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そこのみにて光輝く/佐藤泰志のあらすじと読書感想文

2013年8月19日 竹内みちまろ

「第1部 そこのみにて光輝く」のあらすじ

 海峡を4時間半かけて行き来する連絡船の船員たちが市営プールを利用し、真夏でも焚火なしでは海で40分と泳ぎ続けることができない北の地方都市で、29歳10か月の達夫は、ドックで大規模はストライキがあった町一番の造船会社を春に辞め、その夏、無為な日々を過ごしていました。パチンコ屋でライターをあげたことがきっかけで知り合った28歳の大城拓児からメシに誘われ、連れ立って、拓児の家へ向かいます。

 達夫の父親は、戦争から戻ってから、毎夜重い荷物を背負って海峡を行き来する行商人となり、母親は父親の死後、喘息を悪化させて死にました。父親が死んだ時、造船会社に勤めていた達夫は、妹の高校の学費を出しました。妹は、生命保険会社で社内結婚した夫と3歳の息子といっしょに、海峡の向こうの町で暮らしています。達夫はその妹が強く望んだ両親の墓を、のちに町の西側を削って作られた高台の共同墓地に、造船会社の退職金で買いました。買ったあとも、達夫は、妹が両親の墓に執着したことを、「あれは何なのだろう」と思いめぐらします。

 拓児の家は、バラックでした。それも市の土木課も観光課もつぶすことができず一軒だけ残っているもので、一帯はかつては、周囲が砂山で、バラックが立ち並んでいた場所でした。達夫は、子どものころ、この辺りではどの家でも犬の皮を剥ぎ、物を盗み、廃品回収業者や浮浪者のたまり場だとと聞かされて、近づくことはなかった場所。拓児は、市が建設した6棟の真新しい高層住宅へ「あれを見ると胸がむかつく」と毒づき、「焼却炉だって、ここに持ってくればどこからも文句が出ないと思っている。実際、大半の連中はあの建物に入った。でも、俺は犬じゃない。俺の家族もよ」と口にします。

 拓児の家には、寝たきりですが性欲だけは旺盛になっている老父と、父親の性処理に疲れ果てた老母と、水商売で一家を養っている拓児の姉の千夏がいました。性欲を抑える薬もありますが、それを使うと脳がやられてしまうといい、薬は使わず、老母が寝たきりの老父の性欲を処理していました。が、老母は夫の性欲処理に疲れ果ててから、ずっと、夫の性欲処理を、「すまない、すまない、死ぬまでだから」と頼みこんで、千夏に任せていました。「仕方ないわよ」という千夏の声は、投槍ではありませんでした。拓児に連れられた達夫が、そのバラックへ入ると、老母は、うさんくさそうな顔を達夫へ向け、拓児に、刑務所の友達かい、と尋ねます。

 達夫は、翌日も拓児の家を訪れます。千夏を見かけていたからでした。達夫が来た時、夜の仕事をしている千夏は寝ており、慌てて起きて化粧をしていない青ざめた顔で、「何をしに来たの」と達夫へ告げました。達夫は半ば強引に千夏を連れ出します。千夏は、「なんであんた結婚しないの」と聞きます。達夫は「見合いの話ならある」「妹の高校の同級生さ」などと話します。千夏は、「あたしもね、今の商売に入る時、海を渡ろうかと思ったわ」などと語り始めます。千夏は顔を達夫の胸におずおずと押し付け、「あの家を出たい」「そのためなら何をしてもいい」とささやきます。千夏は、「サムライ部落の子は犬殺しだって。犬の皮を剥いで食べているって」などと子どものころから、からかわれっぱなしだったことを、屈託なく話します。

 町中が、夏祭りの準備と、赤旗を振る造船会社の青年部も関わっている老アナキストをまつり上げたシンポジウムイベントの準備と、ご当地出身の横綱が登場する河口のそばの広場で開催される相撲巡業で浮足立っていました。達夫は、千夏に、「前の男との子供はいるのか」と聞きます。千夏は、18歳のときに一緒になり5年間連れ添った中島という男の存在を話します。千夏は「最近、縒(よ)りを戻したがっているの。あたしが今の商売に入ってから」と告げます。達夫は「食い物にする気だろ」と答えます。

 達夫は、拓児に聞いて、テキ屋をしている中島に話をつけに行きました。

「第2部 滴る陽のしずくにも」のあらすじ

 32歳の達夫は、妻の千夏と、3歳のナオといっしょに、街の見捨てられた場所にある、海岸沿いのアパートで暮らしていました。千夏には一緒になるとき、「水商売はやめろ」とだけ言い、千夏は言うとおりにしました。廃品回収業だった千夏の老父が死んだ後も、老母は、市が用意する快適な住宅に入ろうとせず、バラックに住み続けます。拓児は、半年近く、バラックから東京に出稼ぎに行く生活をしていました。

 達夫は、水産物加工会社で冷凍イカなどを加工する仕事をしていました。拓児がサウナで知り合った松本から、競馬で当てた金で、中古車を4万円で買いました。

 松本は、死んだ松本の父親が採掘権を持っている鉱山で水晶を掘っていました。松本は、出し抜けに、「本当は、あんたは満たされていないだろう」と達夫へ言い放ちます。

 純粋ですが、単純な拓児は松本と山へ行きたがっていました。達夫が「松本は承知しているのか」と聞くと、拓児は「まだだが、するにきまっている、しないわけがないだろう」「男の仕事だ。あいつだっていっていたろう。もしかすれば水晶なんてものじゃない。金山だって掘りあてられるかも知れない」とすっかり山へ行く気になっていました。

