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1R1分34秒/町屋良平のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2019年6月19日

1R1分34秒のあらすじ(ネタバレ)

 プロボクサーである21歳の「ぼく」は、デビュー戦を初回KOで華々しく飾ってから、二敗一分けと負けが込んでいる。ぼくは、また次の試合を控えている。ぼくは試合前になると、必ず夢の中で対戦相手と親友になってしまう。試合相手が決まると、SNS、ブログ、通っているジム周辺の環境などもチェックし、相手をとことん分析しすぎてしまうことが原因である。

 今回の対戦相手、近藤青志とも夢の中で互いに切磋琢磨し合い、友情を育んでしまっている。しかし、実際に青志とリングの上で対峙し、試合に負けてしまうと、勝手に相手に裏切られた気持ちになる。ぼくは、その試合のビデオを見ながら、あの時こうしていればと何度も考える。そして負けてしまうとわかっている自分を見ながら、「がんばれがんばれ」と応援し、涙を流す。ぼくの成績は、三敗一分になってしまった。

 試合に負けて気持ちが回復しないぼくは、次の日、「友だち」に誘われて美術館に出かける。ぼくにとっての唯一である友だちは、一応大学生であるが学校にはほとんど行かず、iPhoneで映像を撮りため、その映像を使って映画を作るのが趣味である。友だちは、たまにぼくを美術館などに誘い、連れ出してくれる。

 友だちと出かけると、友だちはよくiPhoneをぼくに向けて撮影をする。友だちは、ぼくに、カメラを向けられたら出来る限りしゃべるようにと言っている。そのせいか、友だちのカメラを向けられている時だけは、自分の心境や思考をペラペラ話せるようになっていた。今回は、この間の試合について、対戦相手について、自分の心境について、ぼくは思ったことを語った。

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 ある日、ぼくがジムの手伝いで、体験レッスンのスタッフとして働いていると、女性が2人体験希望でやってくる。そのうちの1人の女の子がタイプだったぼくは、彼女に電話番号を渡して、その後彼女と体の関係を持つようになる。彼女には彼氏がいたが、ぼくとは「ボーイフレンド」という名の関係を続けることになった。それでも、ぼくは彼女のことをかわいいと思い、幸せな気持ちだった。

 ぼくがジムへ行くと、いつものトレーナーから新しいトレーナーを紹介される。「ウメキチ」と呼ばれる、ぼくの4歳上くらいの男で、まだ現役のボクサーである。同じジムにいるウメキチは、なんとなく言葉を交わしたことがある程度で、人当たりは良いが奇人という噂があった。ぼくは、長年ついていたトレーナーに見捨てられたと感じたが、いつかはこうなるという予感もしていた。ウメキチは、ぼくの試合を欠かさず観ていてくれていた。また、ぼくの思考もよく分析していたため、ウメキチと話していると自分の考えを読まれているような感覚に陥り、ぼくは戸惑っていた。

 実際に指導が始まると、ウメキチはぼくのパンチのクセを見抜き的確にアドバイスをするようになる。しかし、今までのスタイルとは異なる指導に、ぼくは次第にイライラしていく。セオリーとは程遠い、綺麗とはいえないボクシングスタイルを新しく提案してくるウメキチに、ぼくは反発を覚えて態度に出すが、そこでウメキチに、「お前は勝ちたいのか?きれいなボクシングにしがみつきたいのか?」と問われる。その言葉を聞いてぼくは沈黙した。

 ぼくは、ウメキチの言葉でこれまでのスタイルにしがみついていた自分に対して、劣等感を感じた。そして生きていることに対して苦しい気持ちを覚えた。しかしウメキチはぼくに「俺は、まだまだ勝てるお前の才能に嫉妬している」と言葉を投げた。ぼくは、「才能」という言葉を聞き、気づけば涙を流していた。ウメキチのその言葉を信じたいと思っているぼくがいた。

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 ぼくはまた、友だちと美術館に来ていた。相変わらずiPhoneを手にしている友だちに「なんでいつも撮ってんの?」と聞くと、反対に「なんでボクシングやってんの?」と聞き返された。ぼくは、ボクシングをやっている理由がわからなかった。最初はぼくにも色々な目標があったような気がするが、今はどうなのか自分でもわからなかった。「ただ毎日がそうなっている」と答えた。

