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秋/芥川龍之介のあらすじと読書感想文

2006年4月17日 竹内みちまろ

秋のあらすじ

 「秋」は、姉妹と従兄の三角関係の物語です。主な登場人物は、三人です。

 ○姉妹:信子、照子

 ○従兄:俊吉

 信子は将来は作家として文壇に立つことは間違いがないと言われていた逸材でした。在学中にすでに300何枚かの小説を書きあげたと噂されたこともあったようです。信子と従兄の俊吉は公認の仲でした。2人は文学の話をはじめると親しさがいっそうに募りました。しかし、信子は女学校を卒業すると別の男と結婚しました。信子は大阪に行って幸せな家庭を作ります。照子は俊吉と結婚しました。しかし、信子の心には「しこり」が残っていたようです。結婚生活になぜか満足できません。打ち込んでいた小説の創作に取り掛かって夫から嫌な顔をされたりします。かといって、信子と夫との仲が悪いわけではないようです。布団の中ですすり泣いていても、信子はいつの間にか夫にしがみついているような毎日を送っています。

 信子が夫を会社に送り出したあとに手紙を読む場面がありました。

「御姉様も俊さんが御好きなのでございますもの。(御隠しになつてはいや。私はよく存じて居りましてよ。)私の事さへ御かまひにならなければ、きつと御自分が俊さんの所へいらしつたのに違ひございません」

 大阪行きの汽車に乗るときに、妹の照子がそっと渡してきた手紙でした。信子は手紙を読み返すたびに妹のいじらしさに涙がでます。そして、涙のあとの心にいつも重苦しい気持ちを感じます。妹が言うように信子の結婚は犠牲的なものだったのであろうか? 信子はそんな疑問に答えを出せないで夕日を見つめて時間を送ります。

 翌年の秋に場面が移ります。帰京した信子が妹夫婦の新居を訪れる場面で物語は佳境に入ります。

「照さんは幸福ね。」

「でも御兄様は御優しくはなくつて?」

 姉妹は、お互いが幸せではないことを感じているように思いました。

 姉妹の特性を個条書きにすると以下のようになると感じました。

【信子(姉)】

・自分から俊吉とは別の男と結婚

 心に「しこり」を残しているがその原因を自分でもわからない

 俊吉と結婚した照子が幸せではないことを知って「残酷な喜び」を感じる

【照子(妹)】

・俊吉が自分と結婚したあとも信子と俊吉がお互いを思っていることを知る

 これだけを見ると物語はどんな展開をするのかと思うのですが、「秋」の登場人物たちは口では何も言いません。また、自分の気持ちに素直になりたいという発想を持っていないように思えました。それぞれがそれぞれの思いを内に秘めながらもただ目の前にある現実を生きます。お互いの気持ちに気づいたからと言っていったんリセットボタンを押してから人生をやり直すようなことは、芥川が生きた時代の日本社会ではありえない現象だろうと思います。

秋の読書感想文

 「秋」を読んだときに感じたのは芥川の信子に対する思いでした。「秋」は三人称で書かれていますが、語り手の視点は信子に固定されています。風景描写はすべて信子の心理描写として利用されていました。でも、信子の心をあますところなく描いているかというとそうではないように感じました。抑えた表現で、信子の揺れ動く心をていねいにつづっているように感じました。曇りガラスの向こうに面影だけ見える女性をこよなくいとおしむような芥川の視線を感じました。

 「秋」は12,000字弱の短編ですが、印象に残った場面がいくつもありました。どれも信子の揺れ動く心を描いた場面でした。

 姉妹と従兄の3人は在学中によくいっしょに展覧会や音楽会に出かけたようです。いつも、信子と俊吉だけが話しに夢中になり妹の照子をかやの外にしてしまったようです。信子はそんな雰囲気を感じると必ず話題を転じてすぐに照子を中に入れていました。しかし、「その癖まづ照子を忘れるものは、何時も信子自身であった」と書かれていました。