 達夫は、松本は自分よりも少し年上でしょうが、大胆さと慎重さを充分身に着けており、拓児を山へは連れて行かないだろうと予想します。ただ、「今でもこいつは自分を持て余している」と感じる義弟の拓児のために、松本に、拓児を山へ連れて行ってくれるよう頼みました。案の定、松本は、「あんたの義弟には向いていない」と言ってきましたが、同時に、「もしあんたが俺の相棒になってくれるのなら、たった今でもオーケイだ。俺の方から誘いたいぐらいさ。だが、あんたはやすやすとウンとはいわないだろう」と告げてきました。松本は、「一度だけだ」という約束で、拓児を山へ連れて行くことを承知しました。達夫は、「鉱山へ行きたがっているのは、本当は俺のほうかも知れない。そうなら、松本はそれを見抜いている」と感じます。

 鉱山への出発が7月の第1土曜日と決定しました。2週間弱しかありません。拓児といっしょに山へ行くと決めていた達夫は水産物加工会社に辞表を出します。千夏は、達夫に、「あんたは生まれてはじめてこの土地を離れるのね」とだけいいました。達夫は、松本の元妻で、20代後半と思える和江に出会います。一方、拓児は、狭い町で昔の千夏を知っている男に会い、ナオが誰の子かわかったものではない、とにやけられ、その男をぶちのめしていました。テキ屋をやめた拓児は今は堅気でしたが、シャブ中というその男は組の者かもしれないと、達夫は危惧します。

そこのみにて光輝くの読書感想文(ネタバレ)

 達夫に鉱山行きを決意させたものは何のだろうと思いました。造船会社を辞めたときの達夫は、独身で恋人もおらず、両親が死んでおり、妹は嫁いでいました。いわば、養うべき者はおらず、背負うべき責任もない状態です。

 ただ、鉱山行きを決意した時には、達夫には、千夏とナオ、そして、バラックに暮らす千夏の母親である義母がいました。達夫は、鉱山へ出発する前に、義母がバラックを出て千夏とナオといっしょに3人で暮らすことを承諾するよう、拓児と千夏を説得し、拓児は思うところがあるようでしたが、千夏は達夫の案に賛成でした。

 ただ、達夫が、家族を守る、家族がいっしょに暮らす、あるいは父親や夫という役割を果たすことに満足する男なら、面白くはありませんが不満もない水産加工会社の仕事を続ければいいわけですし、妹の夫からはもっといい仕事を紹介するとまで言われていました。

 達夫は、人生の意義だとか、幸せだとか、役割だとか、そういったことは考えず、衝動にも近い本能で生きているのかもしれないと思いました。達夫は心の中に、何か整理をつけることができないものを持っているのだと思います。飢えや乾き、もしくは満たされぬものとも違うのですが、達夫は、「自分が、鉱山で発破を仕掛け、岩陰に身をひそめ、ドリルを使いこなし、汗みずくになって陽になぶられ、夜、深い疲労と共にプレハブの小屋でぬかるみにはまったように眠る姿を、あれこれ頭に描」くと、「うずうずとした熱っぽい感情がこみあげてき」ます。達夫が感じているものを、松本は、「満足とか不満足とか、そんな話でもないだろう」と表現していました。

 達夫はそんな男ですが、同時に、過去にも世間体にも捕らわれず、今を生きることに注力できる人物でもありました。千夏のことをどうこう言う人間は狭い町の中にはいますが、達夫は、拓児に、「いいか。もうすんだ話だ。少なくとも俺と千夏にはな。とやかくいう奴はまだいるだろう。だが、いつまでも昔のことにかかずらわっていられないんだ」と言い聞かせます。ただ、達夫は未来を見ることをせず、また、達夫の中にある満たされぬものの根源が、例えば幼いころの愛情の欠如だとかいったように原因を突き止められることでもありません。

 「そこのみにて光輝く」は、読み終えて、もし達夫が、サラリーマンでいることに満足し、家族を持ち、家を持ち、趣味を持ち、子どもを育てることが人生のすべてだと思っている男なら、さぞかし「立派な人生」を送ることができるだろうと思いました。頭が切れて、行動力があり、人を見る目も、バランス感覚もある達夫なら、どんなサラリーマン仕事も、世間の波も、そつなくこなすことは容易いと思います。でも、達夫には、そういった生き方ができない何かがあるのだと思いました。

 また、ラストシーンも心に染みました。拓児が千夏をひやかす男を刺してしまい、警察に出頭してから、バラックに住む義母は、ますます頑なに、「ここであの子(=拓児)を待つ」と、バラクを離れようとしなくなりました。それまで、義母はあまり大きな存在としてはストーリーに関わってこなかったのですが、ラストシーンに来て、といいますか、「ここであの子を待つ」というひと言によって、「そこのみにて光輝く」という作品が義母の作品であるとも思えるほどの存在感を放っていました。

 達夫の中に何かがあるように、義母の中にも譲ることのできない何かがあるのだと思いました。思えば、両親の墓の管理費を律儀に送ってくる達夫の妹にも、拓児の自首を聞き「警察になんかには、とことん楯をついてやるわ。あんたなんかに、あたしらのことなんてわかりっこないわ」と達夫にまくし立てた千夏にも、「お袋がひとりになる。後を頼みたい」と達夫に母親を託した拓児にも、譲れないものがあるのかもしれません。

 「そこのみにて光輝く」は、言葉では説明できませんが、血に染み込んでいるとでも言える何かを抱えながらも生き続けなければならない生を描くことを通して、人間というものを描いた作品だと思いました。


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