 友だちに頼まれ、ぼくはシャドウボクシングをして見せた。友だちがiPhoneで撮っていたので、始めは「見せる」用のシャドウをしていたが、いつしか、シャドウの相手が青志である妄想をしていた。妄想の中のぼくは青志を追い詰めていたが、ふと、妄想で相手を倒すことに何の意味があるのだろうと思い、ぼくは動きを止めたのだった。

 ぼくは、しばらく自分の意見を放棄して、ウメキチの指導に忠実に従うようになった。自分でこうしたいという思考や、気持ち良さ、手ごたえよりも、ウメキチの指示に合わせたパンチを打つ事に集中した。ある日、ウメキチに「ショートアッパーを打ちたいのか」と問われた。ショートアッパーとは、前回青志と対戦した際、倒された時のパンチであった。自分でも気づいていなかったが、ぼくは自分があのパンチを追い求めていたのだと気づいた。そして、青志に負けた時の無念や恥ずかしさを鮮明に思い出した。周りの人がどれだけ「惜しかった」と言葉で慰めようとも、ボクサーが敗けることは恥ずかしいことなのだと感じた。

 ぼくは公園で遊んでいる子どもたちをぼんやりと見ながら、子どもたちは人が仲良くなる理由なんて考えないのだろうと思った。自分と青志はリング外で出会っていたら実際に友だちになれたのか考えてみたが、なれないだろうと思った。実際のぼくは、さみしがり屋のくせに、プライドが邪魔をして素直になれないまま大人になってしまった。公園でぼんやり時間を過ごしながら、ウメキチに従うだけの今のぼくは、強くなりたいという意思を失っているように思った。

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 ぼくは、友だちに誘われ、オペラ鑑賞に行った。そこで友だちから、撮った映画がコンペで最優秀賞に選ばれたと報告される。ぼくは、本当か嘘かわからないその話を聞いて、「お前成功したの?」といつもよりも強い口調で問い詰めた。その様子を見た友だちは「嘘に決まってるだろ」と笑いながら答えた。ぼくは、自分が友だちの話を聞いたときに嫉妬心を感じてしまったことに苦しくなり、最悪な気分になった。

 ぼくの次の試合が決まった。友だちは、いつも試合が決まると小旅行に連れて行ってくれる。今回は、行先も告げられないまま終電にのり遠くの大きな川がある場所まで連れていってくれた。川で、友だちははしゃぎながら走り回り、その拍子で激しく転倒した。それでも、自分よりもiPhoneの心配をしている友だちは、カメラをぼくへ向けながら「シャドウして」とまたお願いをした。ぼくは言われたとおりにシャドウをした。友だちはぼくに「勝てよ」と言った。川の水で髪の毛が濡れたまま笑っている友だちは、もうカメラを外していた。ぼくは笑うことができずに、「いつだってやってるよ。勝つつもりでやってる。」と本心から答えた。

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 ウメキチはぼくの対戦相手を徹底的に研究し、相手のクセなどを徹底的にコピーした。そして対戦相手に成り切ってスパーをしてくれた。ウメキチ自身も、ぼくを鍛えながらボクサーとしての自分の技量をあげようとしていた。2人は毎日拳をぶつけ合い、そしていつの間にか、ぼくはタメ口でウメキチと会話をするようになった。その様子を見て、ジムの周りの人は驚いていたが、ウメキチは特に気にもしていなかった。ぼくとウメキチの練習の内容は、試合に向けてより一層激しいものになっていった。

 減量と練習に明け暮れるぼくは、つかの間の休日に体験練習で出会った彼女と会っていた。身体を重ねた後、ぼくは彼女との関係がもうすぐ終わることを予感していた。試合前のボクサーに付き合うのは大変である。彼女に付き合わせる覚悟は持てなかった。彼女と会えなくなるのは寂しくて死にそうな気持ちだった。優しい彼女に対して、ぼくは思わず試合への不安や恐怖を打ち明けた。彼女はただ泣き言を受け止めてくれ、ぼくは彼女の胸の中で涙を流した。翌朝、予定どおり、ぼくは彼女に別れを告げた。