 大阪での結婚生活が紹介される場面がありました。信子は、夫を送り出した家の中でゆううつさを感じるようになっていたようです。「するとその頃から月々の雑誌に、従兄の名前が見えるやうになつた」ようです。信子は、俊吉が書いた小説にいままでは感じたことがなかった「寂しさうな捨鉢(すてばち)の調子が潜んでゐるやうに思はれ」て、「同時にさう思ふ事が、後めたいやうな気もしないではなかつた」と描かれていました。しかし、それから信子は夫に対して「何時も晴れ晴れと微笑」するようになり、夫婦の会話で夫からからかわれたりすると、「信子は必(かならず)無言の儘、眼にだけ媚(こび)のある返事を見せた」りしたようです。俊吉の寂しさ感じ取った信子は、うしろめたさを感じながらもうれしさがこみあげてきてしまったのでしょうか。

 「秋」のラスト・シーンは白眉でした。照子と俊吉の新居を訪れた信子は、外出していた俊吉の話題に触れてから照子と気まずい雰囲気になります。照子は泣きだしてしまいました。「泣かなくつたつて好いのよ。」と口では言いながらも、信子は「残酷な喜び」を感じます。

「私は照さんさへ幸福なら、何より難有(ありがた)いと思つてゐるの。ほんたうよ。俊さんが照さんを愛してゐてくれれば――」

 信子は、顔をあげた照子に「抑へ切れない嫉妬の情が、燃えるやうに瞳を火照(ほて)らせてゐた」のを見ます。信子は、俊吉の帰りを待たずにいとまを請いました。信子の心は静かでした。信子の心は「寂しい諦め」に支配されたようです。信子は、照子とは永久に他人になったと感じました。そんな信子が駅に向かう車の窓越しに俊吉を見かけます。「好いかい。待つてゐるんだぜ。午頃(ひるごろ)までにやきつと帰つて来るから。」と言い残して外出していった俊吉が帰ってくるところでした。静かに澄みわたっていた信子の心は、俊吉を見かけたとたんに騒ぎはじめました。しかし、信子は声をかけませんでした。「秋」はそんな場面で終わりました。

 青空文庫に芥川の「春」という作品が収録されていました。読み進めると「秋」と設定がほとんど同じでした。「春」も姉妹と男の三角関係の話でした。「春」でも語り手の視点は姉に固定されていました。姉は、妹から頼まれて妹の婚約者の男に会いに行きます。男は姉が昔から知っている人物でした。姉は、久しぶりに男と再会しました。2人の心にさざ波が立つ気配がしました。しかし、「春」はそこで終っていました。どうやら未完のようです。「春」の経緯は知らないのですが、姉妹と一人の男という設定で作品を残したいという芥川の思い入れを感じました。

 「婦人画報」という雑誌の1920(大正9)年4月1日に発行された第170号に、女性に対する芥川の理想が掲載されたようです。編集部からの「一、私の好きなロマンス中の女性 二、並にその好きな理由」というアンケートへの答えとして掲載されたと青空文庫に書いてありました。

一、ロマンスの中の女性は善悪共皆好み候。

二、あゝ云ふ女性は到底この世の中にゐないからに候。

 信子は、俊吉への恋心をどうすることもできないかわりに、俊吉の妻となった照子が俊吉から愛されていないことを照子に思い知らせて恍惚感にひたっているように思えました。とくに、照子と俊吉の新居の場面では、信子は口では照子が俊吉に愛されてくれればといいながらも、心の中では、俊吉が愛しているのは自分だという思いをわざわざかみしめます。照子にとっては屈辱以外のなにものでもないように思えました。そんな照子を見て、よろこびにひたる信子は残酷な女だと思いました。

 ロマンスとは、いわゆる、作り話になると思います。作り話の中の女性とは、空想の中で作りあげた女性であり、同時に、この世には存在しない女性かもしれません。作家は、この世には存在しない女性への思いを作り話の中で昇華させるのかもしれないと思いました。

 「秋」を読むと、芥川龍之介の父親は、芥川龍之介の母親であった女性の妹と再婚していたようです。芥川龍之介は、作品の中に描いた信子のうしろ姿を見つめながら誰を思っていたのでしょうか。


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