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ユリゴコロ/沼田まほかるのあらすじと読書感想文

2017年2月5日 竹内みちまろ

ユリゴコロのあらすじ(ネタバレ)

 「僕」こと亮介は2年前、鉢高山(はちだかやま)の麓に、犬と飼い主のための会員制の喫茶店「シャギーヘッド」を開店し、2階に住んでいたが、自転車操業状態で店を離れられなかった。

 亮介は、棟上げが済んだばかりの「シャギーヘッド」の建築現場にふらっと現れて働くようになった千絵と婚約し、千絵を両親にも会わせて気に入ってもらえたが、会わせてから2か月も経たないうちに千絵が突然店に来なくなり、亮介が訪ねると千絵の部屋が引き払われていた。

 この春、亮介の父親が末期のすい臓がんと診断された。父親は抗がん剤や放射線による治療を拒んだ。父親がすい臓がんと診断された2か月後、母親が交通事故で他界。両親がケアハウスに入居している祖母の見舞いに行った帰り、横断歩道で赤信号を待っているとき、母親がふらりと車道に飛び出し、父親が声を掛けたときにはもう見えなくなっていた。

 1時期は3世代が一緒に暮らした家には現在、父親だけが住んでいた。父親が家を空けているときに、亮介が家に帰ると、古いけれど、部屋数が多い家は、呼吸を止めた空き家のようだった。

 亮介は2階に上がり、父親の書斎に入った。吸い殻があり、父親が苦労して止めたたばこをまた始めたことが分かった。押入れの襖が少し開いており、中を覗くと、押入れの上の段の手前に、ひとつだけ口が開いた段ボール箱があった。中には、古着の下に、白い夏用のハンドバッグがあった。

 亮介は理由が分からないまでも「これは母のものではない」と確信した。が、ハンドバッグの中には、ひと束の黒髪が和紙に包まれており、「美紗子」という母親の名前が墨書してあった。亮介は1本の白髪も混ざっていないため、若い頃に切られた母親の髪の毛ということになると思った。

 さらにダンボール箱をあさると、底に、4冊のノートが入った茶封筒があった。ノートには「ユリゴコロ」と題された独白調の文章が記されていた。

 「ユリゴコロ」は「私のように平気で人を殺す人間は、脳の仕組みがどこか普通とちがうのでしょうか」という文で始まっていた。

 亮介は、数回に分けて「ユリゴコロ」を読んだ。

 **「ユリゴコロ」**

 「私」は、4歳か5歳のころ、母親に連れられて定期的に病院に通っていた。医師は言葉をしゃべらない「私」につて、母親に、この子には“よりどころ”がない、この子なりの何かの“よりどころ”を見つけ出せればいいのだが、などという話をした。幼い「私」は、医師の“よりどころ”という言葉が“ユリゴコロ”と聞こえた。みんなが持っているらしいものが、なぜ自分にはないのかと幼いなりに不公平な気がして、なんとかして“ユリゴコロ”を手に入れないといつも思っていた。

 「私」にはうなじの付け根に瘤があった。母親は妊娠中にバスに乗ろうとした際、足を踏み外してお腹をぶつけたことがあった。母親は「私」がしゃべらないのはそのせいだと気に病んでいた。

 ある日、診断の後に、母に連れられて、「私」はデパートのバーゲン会場にいった。ガラスのショーケースの中に、驚いたような諦めたような目つきで「私」を見ている金髪の女の子の人形があった。その子が“ユリゴコロ”だとピンときた。「私」は、人形をユリコを名付けた。何度も何度も人形とばかり遊ぶ「私」を、母親は気味悪そうに眺めていたが、「私」は、言葉をしゃべったくらいでは、たぶん自分は壊れたりはしないと分かった。

 小学校の普通学級に編入された「私」は、ほとんど唇を動かさないやり方で短い単語の受け応えができるようになっていた。

 小学2年生のとき、裕福な家に育つクラスのかわいい人気者・ミチルちゃんの家に遊びに行ったとき、「私」の目の前で、ミチルちゃんが池に落ちて溺れかけた。「私」は何もせずにただミチルちゃんが溺れる様子を、ミチルちゃんが動かなくなるまでじっと見ていた。ミチルちゃんの死の感触が「私」の“ユリゴコロ”になったため、「私」はユリコを、家のそばを流れる汚れた川に捨てた。

 中学3年生のとき、「私」は、兄と妹らしい2人の子どもが園路を駆けてくるのを見かけた。妹がミチルちゃんにそっくりだった。「私」は2人を尾行した。妹の白い帽子が風で飛ばされてしまった。近くにいた青年が道路と公園の間の溝の鉄蓋を持ちあげ、その間に、兄が溝に体を乗り出して帽子を取ろうとした。「私」は、今だと思い、手伝う様子を装って、わざと鉄蓋を押して、鉄蓋を兄の身体の上に落とした。鉄蓋に挟まれた兄は、動かなくなった。

 専門学校に入った「私」は、自分と同属めいたものを感じていたみつ子という学生と話をするようになった。みつ子の部屋にも行くようになった。みつ子は、近くのラーメン屋の若い店員からよくナンパの声を掛けられていたが、「私」が夜に一人で歩いていると、店員が声を掛けてきた。「私」は店員の誘いに乗るふりをして、店員を階段の上まで連れて行き、階段から突き落として殺した。

 みつ子は、リストカットを繰り返していた。「私」は、みつ子の手首を深く切ってあげて、みつ子が絶命するまで、みつ子を眺めた。

 「私」は建築会社の事務員になったが、周りの女子社員を見て、何かあれば泣きたくなくても泣けばいいのだと思い、ことあるごとに泣いていたら、会社に居場所がなくなり、追い出された。