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 試合も目前に迫ると、ぼくは疲労もピークで常にピリピリしていた。そんなときにウメキチからロードワークに連れ出され、2人でゆっくりと走った。そこで、ウメキチから、ぼくが体験練習にきた彼女に手を出したことについて、嫉妬したと告白してきた。ウメキチから見て、ぼくは自分と同じようにボクシングしかない人間だと思っていたのに、彼女を誘っている光景を見て自分のボクシング人生が間違っているように感じたと言った。だから、いったん、自分のボクシング人生をストップさせて、ぼくのトレーナーになった。ぼくは、ウメキチの言葉をすべて信じたわけではなかったが、ウメキチのボクサーとしての心情に自分も重なるところがあると感じた。

 試合数日前、ぼくはやはり対戦相手と友達になる夢を度々見ていた。練習もピークを極め、ぼくの情緒の乱高下はすさまじかった。ウメキチがフォローし、体のケアをしてくれたが、ぼくは敗けることへの恥ずかしさを知っている分、怖くて、怖くて、ウメキチに八つ当たりをし、泣きわめき、ぼくの人格は破綻寸前だった。激しい減量により精神的にもやられ、対戦相手との夢も度々見るようになった。ただそれでも、ぼくの中で、勝ちたいという欲だけが膨れ上がっていた。精神がギリギリのぼくは、試合数日前の記憶はもうなく、それ以前の記憶すらも全てないように感じていた。試合に負けたら同じように、それまでの自分を失うのかもしれないと感じ、ぼくはただ絶対に勝つという信念を強く持った。勝つという気持ちを胸に、ウメキチに「ごめん、ありがとう」とだけメールを送ったぼくは、その3日後に一ラウンド一分三十四秒にTKOであっさり勝つ、あっけない結末の時まで、同じような夜をあと2回過ごした。

1R1分34秒の読書感想文

 この作品は、負けが続いているボクサーの「ぼく」が、次の勝利を得るまでの過程を描いている物語です。ページ数も多くなく、文章もわかりやすい表現が多いのでサクサクと読み進められます。主人公や登場人物の名前が出てこないのも特徴ですが、登場人物が少なく人間関係もシンプルなので混乱することなく読むことできました。

 「負け続きのボクサーが、次の勝利を得るまでの過程」と聞くと、何か感動的なサクセスストーリーをイメージする人も多いかもしれませんが、この作品はそういった類のもではありません。ボクサーという職業は特殊かもしれませんが、「ぼく」が感じている悩みや葛藤、弱さやダサさのようなものは、ある意味、誰しもが抱えているもので、そういった部分に向き合い、時に逃げ出しそうになりながら、悩んで、悩んで、進んでいく「ぼく」の姿にとても心が動かされます。

 「ぼく」の周りにいる登場人物たちも、非常に人間らしい魅力的な人物であると感じました。特に映画を作ることを趣味にしている「友だち」の存在は「ぼく」にとって癒しでもあり、安心する場所であると感じました。その「友だち」が賞を受賞した時に素直に喜べずに、嫉妬してしまう「ぼく」のシーンがとても人間らしく、苦い気持ちになりますが、印象的なシーンでした。また、「友だち」にボクシングをやっている意味を聞かれ、「ぼく」が「ただ毎日がそうなっている」と答えるシーンでは、もしかしたら、みんな毎日の生活に意味を見いだせず、ただそうなっている日々を過ごしているのかもしれないとハッと気づきました。

 作品は「ぼく」目線で進んでいくので、「ぼく」が考えていること、考えすぎてわからなくなっていくことなどが手に取るようにわかります。はたから見ると非常にダサい、ダメな人間に見えるかもしれませんが、それこそが人間の姿だなと私は感じました。考えすぎて動けなくなること、一旦考えを放棄したくなること、すぐにイライラしてしまうこと、誰かに嫉妬してしまうこと、何かに一生懸命になること、誰の中にもあるであろう、そういった負の感情を、読みやすく、共感しやすく描いている作品だと思います。(まる)


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