの自分と信念さえ持っていれば、人を許せる心を持つことができるし、人を許せる心があれば、どんな人が目のまえに現れようとも、進むべき道が揺らぐことはない」と記していました。大学3年生の時に進路を考え、表現する者になりたいと強く願い、通い始めた声優関係の専門学校で大学生とはレベルの違う夢と目標を持った仲間たちと出会い、「もはや遊んでいる時間はありませんでした」と感じたとのこと。

 2006年に受けた「スーパーJチャンネル」(テレビ朝日)の外国人レポーターのオーディションでは、専門学校で暗唱させられていた歌舞伎の長ぜりふを一気に披露し、面接官全員を唖然とさせて合格。テレビに出るようになってから約1年後、友人の紹介で受けた「そっくりものまね紅白歌合戦」(フジテレビ)のオーディションは、応募者が約300人いて、大手芸能プロに所属するプロのものまね芸人にはかなわないと思い、トークで勝負。素人部門の「顔だけそっくりさんコーナー」に出演することになり、誰に似ていると言われたことがありますかとの質問に、「山本モナさんと滝川クリステルさん」と書いて提出。その番組を見た、「THE・サンデー」(日本テレビ)の担当者から出演依頼の電話があり、「滝川クリサヘル」が誕生したとのことでした。

 サヘルさんは、「いまの仕事はバラエティーが中心ですが、ドラマにも積極的に出て、将来は女優として活躍していきたい」と書いていました。「私は使い捨てにだけは、ぜったいになりたくない」とも。

 また、サヘルさんは、「戦争は、国同士の争いを個人的な憎しみに転化します」と書きます。サヘルさんの最終目標は世界中の孤児たちを救うことで、祖国イランにも貢献したいと願っています。そのために、伝える者、表現する者としての仕事をし、自分が「生かされている理由がそこにあります」とも記していました。

 「サヘル」とはサハラ砂漠の南縁を東西に延びる乾燥地帯のことで「静か」という意味があり、「ローズ」はバラが好きなフローラさんのセカンドネーム。記録が何も残っていないため、サヘルさんの本名を知る手掛かりはないとのことですが、サヘルさんは、サヘルさん自身が表現者となり、さらにその上で、伝え続け、表現し続けることで、「サヘル・ローズの人生」、あるいは、「名もなき一人の孤児の人生」という作品を作り上げようとしている、「戦場から女優へ」を読み終えて、そう思いました。


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