 「私」は毎日、雑踏の中をあてもなく歩いたりしてすごした。昼間から座っていたベンチを夜が深まってから立ち、道路の方に歩いて行くと、車にもたれかかった老人に声を掛けられて売春をした。老人はたくさんお金をくれた。「私」は、自分には事務員よりもこの仕事の方が向いていると思った。

 冬の夜に、売春目的で通りがかった男に声を掛けると、建築会社にいた係長だった男だった。男はタクシーの中で3万円を「私」に差し出し、「私」を建築会社の2階の事務所に連れて行った。男が「どの子の机でやるかな」と選んでいるときに、「私」は何の計画も意図もなくくずかごを取り上げて、前を歩く男の頭に思いっきりたたき付けて、男を殺した。ホテルの部屋では、別の男を、とくに理由もなく、眠っている頭にビーナスの石膏像を打ち付けて殺した。

 売春を繰り返しているうちに、「私」はある男に出会った。その男は、かつて「私」が殺した兄であった少年のために鉄蓋を持ちあげていた男だった。男は、少年を殺してしまったことを気に病んでいた。その場にいた少女にも悪いことをしたと悔んでいた。男は「私」に、近ごろ全然眠れないことを告げ、ベッドのそばですわっていてくれないかと告げた。……

 **

 「ユリゴコロ」を読んだ亮介は、「ユリゴコロ」の中の「私」は母親で、「私」の息子が自分ではないかと想像した。

 亮介には奇妙な思い出があった。それは、4歳の頃に長期の入院から戻ってきたら、お見舞いに来なかった母親が別人になっていたと感じたことだった。

 亮介は父親についても奇妙な思い出があった。亮介が中学生くらいのころ、デパートの食堂で昼食を取っている際、偶然会った父親の昔の会社の同僚が声を掛けてきたが、父親は、同僚に出たらめな勤め先と電話番号を告げていた。

 亮介は「ユリゴコロ」の内容を、大学生である弟の洋平に話した。洋平は、亮介が中学1年生くらいのころ、夜中に目が覚めて薄目を開けたら、母親が胸に枕を抱えながら亮介の枕もとで亮介を見つめていたことを告げた。

 さらに洋平は、「祖父ちゃんの死に方も、なんか不自然だったよね」と、亮介が中学3年生のとき、日曜日に父親と祖父しか家にいなかったときに祖父が持病があったわけでもないのに心不全と見なされた突然死を遂げたことを指摘した。

ユリゴコロの読書感想文(ネタバレ)

 「ユリゴコロ」は読み終えて、色々なことを感じましたが、今回は家庭というものについて感想を書きたいと思います。

 亮介が4歳の頃に入院から戻ってきたら母親が別人になっていたと感じたことはその通りでした。亮介の父親ががんと診断された後に道路に飛び出して死んだ母親は、「ユリゴコロ」の著者であり亮介の実の母親である「美紗子」の妹の「英実子」でした。

 亮介の実の母親である「美紗子」は、「ユリゴコロ」を読んで「美紗子」が息子である亮介を殺すつもりであることを知った「美紗子」の両親と「美紗子」の妹の「英実子」によって、生きたまま縛られて、重しを付けられてダムに沈められました。

 「英実子」は「美紗子」を沈めた後、「美紗子」として(=亮介の母親として)生きることにしました。しかし、いくら姉妹とはいえ、4歳の亮介にとっては別人に変わりはなく、「ちがうよ」、「この人はお母さんじゃないよ」と言います。しかし、「英実子」から痛い注射をたくさん打たれたからそう思うだけと言われてしまい、周りの大人はみんな笑うばかりで誰も取り合ってくれません。そのうち、違和感や、違和感を抱き続けることへの罪悪感もいつのまにか忘れて、1年後に弟の洋平が生まれた頃には、母親についてどう感じたのかを忘れていました。

 この場面を読んで、もしかしたら、家族や家庭というものには、本人だけが知らないけれど、周りの人はみんな知っている事実というものがあるのかもしれないと思いました。さらに、いくら本人が「おかしい?」と思っても、周りの人が誰も取り合わず、そのうちに、本人(特に子ども)にも分からなくなったり、忘れてしまったりしてしまい、それでも、生活が続いて行くことがあるのかもしれないと思いました。

 本作においては、母親が妹と入れ替わるという事態でしたが、そこまで行かなくても、いくら、本人が不思議に思ったとしても、子どもには黙っていることがあるのかもしれません。

 そのことの良し悪しは一概に言えませんが、もし、周りの人はみんな知っていて、自分だけが知らないことがあり、そのうえで、何もないものとして時間が流れていた場合、どういう気持ちになるのだろうと思いました。

 ここで考えてみると、本人が知らず、かつ、「おかしい」と疑問に思うことすらしなかったら、本人にとっては何もおかしいことはなく、実は平凡な毎日ではないはずなのに、本人にとってはただ平凡な毎日が流れるのだと思いました。

 本作では、亮介は実は母親(だと思っていた人)から生まれたわけではないという事実が明かされます。極端な話ですが、例えば、何らかの事情があって実は自分が両親とは血が繋がっておらず、かつ、本人がそのことを知らないという現象は、現実世界の中にはあり得るのかもしれないと思います。

 そう考えると、人間社会って、奥が深いなと思いました。


→ 「彼女がその名を知らない鳥たち」(沼田まほかる)のあらすじ&読書感想文|ネタバレあり


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